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イオレスの摘み草記

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多摩川で勉強中

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2005年5月

2005年5月18日 (水曜日)

やっとみつけたよ

ehon_no_mog
mog to usachan
angel_mog
angel mog
絵本

 モグとの出会いはクリスマス間近の12月だった。
 あの時、この眼差しを裏切ったら一生後悔し続けると思った。
 そして7年間。
 モグは逝ってしまった、皆に別れを告げ彼の姿は見えなくなったけれど、モグがいてくれたからこその勇気と優しさとが蓄えられていた。
 もっともっと勇気が早く溜まっていたらと思う。
 あの日、あの時と思うこともある。
 言い訳だ。
 けれどそうした後悔や思い残しがあるからこそ、助けられた命もあるのだと思う。
 手助けできなかった命のためにもエンジェル・モグから貰ったものを大切にしたい。
 だから、名前の由来となったこの絵本を探していたのだ。
 “モグ、アノ絵本だよ、やっとみつけたよ...”

2005年5月16日 (月曜日)

虹の彼方に

nigi
kaminari no nochi nigi

初陣を飾る
 我が家のピピン、メリー君によると学業はそっちのけ、講義夢現状態であろう、というのは真実のようであります。取り敢えずはレポート提出など宿題は必死になんとか(要するに出しているというだけのよう)済ませているらしいのでありますが、もっぱら“アメリカン・フットボールコース”を専らにしているようです。
 まぁ、試合が目の前という事もありましょうが母の、兄の小言・叱責馬耳東風、父親譲りのパナシ全開モードでただひたすらに練習に明け暮れていたここ数週間の甲斐があり大学初めての試合に出させてもらう事が出来ました。先に着いて見ていたビル簿旦那は“M大3ヤード、ゲイン、12番○○君”と言うコールを聞き感激していたと言っておりました...『広島から帰ってきて良かった...』。
 小学校の運動会用に購入したCanon Kiss一眼レフと300ミリレンズ、まさか大学まで使うとは思っても見ませんでしたがもう少し頑張ってもらいましょうか、その内デジタル一眼になるやも知れずではありますけれどね。
 けれど昨日の試合は天候大荒れ。
 朝は肌寒いくらい、昼近くになって温度も上がり試合場ではジリジリという暑さになったと思ったら一転にわかに掻き曇り大粒の雨が降り出したと思ったら凄い土砂降りそして雷が鳴り渡る中でピピン達の試合は続けられたのであります。ラグビーはほとんどレフリーの笛くらいで金気はないですがアメフトはそうは行きませんからね..正直心配しましたが、無事タイムアップでピピン達のチームが勝利。その頃雨が上がりほんやかとした虹も浮かびました。
 それにしても凄い降りで、更衣室の屋根の下に雨宿りしたのですが足元かなり濡れてしまいました。
 その上やんだと思ってホッとしたのもつかの間先ほど暑さはどっかに行ってしまい大変冷たい風が吹き始めて上着を着ても『寒い!!』。一部リーグの試合が始まりましたが17時も過ぎたので帰ることにしました。
 初めて大学のリーグ戦を見ましたが、とにかくデカイ..ですなぁ...選手の皆様方。
 フレッシュマン..皆々諸々始まったばかりです、悔いなく頑張れ、でございます。
  

2005年5月11日 (水曜日)

閉所

osoto_ni_dase
osoto ga iino aketeyo

こまった

 築20年のお祝いをやった、と言う事は大改修も始まるということはわかっていたんですけれど、いざ、始まると思っていた以上に日々色々な不便が生じるもの。
 今回は足場の上に全体にカバーをかけたものですから陽の光が不足、何て物ではございません!!
 これだけは、と家の中に入れた植木がついに枯れたりしおれ始めて大変あせっています。人間様が感じる以上に植物の方が室温に敏感なのでしょう、3年越しのシクラメンをはじめ3鉢シクラメンが全滅....、挙句にローズマリーやハーブ類もやばくなってきてしまい、頭を抱えています。もうこうなったら、他の植木達と一緒にするしかないのか?
 ああ、植木だけではありません。
 にゃんずもストレスがたまっているようです。
 そりゃ、人間だってそうなのよ。
 帰ってきてベランダをみる、ぎょっとして電気をつけてみると塗装の為マスキングが施されて中から見ると完全に密封状態になっていることがわかる、『閉じ込められている』という感覚に息苦しさすら感じ始めているこのごろです。最初は“しょうがないなぁ”で居たのが次第に作業が長引くにつれベランダも通路も開けられない今のままで昨年のような暑さになったらどうなるんだ、という物凄い不安に暑苦しさも加わり、一日部屋の中に居るにゃんずのストレスも理解できますし心配です。
 既にギズモが挙動不審な行動に、サッシの前でおかしな声で鳴くのです。みぃばあちゃんも毎度テリトリーの小テーブルの下から出てメリピピのベッドの奥に引っ込もうとしたりと室温の上がりようによってはエアコンをかけっぱなしにしなくては、と考えていたら室外機をはずすことに。エアコンも使えず窓も開けられず密閉されてしまった我が家に住人たちはどないせぇ、というのか???
 やらなければならないのはわかってはいるんですが昨日きたお知らせをみると我が家の工区はどーも6月半ばまで今の状態が続くようなのであります...。
 人間はまだ外にでられるからいいけれど...部屋から出せないペットを飼っているお家はどうしているのだろうか。
 にゃんずたちの健康面、体も心も心配になっています。
 以前住いが地下で一日お日様を見られなくなってしまった家族のドラマをやっていましたがその結末の通り、そんな暮らしがイイワケナイ、のでして..一秒でも早く改修用カバーが取り外せてベランダを開け放せるようになって欲しいと祈るばかりであります。
 植木は土曜日でも外に置かなくては....あああ、“ため息3千回...”です。
 他にも先だっての夜8時頃、スポーツジムに行こうとした時のことです。
 エレベーターホール近くに後ろ向きにしゃがんでいる人影が....。
 男性です。
 一瞬、ぎょっとなりましたが服装からしてどーもどっかのおとーさんと思しき30~40代。
 『こんばんは』と挨拶すると振り向いたのであります(内心ますますぎょっぎょっぎょっ..)。
 後ろ向きでわからなかったのですが、その手にタバコと灰皿代わりの小さなバケツを所持。
 .....ホタル族か。
 ベランダが使えないので通路で吸っていたらしい。
 『ご苦労様』と『そこまでして吸いたいんだ』という気持ちがあい半ば、気の毒やら安堵するやらで下に降りましたが、考えたら帰ってきたら我が家のビル簿旦那も同じなわけで...あああ、やっぱり早く大改修が終わる事を祈るしかありませんね...。

2005年5月 2日 (月曜日)

ごーるでんうぃーくとひとのいふ

anone
anone chibicyan nano

連休なり

 連休でございます、人によっては10連休になるとか。
 こちらはカレンダー通りでございます。
 しかしながら甚だ士気上がりませんね。
 航空関係のトラブルが続出のあおりを受けて機関紙は全面的に内容の変更に迫られ、総会の間近だと言うのに担当所管からは来年度にむけて様々な注文が届いております。簡単に、を常にモットーとしているんですがなかなか難しゅうございます。そして先週の脱線事故。
 小さなアクシデントが続くのは好きじゃありません、これまでそうした事が大きな事故と連鎖して起きてきたからです。但馬空港では絶対落ちないパイロットが墜落して亡くなられました。事故調査が済まないとなんともいえませんが今もって信じられない事故です。そして脱線事故。思い返せば列車の事故は子供の頃結構あったように思いますが事故のたびに様々な安全システムの開発があって正に『安全神話』そのものだったように思われていました。JALはいまだに御巣鷹山の事故の影が残っています。一度落ちたら500人以上の方が亡くなられてしまう飛行機事故、飛行機はこわい、と言うイメージは拭い去られては居ないと思いますが列車は万が一にも、事故を考えた事のある人は稀ではなかったでしょうか。だから、今回の事故の深刻さは亡くなられた方の人数以上に大きくそして激しい。
 ビル簿旦那の会社の家族の方も2名乗り合わせ一人の方は1両目に乗っていたけれど『肋骨骨折の軽症』だったとの事。なにが運命を分けたのか、神のみぞ知る、としか言えませんがピピンやメリーと同年代が通学途中で亡くなられています、残された親の心を思うとやりきれなさで胸が気持ち悪くなるほどです。
 ただご冥福をお祈りする他ありませんが、JRだってこんな事になるとは思いも寄らなかったことばかりでしょうね、事故後の対応が今改めて非難されています。安全が確保されて尚一層の危機管理が求められていることに気づかなかったというには企業としてお粗末といわれても致し方ありませんが、個人に向けられる罵倒は見ていて辛いです。言う方も言われている方も見るに忍びないです、なんで放送するのかなぁ...、メディアの資質が問われていると言うのに。『面白くなかったらテレビじゃない』か...。
 面白いって、何だろう...。
 なんでしょうね...。
 連休、おでかけの皆々様、我が家のメリー君はじめとして無事にご帰宅されることを願うばかりでございます。

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鳥撮りです

お世話になります

My Nyans

  • DeBoomo=Zash 巨猫団入団!
    新メンバーとして許可されました 025
  • 巨猫団入団!!
    ☆我が家の癒しの権化@妖怪まくらぬし、くまっちが晴れて巨猫団の団員として認められました...。 今後ともご別懇に♪ 巨猫団。 くまっちのとても素敵な想い出になりました。 1_667
  • ☆ちびおでん
    oden その年は子猫の保護に翻弄された年でしたが、その第一弾がこの子でした。マンションの通路1階においてあったタイヤ(共用部分なのでホントは不法なのだが...)のなかで泣いていたのを私が保護せざるを得ない状況でつれて帰ったのが始まり、約一週間後に実家から持ち込まれた鼻気管炎の子、そして2ヶ月後に生まれたての3匹が排水管に投げ込まれ...結局9月に我が家には9匹の猫がいた勘定になるが、哀しいことに生まれたてのチビちゃん2匹は神様がお手元にお寄せになられしまわれた。新しいお家を探し始めたものの最初に保護した子はとってもナーバス、猫と飼い主になる方との試験期間もこの子には無理かもしれない、獣医の薦めにのっかって2匹を手放した寂しさに負け残したのがチビ・オデン。もっとましな可愛い名前を思っていたのにいつの間にかメリーが毛色などから『おでん』と呼んでいたのが定着、やれやれである。ただいま2歳、我が家のトラブル・メーカーである。毎日のように大好きなメリー兄ちゃんを困らせているしちょいちょいと隠れちゃ出す爪でストッキングの伝染被害増加中。さんざっぱら『あれ、いや。これ、いや』だが夜中にそっとやってくるチビちゃん、棄てられた子の心を治す事なぞできるものではないのだと改めて思う。『どーして、おにいちゃん困らせるの?!』今日もメリーの小言が聞こえています。
  • ☆通称・クロちゃん
    kuro クロチャンの本名は長いです、彼女が何かしでかすごとに名前がくっついて行きました。 “はげちょびっち・くろぷーすけぴー・たりりんぼまーる・かす”我が家最強にゃん、ちっぽと癒しの権化くまっちと兄弟とはとても思えない“不出来”な妹です。ちっぽたちはお腹に居る時から『モンプチ』などの高級カンカンで育ったのですが、諸問題が勃発、本当は避妊手術してクロちゃん達は生まれない予定だったのです。トラブルメイカーのためにくまっち達の育ての親代わりの方達が引っ越されてしまい、クロチャンたちも生まれてしまいました...。その後なんとかクロチャンたちのような事にならぬようクマかあちゃんは避妊の手術しましたが結局生まれた5匹の内里子にだせたのは『紋次郎』と名前を付けられた子とあまりの臆病とお間抜けに里子に出せなかったクロちゃんだけ。紋次郎も里親さんと連絡取れにくくなり元気でいるのかどうか不明になっています。契約書を取り交わす事を決意したのはそういうことからもあるのですが、なんにしてもクロチャン保護に当たっては結構大変でマンション自治会のメンバーとも一戦交えた事も。『野良なんか人に馴れるもんか』といわれましたがそんな事はありませんよ、自治会メンバーの一人であるピル簿旦那の帰りを心から待ちわびるのはクロチャンですから...。 ***2014年9月9日14時32分、16歳、右目した瞼にできた腫瘍により虹の橋を渡りました。
  • ☆みぃちゃん*********************2006年8月11日 肝嚢胞により死去、推定年齢15歳
    mie 三毛のみぃちゃんは12年も外暮らしをしていたしっぽの短いチイチャクて痩せた老猫です。面倒を見ていた方が引越しされてからずーっとそれとはなしに管理人の目を盗んでご飯をあげたりしていた。ペットクラブ設立を機に管理人さんに事情を話していつでも家に入れられるようにご飯をあげてなれさせたものの果たして我が家に来てくれるかどうか心配だった。老齢化が目に付きそろそろと思っていた矢先に子猫騒動で保護が伸びてしまったが冷夏と暖冬に救われた。しかし、東京も結構雪が降るんです、1度保護に失敗して様子を改めて見ていたのですが2月霙の夜、風邪を引いたのかよろけるように隠れ場所からでてきたのを見て援軍の息子二人を引き連れ有無を言わさず保護。しばらくはケージ暮らしをしてもらいましたが現在テーブルの下をわがテリトリーにして暮らしています。歯がもう抜けてしまっているのでお粥のようにしてあげいますが食欲旺盛。カリカリも食べたがりますがやっぱり丸呑みになるのでばあちゃんだけ別メニューです。多分12歳、ですから人間で言うと90才くらいでしょうか。目が余り良くないせいもありマンション敷地内でちんまり大人しく暮らしていたことが良かったのかも知れません。おしっこをあっちこっちにしてしまうので気をつけなきゃいけませんがペットシーツで済めばいい事。何にしても“長生きしようね、頑張ろうね..”です。
  • ☆ぎずも・ぐれむりん
    gizmo ☆ギズモ・グレムリン *********2009年7月1日。 慢性肝炎からの胆石と急性の膵炎により、手術後、急逝。享年10歳。 通称ギズくん、もしくはちゅーくん、は保護する前はどんな目に会って来たんだろうか。とにかく鳴けない、のどもごろごろしない、小心者というよりとにかく臆病だ。地震雷台風は大嫌い。すぐに情緒不安定になってしまう。くまっちに抱っこしてもらいなめてもらわない手落ち着かなくて寝られない。可愛い外見ではわからない彼には痛みが残っている。里親ポスターすら作らなかったのはギズモだけだった。まぁ、マンデに似ていたことも里親探すこともしなかった理由でもあるんだけれど。
  • ☆癒しの権化 くまっち
    *********2007年5月14日午前2時38分多臓器不全により死去 kumakun クマッチ君です。ちっぽとは同腹の兄弟ですがクマ母ちゃんがどうしても預けてくれず2年半ほど外暮らしを経験。ただし、幼少時お世話をしてくださった方にとっても大事にされたためとても性格が◎。その体格といいまさに癒しの権化でございます。セラピスト・クマッチの力は絶大。傍にこられただけでもの皆安らぎに包まれふかーい眠りに誘われてしまうのです。定期試験の前は入室制限をさせてもらってます...。
  • ☆ちっぽ
    20041126chipo とにかく、我が家最高最強のニャンです。 7月7日にクマかあちゃんから預かりました、可愛くってお利巧で、人の心をなにより判っています。ワイルドストロベリーといっしよのちっぽちゃんです

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