フォト

おことわり

  • コメントと写真について
    コメントと写真について一言おことわりを申し上げます。 ささやかなプログではありますがコメントして頂けるのはとても嬉しいです。でも、申し訳ないですが、管理人が不適切・不適当と判断したものは勝手ながら削除させて頂きますのであしからずご了解ください。 写真について個人が撮影しているものについては全て著作権は撮影者にあります。違法行為が認められた場合はそれ相応の対応を講じさせて頂くとことをお断りしておきます。

写真をクリック♪

  • 写真をクリック♪
    写真の上にカーソルを置いてクリックすると画像大きくなります♪

イオレスの摘み草記

  • Genkouhan
    こちよ、こちよ、かわいいこちよ。 こっちゃんはね、ほんとうは“こちよ”というんだよ おかしいね、おかしいね♪

多摩川で勉強中

  • 金色ゆらり
    多摩川の川っぺりに越して随分となりました。 ベランダから見下ろす多摩川相手に写真の稽古を付けさせてもらっています。
無料ブログはココログ

« 2005年7月 | トップページ | 2005年9月 »

2005年8月

2005年8月30日 (火曜日)

LOTR/CE 一気

SEEじゃないけれど

 7月27日から28日にかけて行われましたLOTR CE 3部一気上映に行ってきました。
 考えたら久しぶりのCEなんですね。そのせいか、随分テンポがよい、というのはまだ良い表現で、有態に言ってしまうと原作知らない方にとってはちょっと説明が不足気味ではないか、ダイジェストすぎないか、というほうが当たっているように思いました。
 それと、やはり総括をすべきだ、ということです。
 簡単に言ってしまうとPJと趣味を異にする、で終わってしまってはいけない、ということです。
 クリーチゃーだけの問題ではなく、自分にとって映像化されてほしかったのはどんなLOTRだったのか、でもあります。この事は朗読の会にも少しはかかわりのある事だともいえるのですが、自分にとってこれぞ指輪物語也、というシーンと科白によって朗読をする箇所を決めている状況を省みる時それこそが映像化をしてほしい、映画で描いてほしかったシーンだともいえるからです。
 暑い夏、ついつい暑さに負けてじーだ・らーくに過ごしてしまい残業の秋はすぐそこまで迫っています。
 4年越しの考え、まとめるべき時が来ている、それを目の前に突きつけられることになりましたがやはり3部一気をみるという事は体験してよかったと思います..ただし、結構体力使っていたようで、今日もまだかったるさが...。
 やれやれ....。

2005年8月25日 (木曜日)

宣言

尊敬謙譲丁寧と慇懃無礼
102-0232_IMG
yokota no yuukuremae

 初めてLOTRの公式BBSに書き込みをした時のことでした。
 先様に対してどのような呼称や敬称を使ったらいいのか、結構悩みました。
 上下関係や年齢などどうしたらいいのだろうか...、しばらく自分の中で整理がつかなくてどうしたものかと考えました。その上でまだまだ葛藤しつつも見切り発車、というわけではありませんが結論として『様』付けにする事にしました。理由としてはネット初心者である自分よりもHPの管理をされていたり全てにおいて自分よりもネットマナーの先輩であるという尊敬の念をもって遇し、自分の中で処したい、という想いからでした。
 一応そうは決めたもののいつも心の中ではどうしたらよりベターなのかと言う葛藤は消える事はありませんでした。講座の時、朗読の時、『様』づけは慇懃無礼にナってはいないだろうかと。
 心からの想いがあれば、とも考えていましたがようやく踏ん切りをつけるように決心しました。

 なんとも内々の宣言とはなりますが、今後『さんづけ』で敬称を統一させていただきますので何卒よろしくお願い申し上げます。

 自分でもきっと戸惑ったり様だったりサン、だったりごっちゃになるかと思いますが、間違わぬよう気をつけて『さん』という敬称をもって参ります。また、どんな時でもけして慇懃無礼な気持ちではないこともご理解ください。よしなによしなにお願い致しますね。
 ....それにしても相手の見えないわからないネットでの交流は今も変らず難しいことでございます。
 相手が見えるほうが年齢・上下関係・社会的関係に即して対応ができます、今はみえない関係、つながりが増えてだから『電車男』というものが持て囃されるのでしょうね...『理解しがたい』イオレスです。

2005年8月18日 (木曜日)

成長

おおきくなーる

2005
2005.7.18

 7月14日の夜でした。『(多摩川の)川原で烏に狙われていて...でも、目があいてない子、扱った事ないんです。』
仕事がらみ遊び半分でここのところ恒例行事化していた鳥人間コンテスト・琵琶湖にいく準備をしている所でしたが、行きがかり上引き取らざるを得ませんでした。やれやれ、2年ぶりの乳飲み子を育てる事になりました。

2005
2005.7.20

 来た時からやっている『うでちゅぱちゅぱ』です。
 2年前のくまっぺ達三兄弟は保護した時へその緒もついていたし体重わずか30gそこそこでしたがこの子は託された翌日に行きつけのフット先生で測ってもらったら100グラムを越えていました。でも、もう一日保護されるのが遅かったら脱水症状を起こして助からなかったでしょう、保護された日の天気が夏日でなかった事が幸いでした。それといつものお店がペットグッズ販売拡充を図り必要なものが手元に揃った事も助かりました。ワンラックゴールデンキャットミルク+注射器(新しいのをフット先生から頂きました)+ファンタジーワールド“ピルガン”についているシリコン製の吸い口、これで取り敢えずは保育準備オッケーです。

2005 
 ミルクの飲みはけして良いほうではなく、心配と不安がぬぐえない日々でした。たぶん吸い口がなれなかったのでしょうか、琵琶湖に行っていた間預かってくださったフット先生も飲みが悪いと心配してましたが吸い口に慣れるに従い量も増えはじめほっとしたものでした。けれどとうとうくまっぺでは大丈夫だったエスビラック乳首は慣れることはありませんでした。後、もう一つこの子はとても大きな心配な問題を抱えていました。ウンチでは絶対にないおへその辺りに固いしこりがある、というのです。それが影響して飲みがわるいのではないか...。しこりの原因となっているものが炎症や腫瘍によるものなのか、それとも違うのか、なんにしても様子を診ていくほかになかったのです。不安な日々が続いていた頃です。

2005
2005.7.23
 『ちび、お呼びでない見張り番する』
 我が家に来て一週間、目があき始めました。再びの仕事場への保育通勤も今日はありません。先輩のチビ・オデンはどうも気になるらしく付いて廻ります。すぐに手を出すので目が離せません。他の大人猫たちは完全に無視であります...。ふぁーざー・くまっちも然り...うむむ。
 
2005
2005.7.26
 『こちちゃん、ひとりで遊んでるの...』
 この頃からミルクの飲みも良くなり順調に大きくなっていきました。心配したしこりも飲みがよくなり体重増加が順調に伸び始めると少しずつ消え目が開く頃にはすっかりなくなってしまいました。フット先生によれば恐らく内部で炎症を起こして腫れていたのが体力がつくにつれて自分で治って行ったのだろうということでした。『生きる』ものの力ということでしょうか...ようようの保育一段落でした。
 一人遊びもはじめ、来た当初の弱弱しさは薄れどんどん可愛さが増し通勤保育にも慣れて仕事先では超アイドル級。皆の愛情がミルクの栄養を増してくれていました。

2005
2005.7.29
 『うんしょ、うん..しょ..』
 随分と動きが活発になりました。
 飲む・出す・寝る、の生活に遊びの時間が加わりお耳もまるから三角に近くなり猫らしさが日増しに見えるようになりました。
2005
2005.7.31
 『こちびちゃんなの?』
 日に日にお耳が猫に。
 アップ写真はなかなか上手い事撮れず、こちらは自己反省の日々です。
 7月分でした。

 

2005年8月17日 (水曜日)

防災

hanabe2005
ota-ku rokugou hanabi 2005.8.15

忘れた頃にやってくるもの

 またまた揺れました、震度4。
 ま、阪神大震災のずっと前、大正12年9月1日関東大震災に見舞われてる東の都はなにがなんだかよくわからないけれどもとにかく大きな地震が来たときの為に、と言う防災訓練を欠かさない。だから、保育・幼稚園児からものみな防災頭巾の座布団を用意し『お(さない)か(けない)し(ゃべらない)』の語呂合わせで一緒に逃げることを繰り返し繰り返し練習しているのであります。
 メリーに『非常用の食料は?救急箱は?防災グッズは?何も入っていないじゃないか!!何年前の乾パンだよぉ~!!!v防災の準備、なんにもやってないじゃないか!!防災リュックがあるだけだぁ~!!』
 まぁまぁ、メリー君そういいたもうな、薬缶は常に水を一杯にしてますよ、猫のご飯も砂も予備はいつも心がけていますし、いざと言う時どこに逃げどこで落ち合うかを取り決めてあるじゃないですか。にゃんたち脱出+衣食住スペース用としてキャリーとケージもあるし。人間、命さえ助かりゃなんとでもなる。ならんのはにゃんたちだもの、こっちでなんとか生き残れるよう考えなくては...。
 地震・雷・火事・親父。
 天災は忘れた頃にやってくる、だから、毎日準備おさおさ怠りなく。
 東京23区内に住む以上、なにより怖いのは地震、天災であります。
 命あっての物種、考えすぎずかといって忘れず、地震あるたびに肝に銘じております。
 ...メリー君、心配性は母よりも祖父に似たか。防災グッズ、みにいこうかいね....にゃんたちのためにも。
『人間より猫かい....』
 そう、いいなさんな...

2005年8月12日 (金曜日)

おもうこと

祈る

SMPIMG22

 仕事柄、航空関係の事故、トラブル、そしてインシデントはとても気にかかります。
 そうでなくても今年は知っている方が、本当にどんな事があっても飛行機の事故でなくなるはずのない方が亡くなっています。
 『今年はヤバイ年ではあるのよ、10年くらいの周期で事故が多発する年なのよ、自重の上にも自重しないとね。』事業用ライセンスを持っているベテランパイロットでもある理事の言葉です。
 御巣鷹山の尾根の事故から今年で20年。
 その間、どのような安全対策を考え練られまた、熟慮され実行されてきたのか。本当に本当に現場で働いている方たちがどれほど『安全』の確保に一生懸命取り組まれてきたか、少しですが知っているつもりです。
 でも、一歩でも解決して進めなければならない事を先送りばかりしてきた事が結果としてトラブルに発展してしまった昨今の事柄は『安全』をないがしろにしてきたといわれても仕方がないことでしょう。サービスとは一体何なのか。安全であるという絶対的基盤が成り立ってこそサービスは存在しえるものであるにもかかわらず、企業の倫理ではなく論理、つまり利益優先としたサービスは結果として土台である安全を揺るがし企業の評価を落としてしまうことになる。20年前、いや全ての航空機事故で失われた命から得た教訓はどうなってしまったのでしょうか。
 それは、60年前に終了した戦争も原爆の投下も同じ。
 哀しいかな、どのような無残で悲惨なことであろうとも人というものは身近になければ、わからなければ、理解しなければ忘れ去ってしまうものだということです。
 私の父は海軍の通信兵として戦争に行きました。叔父は南方から九死に一生を得て復員しました。
 ビル簿旦那のお父さんはシベリアに抑留され、お母さんは広島で被爆し、やけどをおった妹と母をリアカーに載せ、爆風で衣服が剥ぎ取られ体中やけどをおった隣の子供をシーツに包んで逃げました。妹と母親は助かりましたが隣の子供は、亡くなったそうです。学校長をしていた父親は行方不明の生徒を探して市中を探したことが恐らく原因であろう病気で突然なくなった、義母とその姉はそう信じています。
 子供時代、まだ戦争はついこの間のことでした。でも、妹の学年ではずーっと、昔の事のようになっていると思いました、たった2年の差なのに。それほどまでに日本は物凄いスピードで変って言ったのだと感じます。
 メリピピにとって、戦争はけして遠いものではないと信じています。
 毎年夏、広島で黙祷した朝の事。
 資料館に行かないお祖母ちゃんのこと。
 ほとんどの人が同じ頃亡くなっているお寺のお墓の事。
 高校の修学旅行でそれぞれ長崎で、そして沖縄で何も言わないお祖母ちゃんの哀しみを改めて知ったこと。
 『忘れないで下さい』
 『忘れず伝えてください』
 親としてできる橋渡しを毎年の夏、黙祷の言葉とともに伝えなければいけない。
 20年前、メリーは誕生日を迎えたばかりだった。NHKの特別番組が突然ニュースに変った時、ベビーベットで遊んでいた。
 翌年、ピピンが生まれた。
 20年、そして60年。
 命が軽くなっていると思えて情けなくなる。
 祈るだけでは鎮魂にはならない、常に心の中に留め置き命の尊さを伝えていかなければならない人としても務めだ。
 お盆、忘れてならないことがある。
 
 
 

2005年8月10日 (水曜日)

幸せ

ココちび登場

cocochan
cocochan wa onnanoko

zuibun_naremashita
asobu no daisuki

cocochibi_desu
omeme shuzyuthu shimasu

ここちび。
 マンション内に生息しているミケちゃんの子ども。
 2匹の内1匹は既に行方がわからない。この子も病気で弱った所を保護されました、ようやく。
 風邪がひどかったので落ち着くまで保護した方のお家とフット先生の所でかわりばんこに預かっていただき、こちびちゃんの育ち具合を見計らって引き取りました。
 かわいい目は何時怪我したのか、片方見えません。傷ついて目からの内容物がでたことから虹彩がくっついたままになってしまったとかでシャッターが閉じた状態のままになっているのだそうです。お盆の頃に手術をします。完治するとは限らないけれど、少しでも視力が戻れば、そう願っています。
 最初着たとき、目はノラの目つきでした。でも、キャリーからケージに変り、随分となれ喉をごろごろ言ってくれるようになりました、正直嬉しいです。よく遊びます。ホント、ゴムマリのように嬉々として遊ぶ姿がいとおしいです。目つきが無邪気になっています。
 たくさんたくさん遊んで。
 あそんであそんで、大きくなって可愛くなって、やさしい新しい家族と出会えるよう、心しなければ。
 こちびとここちび、こちくんとココちゃん。
 君たちの幸せの為に出来る事をするからね...

« 2005年7月 | トップページ | 2005年9月 »

2015年9月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

鳥撮りです

お世話になります

My Nyans

  • DeBoomo=Zash 巨猫団入団!
    新メンバーとして許可されました 025
  • 巨猫団入団!!
    ☆我が家の癒しの権化@妖怪まくらぬし、くまっちが晴れて巨猫団の団員として認められました...。 今後ともご別懇に♪ 巨猫団。 くまっちのとても素敵な想い出になりました。 1_667
  • ☆ちびおでん
    oden その年は子猫の保護に翻弄された年でしたが、その第一弾がこの子でした。マンションの通路1階においてあったタイヤ(共用部分なのでホントは不法なのだが...)のなかで泣いていたのを私が保護せざるを得ない状況でつれて帰ったのが始まり、約一週間後に実家から持ち込まれた鼻気管炎の子、そして2ヶ月後に生まれたての3匹が排水管に投げ込まれ...結局9月に我が家には9匹の猫がいた勘定になるが、哀しいことに生まれたてのチビちゃん2匹は神様がお手元にお寄せになられしまわれた。新しいお家を探し始めたものの最初に保護した子はとってもナーバス、猫と飼い主になる方との試験期間もこの子には無理かもしれない、獣医の薦めにのっかって2匹を手放した寂しさに負け残したのがチビ・オデン。もっとましな可愛い名前を思っていたのにいつの間にかメリーが毛色などから『おでん』と呼んでいたのが定着、やれやれである。ただいま2歳、我が家のトラブル・メーカーである。毎日のように大好きなメリー兄ちゃんを困らせているしちょいちょいと隠れちゃ出す爪でストッキングの伝染被害増加中。さんざっぱら『あれ、いや。これ、いや』だが夜中にそっとやってくるチビちゃん、棄てられた子の心を治す事なぞできるものではないのだと改めて思う。『どーして、おにいちゃん困らせるの?!』今日もメリーの小言が聞こえています。
  • ☆通称・クロちゃん
    kuro クロチャンの本名は長いです、彼女が何かしでかすごとに名前がくっついて行きました。 “はげちょびっち・くろぷーすけぴー・たりりんぼまーる・かす”我が家最強にゃん、ちっぽと癒しの権化くまっちと兄弟とはとても思えない“不出来”な妹です。ちっぽたちはお腹に居る時から『モンプチ』などの高級カンカンで育ったのですが、諸問題が勃発、本当は避妊手術してクロちゃん達は生まれない予定だったのです。トラブルメイカーのためにくまっち達の育ての親代わりの方達が引っ越されてしまい、クロチャンたちも生まれてしまいました...。その後なんとかクロチャンたちのような事にならぬようクマかあちゃんは避妊の手術しましたが結局生まれた5匹の内里子にだせたのは『紋次郎』と名前を付けられた子とあまりの臆病とお間抜けに里子に出せなかったクロちゃんだけ。紋次郎も里親さんと連絡取れにくくなり元気でいるのかどうか不明になっています。契約書を取り交わす事を決意したのはそういうことからもあるのですが、なんにしてもクロチャン保護に当たっては結構大変でマンション自治会のメンバーとも一戦交えた事も。『野良なんか人に馴れるもんか』といわれましたがそんな事はありませんよ、自治会メンバーの一人であるピル簿旦那の帰りを心から待ちわびるのはクロチャンですから...。 ***2014年9月9日14時32分、16歳、右目した瞼にできた腫瘍により虹の橋を渡りました。
  • ☆みぃちゃん*********************2006年8月11日 肝嚢胞により死去、推定年齢15歳
    mie 三毛のみぃちゃんは12年も外暮らしをしていたしっぽの短いチイチャクて痩せた老猫です。面倒を見ていた方が引越しされてからずーっとそれとはなしに管理人の目を盗んでご飯をあげたりしていた。ペットクラブ設立を機に管理人さんに事情を話していつでも家に入れられるようにご飯をあげてなれさせたものの果たして我が家に来てくれるかどうか心配だった。老齢化が目に付きそろそろと思っていた矢先に子猫騒動で保護が伸びてしまったが冷夏と暖冬に救われた。しかし、東京も結構雪が降るんです、1度保護に失敗して様子を改めて見ていたのですが2月霙の夜、風邪を引いたのかよろけるように隠れ場所からでてきたのを見て援軍の息子二人を引き連れ有無を言わさず保護。しばらくはケージ暮らしをしてもらいましたが現在テーブルの下をわがテリトリーにして暮らしています。歯がもう抜けてしまっているのでお粥のようにしてあげいますが食欲旺盛。カリカリも食べたがりますがやっぱり丸呑みになるのでばあちゃんだけ別メニューです。多分12歳、ですから人間で言うと90才くらいでしょうか。目が余り良くないせいもありマンション敷地内でちんまり大人しく暮らしていたことが良かったのかも知れません。おしっこをあっちこっちにしてしまうので気をつけなきゃいけませんがペットシーツで済めばいい事。何にしても“長生きしようね、頑張ろうね..”です。
  • ☆ぎずも・ぐれむりん
    gizmo ☆ギズモ・グレムリン *********2009年7月1日。 慢性肝炎からの胆石と急性の膵炎により、手術後、急逝。享年10歳。 通称ギズくん、もしくはちゅーくん、は保護する前はどんな目に会って来たんだろうか。とにかく鳴けない、のどもごろごろしない、小心者というよりとにかく臆病だ。地震雷台風は大嫌い。すぐに情緒不安定になってしまう。くまっちに抱っこしてもらいなめてもらわない手落ち着かなくて寝られない。可愛い外見ではわからない彼には痛みが残っている。里親ポスターすら作らなかったのはギズモだけだった。まぁ、マンデに似ていたことも里親探すこともしなかった理由でもあるんだけれど。
  • ☆癒しの権化 くまっち
    *********2007年5月14日午前2時38分多臓器不全により死去 kumakun クマッチ君です。ちっぽとは同腹の兄弟ですがクマ母ちゃんがどうしても預けてくれず2年半ほど外暮らしを経験。ただし、幼少時お世話をしてくださった方にとっても大事にされたためとても性格が◎。その体格といいまさに癒しの権化でございます。セラピスト・クマッチの力は絶大。傍にこられただけでもの皆安らぎに包まれふかーい眠りに誘われてしまうのです。定期試験の前は入室制限をさせてもらってます...。
  • ☆ちっぽ
    20041126chipo とにかく、我が家最高最強のニャンです。 7月7日にクマかあちゃんから預かりました、可愛くってお利巧で、人の心をなにより判っています。ワイルドストロベリーといっしよのちっぽちゃんです

ウェブページ

最近のトラックバック