フォト

おことわり

  • コメントと写真について
    コメントと写真について一言おことわりを申し上げます。 ささやかなプログではありますがコメントして頂けるのはとても嬉しいです。でも、申し訳ないですが、管理人が不適切・不適当と判断したものは勝手ながら削除させて頂きますのであしからずご了解ください。 写真について個人が撮影しているものについては全て著作権は撮影者にあります。違法行為が認められた場合はそれ相応の対応を講じさせて頂くとことをお断りしておきます。

写真をクリック♪

  • 写真をクリック♪
    写真の上にカーソルを置いてクリックすると画像大きくなります♪

イオレスの摘み草記

  • Genkouhan
    こちよ、こちよ、かわいいこちよ。 こっちゃんはね、ほんとうは“こちよ”というんだよ おかしいね、おかしいね♪

多摩川で勉強中

  • 金色ゆらり
    多摩川の川っぺりに越して随分となりました。 ベランダから見下ろす多摩川相手に写真の稽古を付けさせてもらっています。
無料ブログはココログ

« 世界遺産 | トップページ | 選挙権 »

2005年9月10日 (土曜日)

ブラックボックス

アメリカの観方、日本の観方
 今日は9月9日、重陽の節句である。節句の中でも一番重きを置かれたというが今じゃ古典専攻したものくらいしかわからない。お酒に菊の花を浮かべ菊酒としておのが長命を念じたそうな。
 空は確かに秋の空になっている。
 さて、NHK教育テレビだったとおもう。随分前に評判になった各国で製作されたドキュメンタリーをシリーズで放送をした中でBBCが製作した『ブラックボックス』と言うシリーズがあった。航空機事故の要因について天候・整備・機体・管制とメカニカルなものからヒューマン・ファクターに至るまで様々な視点で航空機事故は如何にしておきてしまったかを考察したものであった。ビデオに録画してあるがこのような質の高いドキュメントはさすがBBCだけのことはあると思った。アメリカでも、無理だったろう。シニカルな側面をもっているイギリスだからこそ作れたとおもう。
 先月12日は御巣鷹の尾根に航空機事故としては最悪の犠牲者を出し、いまだ日本航空の上にその罪科の烙印が置かれている123便墜落事故が起きた日だ、はやいものであれから20年がたった。
 20回忌ということで各局様々な視点であの事故を振り返ってドラマやドキュメンタリーを制作放送した。その中でTBSが製作したドキュメンタリーの部分の中で当時の事故調査に加わった方のインタビューがあり圧力隔壁について大変興味深い発言があった。
 つまりあの事故はあの機体だけが起こしえた特別な事故であったとアメリカ側が早々に指摘してきたことについてだった。
 事故が起き、当時同じ機体は世界中でどれほどの数が飛んでいたか、B-747型機、JAL123便の事故は単なる日本の一航空機の事故ではなかったのだ。ボーイング社ひいてはアメリカにとって世界中のB-747型機が飛べなくなってしまう危機を含んでいたのだ。エアバス社との競争は激化し、ボーイング社-アメリカとしてはなんとしても『一航空機』の事故にしなければならなかったのだ、『やられたと思いました。』
 結局あの事故の本当の原因はいまだ謎のままということになっている、ボーイング社は圧力隔壁の修理ミスを認めそれが大きな要因となってあのアクシデントになったであろう、ということになっている。日本においてNTSBのような大きな発言力と権限を持ち専門家を揃えた独立した国家的組織はない。鉄道事故である信楽鉄道事故においてそうした組織の有用性必要性が求められたが今もってない。マッハの恐怖のあの事故からそうした組織について言及され続けたにも拘らずない。事故調査委員会は、できた。でも運輸省の一組織に過ぎなかった、そして今も国土交通省の組織に変わりない。独立性と専門性が求められる組織である事は言うを待たぬが現実としては一組織にすぎない。
 ブラックボックスでも123便の事故はNHKのドキュメンタリーを使い金属疲労、そして人的ミスによるアクシデントであるという見方をしている。しかし、そこでのNTSBの調査官のコメントからは『一航空機』の事故という観方、というかアメリカ航空機産業のご都合のための圧力隔壁要因説というもの、という観方ではなかった。しかし、改めて今回のドキュメンタリーとそしてブラックボックスをならべて見ると同じ事故であるにも拘らず観方一つで大きな差があることに愕然とする。
 『一航空機の特別な事故』である123便の事故はボーイングの機体だから起こったとしてMDでは油圧系統配置を変更しなかった。機体部品製作時における不具合によって油圧系統が全て駄目になり操縦不能に陥り空港に不時着、生存者もあったが多くの命が失われた。
 123便の事故はボーイング社が早々に認めた『一航空機』の特別な事故ではなかったことになる。
 確かにNTSBが指摘したとおりに圧力隔壁が人的ミスにより金属疲労を起こしそれが大きな要因になったのは間違いないが、果たしてそれだけだったのか。もっと調べ詳しいこと細やかな原因を突き止めなくては『一航空機』の事故ということで幕引きされてしまうことはならなかったのではないか。NTSBという組織の力に対応するだけの組織がなかった日本は力負けしてしまったのではないのか。
 アメリカ航空機産業を揺るがしかねなかったあの123便の事故。
 政治が働いた、とは考えたくない。
 そしてトラブル続出するJAL、あの事故はJALにとって未だに頚木になっていたのではなかったのか。ミスっているのは元JASのせいだけにし責任をおしつけてしまうようなことでは収まるまいとは思っていたがよりにもよって8月12日に系列とはいえエンジンから火を噴き空港に戻るというトラブルを起こしてしまった。NHK・クローズアップ現代を見た時にまだまだトラブルは続くだろうなとは思ったけれど、よりにもよって...。
 TBSのドラマでもそんなものでしかなかったのかなと思ったことがある。音声は残っていなくともボイスレコーダーに残された声を記録したやり取りを見れば如何に123便の乗員がどうする事も出来なくなってしまった機体相手に踏ん張り最後の最後まで諦めずに乗客のために闘い続けたか判らなかったのだろうか。新聞でも読み改めて図解とともに柳田邦男氏の著作であのボイスレコーダーのやり取りを見たとき胸が苦しくなった。そして涙が出てきた。無念。無念というほかにどのような言葉があるというのだ。確かに字ずらだけでないほうが良いに決まっているが解析された文だけ見たって判るだろうに、と思ったが『そんなもんだよ』と事故の翌年生まれた息子に言われた。
 2005年、航空機のアクシデントが続いている、世界各国で。 
 JALもいまだに槍玉に挙げられっぱなしだ。
 一生懸命に頑張っている現場、それが結果に結びつかぬもどかしさが傍目でみていて辛くなる。
 頑張ってください、現場で必死にこらえているだろう人に伝えてもどう頑張れば良いというのか、言うだけ虚しいのも判っている。一度崩れかけてしまうと組織が立ち直るには崩れた長年の力よりもずっと大きな力がないと厳しい。全くのサラになるほどのインパクトある改革がないとなかなか目に見えての成果を見せることも難しい。
 今年は航空業界にとって厄年みたいだ。
 もう、インシデントもアクシデントも起きないことを願うばかりだ。
 今日、と書いたけれどやれやれ、10日になっちゃった...。  
 

« 世界遺産 | トップページ | 選挙権 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 世界遺産 | トップページ | 選挙権 »

2015年9月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

鳥撮りです

お世話になります

My Nyans

  • DeBoomo=Zash 巨猫団入団!
    新メンバーとして許可されました 025
  • 巨猫団入団!!
    ☆我が家の癒しの権化@妖怪まくらぬし、くまっちが晴れて巨猫団の団員として認められました...。 今後ともご別懇に♪ 巨猫団。 くまっちのとても素敵な想い出になりました。 1_667
  • ☆ちびおでん
    oden その年は子猫の保護に翻弄された年でしたが、その第一弾がこの子でした。マンションの通路1階においてあったタイヤ(共用部分なのでホントは不法なのだが...)のなかで泣いていたのを私が保護せざるを得ない状況でつれて帰ったのが始まり、約一週間後に実家から持ち込まれた鼻気管炎の子、そして2ヶ月後に生まれたての3匹が排水管に投げ込まれ...結局9月に我が家には9匹の猫がいた勘定になるが、哀しいことに生まれたてのチビちゃん2匹は神様がお手元にお寄せになられしまわれた。新しいお家を探し始めたものの最初に保護した子はとってもナーバス、猫と飼い主になる方との試験期間もこの子には無理かもしれない、獣医の薦めにのっかって2匹を手放した寂しさに負け残したのがチビ・オデン。もっとましな可愛い名前を思っていたのにいつの間にかメリーが毛色などから『おでん』と呼んでいたのが定着、やれやれである。ただいま2歳、我が家のトラブル・メーカーである。毎日のように大好きなメリー兄ちゃんを困らせているしちょいちょいと隠れちゃ出す爪でストッキングの伝染被害増加中。さんざっぱら『あれ、いや。これ、いや』だが夜中にそっとやってくるチビちゃん、棄てられた子の心を治す事なぞできるものではないのだと改めて思う。『どーして、おにいちゃん困らせるの?!』今日もメリーの小言が聞こえています。
  • ☆通称・クロちゃん
    kuro クロチャンの本名は長いです、彼女が何かしでかすごとに名前がくっついて行きました。 “はげちょびっち・くろぷーすけぴー・たりりんぼまーる・かす”我が家最強にゃん、ちっぽと癒しの権化くまっちと兄弟とはとても思えない“不出来”な妹です。ちっぽたちはお腹に居る時から『モンプチ』などの高級カンカンで育ったのですが、諸問題が勃発、本当は避妊手術してクロちゃん達は生まれない予定だったのです。トラブルメイカーのためにくまっち達の育ての親代わりの方達が引っ越されてしまい、クロチャンたちも生まれてしまいました...。その後なんとかクロチャンたちのような事にならぬようクマかあちゃんは避妊の手術しましたが結局生まれた5匹の内里子にだせたのは『紋次郎』と名前を付けられた子とあまりの臆病とお間抜けに里子に出せなかったクロちゃんだけ。紋次郎も里親さんと連絡取れにくくなり元気でいるのかどうか不明になっています。契約書を取り交わす事を決意したのはそういうことからもあるのですが、なんにしてもクロチャン保護に当たっては結構大変でマンション自治会のメンバーとも一戦交えた事も。『野良なんか人に馴れるもんか』といわれましたがそんな事はありませんよ、自治会メンバーの一人であるピル簿旦那の帰りを心から待ちわびるのはクロチャンですから...。 ***2014年9月9日14時32分、16歳、右目した瞼にできた腫瘍により虹の橋を渡りました。
  • ☆みぃちゃん*********************2006年8月11日 肝嚢胞により死去、推定年齢15歳
    mie 三毛のみぃちゃんは12年も外暮らしをしていたしっぽの短いチイチャクて痩せた老猫です。面倒を見ていた方が引越しされてからずーっとそれとはなしに管理人の目を盗んでご飯をあげたりしていた。ペットクラブ設立を機に管理人さんに事情を話していつでも家に入れられるようにご飯をあげてなれさせたものの果たして我が家に来てくれるかどうか心配だった。老齢化が目に付きそろそろと思っていた矢先に子猫騒動で保護が伸びてしまったが冷夏と暖冬に救われた。しかし、東京も結構雪が降るんです、1度保護に失敗して様子を改めて見ていたのですが2月霙の夜、風邪を引いたのかよろけるように隠れ場所からでてきたのを見て援軍の息子二人を引き連れ有無を言わさず保護。しばらくはケージ暮らしをしてもらいましたが現在テーブルの下をわがテリトリーにして暮らしています。歯がもう抜けてしまっているのでお粥のようにしてあげいますが食欲旺盛。カリカリも食べたがりますがやっぱり丸呑みになるのでばあちゃんだけ別メニューです。多分12歳、ですから人間で言うと90才くらいでしょうか。目が余り良くないせいもありマンション敷地内でちんまり大人しく暮らしていたことが良かったのかも知れません。おしっこをあっちこっちにしてしまうので気をつけなきゃいけませんがペットシーツで済めばいい事。何にしても“長生きしようね、頑張ろうね..”です。
  • ☆ぎずも・ぐれむりん
    gizmo ☆ギズモ・グレムリン *********2009年7月1日。 慢性肝炎からの胆石と急性の膵炎により、手術後、急逝。享年10歳。 通称ギズくん、もしくはちゅーくん、は保護する前はどんな目に会って来たんだろうか。とにかく鳴けない、のどもごろごろしない、小心者というよりとにかく臆病だ。地震雷台風は大嫌い。すぐに情緒不安定になってしまう。くまっちに抱っこしてもらいなめてもらわない手落ち着かなくて寝られない。可愛い外見ではわからない彼には痛みが残っている。里親ポスターすら作らなかったのはギズモだけだった。まぁ、マンデに似ていたことも里親探すこともしなかった理由でもあるんだけれど。
  • ☆癒しの権化 くまっち
    *********2007年5月14日午前2時38分多臓器不全により死去 kumakun クマッチ君です。ちっぽとは同腹の兄弟ですがクマ母ちゃんがどうしても預けてくれず2年半ほど外暮らしを経験。ただし、幼少時お世話をしてくださった方にとっても大事にされたためとても性格が◎。その体格といいまさに癒しの権化でございます。セラピスト・クマッチの力は絶大。傍にこられただけでもの皆安らぎに包まれふかーい眠りに誘われてしまうのです。定期試験の前は入室制限をさせてもらってます...。
  • ☆ちっぽ
    20041126chipo とにかく、我が家最高最強のニャンです。 7月7日にクマかあちゃんから預かりました、可愛くってお利巧で、人の心をなにより判っています。ワイルドストロベリーといっしよのちっぽちゃんです

ウェブページ

最近のトラックバック