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2005年10月

2005年10月25日 (火曜日)

多忙に月

いろいろあります
ganbare_pipin_team
ganbare mada nozomi wa aru
 毎年、10月神無月は“超”がつく位忙しいし、大変なのであります。
 そんな時だから精神的安穏な状態で居たいのに“トゥック・ぴぴん+めりー!!!”
 ま、ピピンですが大学・秋季リーグ開幕早々大敗を喫し、高校時代の友人が一軍で頑張っているチームに惜敗、大阪出張で帰ってきたビル簿旦那の目の前で相手の学校には奇跡の一勝をプレゼント、とめげる・落ち込む・しょげまくるという目下の状況。下部落ち、土俵際に追い詰められているようであります。
 先週今回の誕生日完全忘却のかなた、の一件もありで“坊主”になるといったもののバリカン故障とかでこっちも本気にしていなかったのですが、先週の金曜日帰ってきた姿をみて一瞬“?”。スーツに坊主はいかんともしがたいほどの違和感がありましたが、“ほぉ~、ついに坊主ね”。本人はやたら言い訳がましいことやら気恥ずかしさ満開状態でありましたが、これからの試合に向けての決意の現われとして“いいんじゃない?”。それでいくばくかでも勝利への想いが強くなって諦めないねちっこい試合展開に結びつけば何よりな事です。
 10月23日は父の命日。
 春からお墓参りのことを気にしていた母も私が付いて行くといことで公共交通網使用しての会津行きを決意、上野で待ち合わせをする事にしました。ここ何十年も車でしか会津には行っていないのでかなり神経を張り詰めた様子で上野にやってきましたが、ピピンの頭の話になるとだいぶ緊張が解けたらしく久しぶりに母と娘のたびと相成りました。以前は直通の特急があったんですが新幹線の開通に伴い郡山で乗り換えるしかなくなったのも母が車でばかり行くようになった原因でもあります。階段の乗り降り、乗り換えの不安など年をとればとるほど気が重くなるのも致し方ないこと、ただ、JRもシルバー世代を取り込まないとまずいと自覚しているらしく郡山もかなりバリアフリーの施設整備が進み、新幹線ホームからすぐに乗り換え改札口近くにいけるようなエレベーターを設置、降りた目の前がエレベーターだった事もあり思いのほかスムーズに磐越西線・快速に乗り換えることが出来ました。けれども生憎な事に郡山を出た辺りから雨が降り始めてしまいました。観光地・会津復活をかけ9月までJRもキャンペーンをしてましてそのキャラに選ばれたのは赤べこ・あかべえ。先頭車両に描かれたあかべえの快速は結構混んでました、そろそろ紅葉の季節、温泉旅行もいい頃なせいか結構一杯でした。
akabee
akbeko akabee
 母もピピンが“坊主にしてくる”というのを真に受けず冗談かとおもったら本当に坊主になってきたのでつい笑ってしまったそうな。それではっとしたのですが、坊主になったピピン、どっかで見たことがあると思っていたのですが父の海軍時代にとった写真に似ているのです、私だけかな、と思っていたのですが母もそう思ったとのこと。どちらかというとピピンはビル簿旦那に似ていると皆にいわれますしメリーと比べたらもうダントツでメリーの方が母方似という結論に達していたのですがやはりピピンも“じいちゃんの孫”だったんだね。
 お寺さんにつくと雨は止み、いい案配です。
 ぬれた落ち葉を掃除するのはちょいと大変でしたが気になっていた植木の枝きりをし隣の親戚のほうも掃除して御花を供え無事お参りを済ませることが出来ました。方丈様は法事で留守でしたが本堂のほうへもおまいりすることもでき、妹から甥っ子の仏頼みも無事終了、いつもの田楽や、お秀茶屋に向かう事にしましたが車を頼んだころから雨がまた降り始め母ではないけれど“おじいちゃんが止めておいてくれたんだね”。前回車で来たときもお参りの間は雨が止んだのです、さすが綺麗好きな父だけの事はありますな。
 綺麗好き、といえば床屋好きだった父。月に最低2回は通ったほど。
 我が家のメリピピは赤ん坊の頃から父行き付けの床屋で今もやってもらっています。床屋のおじさんもさすがに驚いたことでしょう、ピピンは小芋頭なので坊主もなかなか似合っているのですがメリーはおじさんの鋏じゃないとダメ、というのも母も手に焼いたほど頑として赤ん坊の頃寝る向きを変えなかったため頭のいびつさが残ってまして、坊主になるわけに行かないのであります。
 さて、坊主のピピン。悪い事ばかりではないようでシャンプーが至極簡単だと風呂から出てまいりました。
 “あなた、シャンプー使ったの?”
 むっとしたピピン。
 “何かい?シャンプーじゃいけないのかい?”
 いえいえ、いけないのではないのですがどーも彼はリンスインシャンプーを使用した模様で...やっぱり、髪の手入れってことでしょうかねぇ~。
 こちび+ここちびチャンたちーのアプローチ今週もありません、溜息つきつつも会津から帰ってきた私をお出迎えしてくれる2匹が幸せになってくれるだけを願って日々を待つ事に致しましょう。
kokomade_oide
koko made oide
kochibi_kuyashi

kochibichan kuyashino

 
 

2005年10月20日 (木曜日)

ひさかたの

コンサートこもごも
neguzuri_kochibi
kochibi wa neguzi desu

 16日、なんとか仕事の方が一息入れられる事になり、メリピピ中学時代ご一緒のママが2年ぶりにソロ・コンサートに開いたコンサートに行ける事になりました。
 上がメリーと一緒、下はピピンより3つ下、今年高校入学で彼女も一安心、というところ。
 コンサートを機会に久しぶりにメリピピの小中学校時代のママたちにお会いしました。
 コンサートを開いたご本人は子育て一段落で好きだったシャンソンを再開、これまでもジョイントを含めて年に1回は小さなライブステージでコンサートを開いていて今回久しぶりでしたが歌の解釈度というか歌のうまみがましたように思いました。選曲も彼女の今、を見る想いでした。
 行く度に思うのですが、彼女のコンサートはがんばりましょ!という気持ちにさせてくれます、そうよ、○年期がなによ、今をしのげば何とかなるものよ、と励まされているというか旗を振ってもらえているようで無理してでもスケジュール調整してでも行かなくっちゃという気持ちになるのです。
 『がんばらなくちゃ』
 コンサートの話しついでに広島で和正のコンサートに行った事を話した所
 『えーーっ、どうやって取れたの??私せーのと電話かけっぱなしでも取れなかったの!!』といわれてしまいました。
 『東京も横浜も全部頑張ったんだけど20分で完売、もー全然駄目だったの、着メロだって“ことばにできない”にしているのよ。』
 ふーむ、パパのお友達に改めて“感謝”です。
 でも、つくづくでかいアリーナでのコンサートより、今日の彼女小さなステージの方が好きです。
 だって、歌の歌詞や彼女の声やしぐさ、歌への思いが“騒音”にならずに心の内で反響しカミシメラレルカラ。
 じっくり聞きたいのです、歌は。
 全て歳のせいにはしたくないけれど、なんのかのと突き詰めると結局の所結果としてそういうことに落ち着くのですな。
 所で行く先々、知り人にお願いするはこちびちゃんとここちびちゃんの新しい家族探しなんですが、う~む、長期化やむを得ずでしょうか。
 こちびちゃんはねぐじ、です。
 あああ、ほれほれ今も眠くってうでちゅぱしてるのに暴れている...眠いなら寝ればいいのに。こまったちゃん2号かな?

2005年10月15日 (土曜日)

カスピ海ヨーグルト

ココチャン、だいすき♪
 以前から気になっていたカスピ海ヨーグルト。ちょっと“紅茶きのこ”(ずーっと昔々に流行した紅茶のなかで増えるぶきみきのこできのこはたべずお茶を飲むのだが、両親のんでたけれどその不気味さに味見もしなかった)を髣髴とさせるものがありましたが思い切ってネットで種菌を購入。
 お弁当でおなじみのふじっこ煮のふじっこさんがやっておりまして初心者用をお願いしました。
 作り方の栞を見比べつつ慎重に雑菌が入らないよう作った翌日、あの独特の粘りと酸味のとても少なく食べやすいヨーグルトが出来上がりました。あの感触、不思議ですよね。特徴ではあるんですけれど、トルコアイスのようなねっとり、つるつる、ぺったりかんがなんとも気に入りました。
 自家製梅シロップで毎朝カップ1杯ずつ食べ始め、いまは冷凍ブルーベリー入りが気に入っています。
 お腹の調子もいいです。
 昨年末の入院以来どうも胃腸関係がしっくり行かず滅入っていたのでホッとしています。
 続けてよかった、の一つです。
 で、我が家ではこのヨーグルトを出すとよろこんで集まってくるのがいます。
 こちびとここちび、そしてばーにゃんです。
 特にココチャンは大好きで、ブルーベリーで紫色になっていたり梅シロップが入っていても大丈夫!!
 冷蔵庫から出したては冷たすぎるので少し時間を置いてあげるのですが待ちきれなくて冷たいのも平気でなめてしまいます。お腹がぐるぐるにならないか、こっちが心配するのですがさすがカスピ海ヨーグルト、という所なのでしょうか、おトイレもいい結果、特にばーにゃんはいつも固くってつらそうだったのが楽になったみたいで、それがわかるのか、ちびにゃんずが集まると必ずひょこひょこと貰いにでてきます。
 粉ミルクの代わり、といってはなんですが、毎日食後の習慣になっています。
 話はあったものの既に貰った後でした、という以外に何の音沙汰もない2匹の新しい家族探し、今が一番可愛い盛りなんですけれど、なかなか難しいです。もう少し方法を考えないと。
 2度目のワクチンでちょっとすねちゃったココちゃん。
 ごめんね、ココチャン。
 新しいヨーグルト、今日くらい出来上がるからね、ご飯の後一緒に食べようね。
 

2005年10月11日 (火曜日)

再び神無月

誕生日なんて
 誕生日です。
 去年より1つ年をとりました。
 確かに世代の違いをみしみし感じるようになりました。
 40代、若い!!
 と、思えるようになる年になったのがとても不思議な気がします、自分がね。
 いつの間にか、というのがまっこと正直な思いです。
 めでたくも、楽しくも、待ちわびる事もなくただ、朝が来ました。
 それでも『おめでとう』の一言がありゃ、ふてくされるような気持ちにはならないんですがね。
 メリピピ+ビル簿旦那、なにも、本当になにもありませんでした、なんか今、ホント今、哀しくなっちゃいました。
 哀しく、さみしい気持ちですが、この歳というのはそういう事なのかもしれません。
 そう思ってせめて自分の気持ちを整理しようかと思いつつ『バックれてやるぅ~!!』とも怒鳴りたい気持ちでもあります。特に『トゥック!ピピン!!!!』と。
 生活クラブで頼んでいた山下達郎のアルバムが来ていました。
 ......それで我慢。
 ガラドリエル・理事長から頂いたケーキが寂しさを募らせます。
 嬉しかったから、余計に寂しいのです。
 どうせ今月は『神無月』。
 かみなしづきの誕生日。
 コンナコトナラ、ヒトリデゴハンデモタベセテクレバヨカッタナ。

2005年10月10日 (月曜日)

広島行

小田和正コンサート
 ビル簿旦那が小田和正のコンサートのチケットをとってくれたのはいいのですが、広島公演って...、と嬉しいんだか迷惑なんだかわかんない誕生日プレゼントとなった。
 飛行機も朝一番しかなくて四時起き。
 お墓参りだの挨拶周りだのとそんなこんなでコンサート会場へついたのは開演前30分。
 おっさん、おばさん多々の会場でありましたが、なんとなくではありますが気持ちはみょうにしらけてまして『なんだかなぁ~』というのが第一、というのも会場が体育館なのね、つまりLOTRコンサートでこりに懲りた多目的会場ということになりましょうか。音響が心配だよ、というのはもう始まったとたんにまるで奈落の底に落ちるみたいにがらがらと音をたてて落ち込むくらいすざまじい騒音で答えを出してくれました。
 ご本人様も声の調子、とっぱずれたようにおかしくなっての第一曲目にただ唖然。
 それとアリーナ席のお客のハイテンションぶりにますます心は引くばかり。
 ピル簿旦那に悪いけれど最初から最後まで気持ちが乗れないさむーいコンサートとなってしまいました...。
 わたしゃ騒音を聞きに東京から来たわけじゃない。小田和正の歌を聞きにきたはずなんですがね...、コンサートというとあれでなきゃいけないのでしょうか、アンコールもああもでてくるんだったら引っ込まずにさっさとやってさっさと引っ込め、といいたくなる。ひっこんだったら1回で戻ってくるな!!!
 こっちがさもしくなったようで次第に頭にきはじめてしまった..。
 コンサートのほうがよりいいアーティストとコンサートではなくスタジオのほうがいいのとあると思うが小田和正の場合、ああいう形のコンサートはもう2度とお金払っていくものではないな、と思った。
 とてもがっかりしてしまった。
 かずまさのマイナス方面ばかりが鼻に付く結果になりやたら疲れてしまったし背中の痛みがぶり返してしまったのも精神的に『ダウン』。
 同じ年頃なのか、それとも40代だからまだ年下なのか、ハイテンションでたちまくりーの手拍子しっぱなーしの皆さんにただため息つく私。ポール・マッカートニーの時とはどえらいちがいにも自分ながらため息。
 ため息のまま帰京したけれど、上野やさんの穴子飯は相変わらず美味しい。穴子飯にすくわれた広島行でありました...。

2005年10月 6日 (木曜日)

F1日本グランプリ

今年の鈴鹿、琢磨どうなる?
 エー、昨年思いがけないチケット入手で大喜びの鈴鹿行。けれどもいくまでの宿取りから始まってけっこう大変でようようなんとかなったか、と思いきや、台風10号上陸騒動で予選はなくなるわ、新幹線・在来線止まるは、名古屋は大雨だは、ともう、てんやわんやのトラブル・ハプニングの続出。本戦当日も朝からみにくいみっともない人間模様を見せ付けられるはで精神的に既に疲労困憊、何とかサーキット迄たどり着いたけれどもひとひとひとひと…。混雑で呼吸が出来ず人ごみで人は本当に死ぬ事があることを実体験しました。
 目的がミーハー的発想の母とは違い、『モーターレーシング最高峰であるF1』を見に来たメリーの感想は『レースとしてGTの方が面白い』。つまり、余りに次元の違うF1は面白みがない、というのである。パドックの傍にも寄れないなんて、という事らしい。それと『サーキットなんて車で行って車で還るもんだ』そうな。確かに鈴鹿サーキットは歩くには広すぎます、いや歩くなんていうこと事態間違っているのかもしれません。
 そして経験からのメリーの結論。
 『F1にはもう2度行く事はありえない!』
 それでも佐藤琢磨が表彰台!なんてことだったら四の五の文句も疲れもトラブルも不満も何もかも吹っ飛んだだろうに相も変らずバトン偏重主義で琢磨は入賞どまりでしたからねぇ。そんなフラストレーションばかりが高まるだけという状況に追い討ちをかけたのが『F1エクスプレス』なる名古屋直行バス。売りは遅くても2・3時間でサーキットから名古屋駅直行というのがナント5時間もかかり余裕でとった新幹線の切符が危うくパーになりかけたのであります。それでも、運転手が状況説明をしてくれれば心配とか不安とかまだ薄らいだだろうにナーンの説明も無いままどっぷりと渋滞にはまったまま、『ココは何処?このバス何処へ向かってるの?』状態での5時間は肉体的にも精神的にも『勘弁してくれ!!!』。ついに意を決して状況の説明を求めたのもなんでこの私なのか?という事も『あったまにきたぜ』のもう一つの要因。他の乗客も文句があるなら自分で言えよ!!
 人間って、日本人って、一体なんなのよ!!
 めちゃくちゃあっちにもこっちにも不信度が高まっただけで終わった昨年でした。
 で、ビル簿旦那にはチケット取れるなら早めに早めに、早めに!と言っていたのですが昨年よりも遅い知らせに宿も交通手段の確保もあるかい!!とぶっくれるしか有りませんでした。それに前日まで広島だよ?
どういうスケジュールになるんだい、でもあります。
 恐らく琢磨ラスト・ランになること間違いない。
 不穏な空気立ち込める今年の鈴鹿、行きたいのは山々のやまやまやまですがどう考えたっておばさん一人無理です。強行突破をかける体力もありません。これがなにより断念せざるを得なかった最大の理由。
 琢磨が来年どのシートになるかは今だ不透明のままでありますがとにかくBARでない事は間違いない。
 去年みたいな台風騒動がない分いいかも知れませんが今年は大人しく自宅観戦するしかありません。
 そう思っていた矢先実家から昨夜電話。
 『速達で○○○会の株主優待が来たわよ!!』
 開催日、8・9日???
 うぬぬぬ....どうして、こうも重なってくれるんだろう!!!
 鈴鹿じゃないけれどやっぱり駆け回るようになっているのかもしれない。
 そうか、今度の祝日は『体育の日』。

2005年10月 4日 (火曜日)

どうしたもんだか

石の森章太郎一生分全集
 何気に中つり広告を見た。
 石の森章太郎の全集??
 なになに、一生分?
 一生分って....。
 必死に全巻まとめての総額を見つける。
 桁が違うことはわかった。
 約62万円。
 3ヶ月1期として12期という事は足掛け3年かかるわけか。
 初めて自分のお小遣いで買った本、それは漫画家入門だった。なんとしても欲しくて欲しくて買った本だった。
 続もあったが欲しいとまでは思わなかった、それだけ最初のインパクトは大きかった。
 009を初めて読んだ時、動きのあるレイアウト、そしてスピード感溢れるストーリー、そしてサイボーグというこれまでに無かったSF的世界にのめりこみ、今がある事になる。
 しかし、しかしである。
 やがて私も大人になり石森氏もいつの間にか石の森となり本人が書いたのかアシスタントが書いたのかわからない作品ばかりに出くわす事になりどんな作品であってもどんなに画風が変化しても基本的に絶対に『手塚治虫』に比べて天道地変が大きすぎる石の森の漫画にひどく落胆させられ裏切られた思いに嫌悪する作家になってしまっていた。自分で書き込みもしない漫画はかれの作品といえるのか?作品が世の中で評判になり持て囃されそしてテレビ化、映画化され続けていけばいくほど心が離れていった。自分の作品を萬画、とかれはよんだけれど『なにが萬画だ』というのが正直偽らざる想いだった。決定的だったのは仮面ライダーを自分で監督した作品を見た時だった。
 ただのマンガのこまわりに過ぎなかった映像の陳腐さと無残さにあきれ果ててしまった。
 そんな才能しかなかったのか。
 009で感じたあの才気は一体なんだったのか!!
 哀しかった。そしてそれまで集めた単行本は私としては珍しく児童館に寄附してしまうということまでさせた。
 実家を建て直すために整理する必要があったとはいえ、関谷ひさしの作品や手塚の作品は1冊のださなかったのに石の森のは平気だった。いま思うとそれだけ手放した作品たちが、私にとって空しい記憶の産物と成り果ててしまったからだと思う。
 その後何ヶ月かしていったとき寄附した作品がぼろぼろでひどい扱いをされたのを見た時心が痛んだものの『仕方が無い』と諦めるより他は無かった。ただそれがその時の石の森という作家の評価のようにも見え、ひたすら寂しかったのを覚えている。すでに私が好きだった作品が古臭くなっていたのだ、時代はドラゴンボール全盛、ボンボンなんていう作品に目をくれるような時代ではなかった。
 そう、多分私は少年少女マンが作家の石森章太郎の作品が好きだったのだ。
 手塚はいつまでも変らぬ自分の線に悩んだがそれだからこそ私はいつでも安心して手塚に戻れた。というか、戻る事が出来た。けれども、石の森の線はひどい蛇行線乱暴な線となりはては本当に本人が書いたのかもわからなくなっていたように思えて新しい009は失望を深くさせるばかりだった。それは少なからずトキワ荘の面々の線にもあったけれど彼ほどの失望感は他にありえなかった。
 だから、全集発刊の報に接し複雑極まりないものがあるのだ。
 どういう順番に出るのかみると欲しい作品も欲しくないのもごちゃ混ぜのようだ。1期と3期を買えばよし、というわけにもいかないようだ。心動くものもある、しかし、本当に本当に心から欲するというものも起きない。
 だから複雑怪奇。
 一冊一冊手に取りたいが書店では扱わないそうな。
 一生丸ごと好きならそれもよかろうが、一生分愛憎半ば相反する想いが蹂躙する場合はどうしたらいいのか。
 『どうしたもんだか....』

2005年10月 3日 (月曜日)

10月神無月

父の愛
 10月です、今頃は日本全国津々浦々の八百万の神様達が出雲に参集されているのでしょう、それも関係したのかも、なのが1日土曜日の我が家のピピンでした。
  『神も仏もない』、逆転さよなら満塁ホームランを打たれたような負け方をしたのかな?
 どえらく不機嫌で無言で帰って来たので『負けたのかぁ~』と直裁に聞いた所『勝ってた試合だったんだ!!』と吐き出すように答えるピピン。相手は高校時代仲のよかったとチームメイトがスポーツ推薦入学した大学、彼はもうレギュラーで試合にでていますから当然『奴にやられた』と言う気持ちと2軍未満と言う自分の今のポジションへの鬱屈が余計悔しさに拍車をかけ他のチームメンバーよりも多少複雑な思いが倍増していたと思われます。(そういえばミッションだったよね、相手校。ヤハウェーの神様は外国出身だもん、出雲に行く必要もないからその差が神業ということで出たのかも)
 だからと言って落ち込んで不機嫌でいるほど悠長な時間もないはず、とも考える母。
 『(2部から)落っこちんの?』とずばっと聞くと『全勝するしかない!余裕がなくて厳しいけれど全勝するしかない、勝つしかない。』との事。ま、それがわかっていればいいこと。けれども然りなんでしょうね、高校でのチームメイトたちが既に1年生ながら1軍で活躍している姿をグランドのライン外から見るしかないもどかしさそして寂しさといったあせりと辛さは本人に一番堪えているだろうな、どうしたもんだろうか、なんて考えていたらタイに出張しているビル簿旦那から電話が。
 『いる?』
 『いるよ、負けたって。』
 『14対16だろ?リアルタイムで教えてもらった。』
 ほぉ~、ちゃんとチェックしていたんだ。
 『代わってくれる?』
 昼飯遅かったから夕飯いらねぇ、とお篭りピピンに取り次いで部屋をでると『うるせぇ~』だの『はげ』とか憎まれ口三昧の後ぼそぼそと報告を始めたらしくリビングまでは話の内容は聞こえない。
 けれど部屋から出てきたピピン、少しは胸の痞えが下りたらしく夕飯のおかずに手を出し始めた。
 機嫌もすこぶる改善されている。
 口では散々な憎まれ口やため口を言うがやはりビル簿旦那からの電話は嬉しかったようだ。
 何しろ随一無比の理解者はビル簿旦那だけ。似たもの親子というと二人とも絶対にそんなわけがないと否定するが紛れも無くやる事為すことそっくりな親子。
 おい、ピピン、少しは『父の愛』に感謝しなさいよ!!
 と言いつつも、困った親父とジュニアなのは間違いないのも事実。
 おい、そこの親子よ、要るのといったって無い袖は振れないって事だけは肝に銘じて置いてくださいよ...10月は4月並みの経済危機の月なんですからね...、ってやっぱり福の神だけは出雲に行ってしまわないで欲しいもんです...貧乏神は戻ってこないでいいですから。ヱ、貧乏神って出雲に行かないの?どうだったっけね?

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鳥撮りです

お世話になります

My Nyans

  • DeBoomo=Zash 巨猫団入団!
    新メンバーとして許可されました 025
  • 巨猫団入団!!
    ☆我が家の癒しの権化@妖怪まくらぬし、くまっちが晴れて巨猫団の団員として認められました...。 今後ともご別懇に♪ 巨猫団。 くまっちのとても素敵な想い出になりました。 1_667
  • ☆ちびおでん
    oden その年は子猫の保護に翻弄された年でしたが、その第一弾がこの子でした。マンションの通路1階においてあったタイヤ(共用部分なのでホントは不法なのだが...)のなかで泣いていたのを私が保護せざるを得ない状況でつれて帰ったのが始まり、約一週間後に実家から持ち込まれた鼻気管炎の子、そして2ヶ月後に生まれたての3匹が排水管に投げ込まれ...結局9月に我が家には9匹の猫がいた勘定になるが、哀しいことに生まれたてのチビちゃん2匹は神様がお手元にお寄せになられしまわれた。新しいお家を探し始めたものの最初に保護した子はとってもナーバス、猫と飼い主になる方との試験期間もこの子には無理かもしれない、獣医の薦めにのっかって2匹を手放した寂しさに負け残したのがチビ・オデン。もっとましな可愛い名前を思っていたのにいつの間にかメリーが毛色などから『おでん』と呼んでいたのが定着、やれやれである。ただいま2歳、我が家のトラブル・メーカーである。毎日のように大好きなメリー兄ちゃんを困らせているしちょいちょいと隠れちゃ出す爪でストッキングの伝染被害増加中。さんざっぱら『あれ、いや。これ、いや』だが夜中にそっとやってくるチビちゃん、棄てられた子の心を治す事なぞできるものではないのだと改めて思う。『どーして、おにいちゃん困らせるの?!』今日もメリーの小言が聞こえています。
  • ☆通称・クロちゃん
    kuro クロチャンの本名は長いです、彼女が何かしでかすごとに名前がくっついて行きました。 “はげちょびっち・くろぷーすけぴー・たりりんぼまーる・かす”我が家最強にゃん、ちっぽと癒しの権化くまっちと兄弟とはとても思えない“不出来”な妹です。ちっぽたちはお腹に居る時から『モンプチ』などの高級カンカンで育ったのですが、諸問題が勃発、本当は避妊手術してクロちゃん達は生まれない予定だったのです。トラブルメイカーのためにくまっち達の育ての親代わりの方達が引っ越されてしまい、クロチャンたちも生まれてしまいました...。その後なんとかクロチャンたちのような事にならぬようクマかあちゃんは避妊の手術しましたが結局生まれた5匹の内里子にだせたのは『紋次郎』と名前を付けられた子とあまりの臆病とお間抜けに里子に出せなかったクロちゃんだけ。紋次郎も里親さんと連絡取れにくくなり元気でいるのかどうか不明になっています。契約書を取り交わす事を決意したのはそういうことからもあるのですが、なんにしてもクロチャン保護に当たっては結構大変でマンション自治会のメンバーとも一戦交えた事も。『野良なんか人に馴れるもんか』といわれましたがそんな事はありませんよ、自治会メンバーの一人であるピル簿旦那の帰りを心から待ちわびるのはクロチャンですから...。 ***2014年9月9日14時32分、16歳、右目した瞼にできた腫瘍により虹の橋を渡りました。
  • ☆みぃちゃん*********************2006年8月11日 肝嚢胞により死去、推定年齢15歳
    mie 三毛のみぃちゃんは12年も外暮らしをしていたしっぽの短いチイチャクて痩せた老猫です。面倒を見ていた方が引越しされてからずーっとそれとはなしに管理人の目を盗んでご飯をあげたりしていた。ペットクラブ設立を機に管理人さんに事情を話していつでも家に入れられるようにご飯をあげてなれさせたものの果たして我が家に来てくれるかどうか心配だった。老齢化が目に付きそろそろと思っていた矢先に子猫騒動で保護が伸びてしまったが冷夏と暖冬に救われた。しかし、東京も結構雪が降るんです、1度保護に失敗して様子を改めて見ていたのですが2月霙の夜、風邪を引いたのかよろけるように隠れ場所からでてきたのを見て援軍の息子二人を引き連れ有無を言わさず保護。しばらくはケージ暮らしをしてもらいましたが現在テーブルの下をわがテリトリーにして暮らしています。歯がもう抜けてしまっているのでお粥のようにしてあげいますが食欲旺盛。カリカリも食べたがりますがやっぱり丸呑みになるのでばあちゃんだけ別メニューです。多分12歳、ですから人間で言うと90才くらいでしょうか。目が余り良くないせいもありマンション敷地内でちんまり大人しく暮らしていたことが良かったのかも知れません。おしっこをあっちこっちにしてしまうので気をつけなきゃいけませんがペットシーツで済めばいい事。何にしても“長生きしようね、頑張ろうね..”です。
  • ☆ぎずも・ぐれむりん
    gizmo ☆ギズモ・グレムリン *********2009年7月1日。 慢性肝炎からの胆石と急性の膵炎により、手術後、急逝。享年10歳。 通称ギズくん、もしくはちゅーくん、は保護する前はどんな目に会って来たんだろうか。とにかく鳴けない、のどもごろごろしない、小心者というよりとにかく臆病だ。地震雷台風は大嫌い。すぐに情緒不安定になってしまう。くまっちに抱っこしてもらいなめてもらわない手落ち着かなくて寝られない。可愛い外見ではわからない彼には痛みが残っている。里親ポスターすら作らなかったのはギズモだけだった。まぁ、マンデに似ていたことも里親探すこともしなかった理由でもあるんだけれど。
  • ☆癒しの権化 くまっち
    *********2007年5月14日午前2時38分多臓器不全により死去 kumakun クマッチ君です。ちっぽとは同腹の兄弟ですがクマ母ちゃんがどうしても預けてくれず2年半ほど外暮らしを経験。ただし、幼少時お世話をしてくださった方にとっても大事にされたためとても性格が◎。その体格といいまさに癒しの権化でございます。セラピスト・クマッチの力は絶大。傍にこられただけでもの皆安らぎに包まれふかーい眠りに誘われてしまうのです。定期試験の前は入室制限をさせてもらってます...。
  • ☆ちっぽ
    20041126chipo とにかく、我が家最高最強のニャンです。 7月7日にクマかあちゃんから預かりました、可愛くってお利巧で、人の心をなにより判っています。ワイルドストロベリーといっしよのちっぽちゃんです

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