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2006年1月27日 (金曜日)

はるやはる

春遠からじ梅の花
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多摩川から見える富士山も真っ白です

hakuba_hashiru

葦毛でしょうか、雪の中に一頭映えて走ります

共通一次試験から今は共通テストに名前は変わったけれど、実施する日程は、どうして決められるのだろうか。
毎年、と言うわけではないけれど東京に雪が降るのはとても珍しいと言っていい。何もそんな時に、と思わないではいられないくらいに『そんな日に』共通テストは組まれるものらしい。
 “受験生の皆さんは時間に余裕をもって気を付けて会場に向ってください”とラジオやテレビの朝の報道番組で まるで「常套句」のように言っているのを聞くと一体誰が日程を決めるんだろうか、思う。
 我が家では共通テストには関係なく終わったがこれからが受験シーズン本番だ。東京の場合、私立中学の受験は1月末から2月はじめにかけて実施され、10日から12日にかけて私立高校の受験が始まる。大学は2月始めから3月まで1次,2次と順次進められていく。
 兄弟や自分のときのこと、そして息子たちの時のことを思い返すとやっぱり、空は青空、冬晴れのいい天気だろうとなかろうと関係などなく「重くどんよりとした不安な緊張感」が立ち込めていた。
自分で受けた方がどれほど気が楽か、と高校受験のときにつくづく思った。受けないのだから親は精神的に辛いだけ、では無いのだ。無事に受験の期間行って戻ってまた行って、結果はどうあれなんとか体調100%とまでは行かずとも納得できるような態勢で試験に臨ませるには、それ相応の肉体的疲労が伴う。そしてその倍はある精神的疲労。精神的疲労度が高ければ高いほど肉体的にもきつさは増す。
 メリーの時、2月8日から始まった高校受験は2月14日の合格発表をもって終了したが考えればその期間のために小学校から塾に通いつづけて備えてきたともいえる。それだけじゃない。
 家庭内でもさまざまな問題が持ち上がり不協和音が生じたしそれぞれ、体調も崩したりもした。一家庭では済まず、私の親兄弟にも少なからぬ影響を及ぼす事にもなった。2月14日、合格が決まり、手続きをしに行くために鏡に向かった時一瞬何が起きたんだろうとおもった。確かに毎日鏡に向かい化粧をしていたのだから鏡を見ていたはずなのに、まったく気がつかなかったのだ。
 白髪。
 特に両脇の生え際。
 髪をとかすと驚くほど白髪増えていたのだ。
 思わず鏡を見直してしまったが、間違いなくたった1週間ほどのことなのだ。
 メリーが行きたくて行きたくて何とか偏差値上げようともがき苦しみ神経性大腸炎を引き起こすまで頑張った附属高校は我が家から遠く離れた東京都下の中央線沿線の学校だった。合格発表はまだ受験期間の真最中。1つ目は到底無理だと思っていたからなんとかなんとか受かっていて欲しかったが、メリーの番号はどう探してもぽっかり10名単位で抜け落ちていた。帰り本当に重い足をひきずって帰ったけれど涙が止まらなかった。メリーがかわいそうでかわいそうで神も仏も無いこともあるんだとなにか別なもののせいにしてそれにすがらないとどうしようもないほど落ち込んだ。電話でダメだったとなきながら母にいうと「どうするの、母親がそんなんじゃ、○○はまだ試験があるのよ!」とたしなめられた。私自身、正真正銘の受験は小学校と大学の時だけだったから慣れてなかったせいもあるかもしれない。
 結果としてメリーは偏差値70前後のMARCH附属高校に合格しそのまま大学へ進学した。ピピンは、というとメリーの行った高校に入りたくて受験寸前なってしゃかりきになったがそんなことで通用するはずも無く、第2志望まで不合格となりようよう、第3希望に合格した。ビル簿旦那も本人もかなり落ち込んではいたが、私自身はその結果に満足をしていた。兄弟同じところへ行く必要はないし、前年の10月に父が亡くなり母のことが気にもなっていたので実家に近い高校に受かってくれたのは父の配剤ではないかと思っていた。そして、ピピンはアメフトと出会い今に至っている。まさか、指定校推薦を取れるとは思っていなかったが。そんなわけで我が家では共通テストにはかかわり無く受験は終わったが今年妹のところが受験なのだ。一人っ子だけに日頃のプレッシャーに加わった受験の重さはいかばかりだろうか、なんとか希望校に受かってくれる事を祈らずには居られない。
メリピピが共通テストを受けずに済んだのか、それとも済ませたのか、と考えるとどうも子供も親もあの重さを回避したかったというのはあったと思う。
 メリーの高校受験では白髪。
 ピピンの時は視力、と間違いなく体力を衰え力は奪われる。
 あの鏡を見た日以降、体力の衰えは本格的に始まったのだと思っている。

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    ☆我が家の癒しの権化@妖怪まくらぬし、くまっちが晴れて巨猫団の団員として認められました...。 今後ともご別懇に♪ 巨猫団。 くまっちのとても素敵な想い出になりました。 1_667
  • ☆ちびおでん
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    kuro クロチャンの本名は長いです、彼女が何かしでかすごとに名前がくっついて行きました。 “はげちょびっち・くろぷーすけぴー・たりりんぼまーる・かす”我が家最強にゃん、ちっぽと癒しの権化くまっちと兄弟とはとても思えない“不出来”な妹です。ちっぽたちはお腹に居る時から『モンプチ』などの高級カンカンで育ったのですが、諸問題が勃発、本当は避妊手術してクロちゃん達は生まれない予定だったのです。トラブルメイカーのためにくまっち達の育ての親代わりの方達が引っ越されてしまい、クロチャンたちも生まれてしまいました...。その後なんとかクロチャンたちのような事にならぬようクマかあちゃんは避妊の手術しましたが結局生まれた5匹の内里子にだせたのは『紋次郎』と名前を付けられた子とあまりの臆病とお間抜けに里子に出せなかったクロちゃんだけ。紋次郎も里親さんと連絡取れにくくなり元気でいるのかどうか不明になっています。契約書を取り交わす事を決意したのはそういうことからもあるのですが、なんにしてもクロチャン保護に当たっては結構大変でマンション自治会のメンバーとも一戦交えた事も。『野良なんか人に馴れるもんか』といわれましたがそんな事はありませんよ、自治会メンバーの一人であるピル簿旦那の帰りを心から待ちわびるのはクロチャンですから...。 ***2014年9月9日14時32分、16歳、右目した瞼にできた腫瘍により虹の橋を渡りました。
  • ☆みぃちゃん*********************2006年8月11日 肝嚢胞により死去、推定年齢15歳
    mie 三毛のみぃちゃんは12年も外暮らしをしていたしっぽの短いチイチャクて痩せた老猫です。面倒を見ていた方が引越しされてからずーっとそれとはなしに管理人の目を盗んでご飯をあげたりしていた。ペットクラブ設立を機に管理人さんに事情を話していつでも家に入れられるようにご飯をあげてなれさせたものの果たして我が家に来てくれるかどうか心配だった。老齢化が目に付きそろそろと思っていた矢先に子猫騒動で保護が伸びてしまったが冷夏と暖冬に救われた。しかし、東京も結構雪が降るんです、1度保護に失敗して様子を改めて見ていたのですが2月霙の夜、風邪を引いたのかよろけるように隠れ場所からでてきたのを見て援軍の息子二人を引き連れ有無を言わさず保護。しばらくはケージ暮らしをしてもらいましたが現在テーブルの下をわがテリトリーにして暮らしています。歯がもう抜けてしまっているのでお粥のようにしてあげいますが食欲旺盛。カリカリも食べたがりますがやっぱり丸呑みになるのでばあちゃんだけ別メニューです。多分12歳、ですから人間で言うと90才くらいでしょうか。目が余り良くないせいもありマンション敷地内でちんまり大人しく暮らしていたことが良かったのかも知れません。おしっこをあっちこっちにしてしまうので気をつけなきゃいけませんがペットシーツで済めばいい事。何にしても“長生きしようね、頑張ろうね..”です。
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    gizmo ☆ギズモ・グレムリン *********2009年7月1日。 慢性肝炎からの胆石と急性の膵炎により、手術後、急逝。享年10歳。 通称ギズくん、もしくはちゅーくん、は保護する前はどんな目に会って来たんだろうか。とにかく鳴けない、のどもごろごろしない、小心者というよりとにかく臆病だ。地震雷台風は大嫌い。すぐに情緒不安定になってしまう。くまっちに抱っこしてもらいなめてもらわない手落ち着かなくて寝られない。可愛い外見ではわからない彼には痛みが残っている。里親ポスターすら作らなかったのはギズモだけだった。まぁ、マンデに似ていたことも里親探すこともしなかった理由でもあるんだけれど。
  • ☆癒しの権化 くまっち
    *********2007年5月14日午前2時38分多臓器不全により死去 kumakun クマッチ君です。ちっぽとは同腹の兄弟ですがクマ母ちゃんがどうしても預けてくれず2年半ほど外暮らしを経験。ただし、幼少時お世話をしてくださった方にとっても大事にされたためとても性格が◎。その体格といいまさに癒しの権化でございます。セラピスト・クマッチの力は絶大。傍にこられただけでもの皆安らぎに包まれふかーい眠りに誘われてしまうのです。定期試験の前は入室制限をさせてもらってます...。
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    20041126chipo とにかく、我が家最高最強のニャンです。 7月7日にクマかあちゃんから預かりました、可愛くってお利巧で、人の心をなにより判っています。ワイルドストロベリーといっしよのちっぽちゃんです

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