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2006年2月

2006年2月23日 (木曜日)

222

猫の日に思い知った事 その2
bakusui
ギズモにいちゃんと爆睡中のこっちゃんです

 動物愛護法についての講習会で精神的に落ち込んで帰った昨日。
 メリピピたちもまだ帰宅しておらず、にゃんずたちにご飯をあげたあと夕飯作ったんですけど、出来上がってテーブルにのせたら『なんかなぁ~』と言う場合がありますが、昨夜のテーブルは正にそれ。
 生活クラブで大根が来てたし、前回美味しかったので又頼んだ薩摩風唐揚げ鳥肉も解凍されてたし、と唐揚げとレタス・グリーンサラダ、ふろふき大根と湯豆腐、がメイン。美味しくは出来たんですけど見た目がめちゃくちゃ地味。一人ぽつねんと“味はいいんだけどなぁ..”とぼやき入りつつ食べ始めたら注文していたレコードプレイヤーが届きました。
 バクシ版の指輪物語のレコードとかオフ・コースとか、改めてCD買うよりは、なんて前から欲しかったのですがようやく懐具合に合致するのを見つけて注文したのです。LDプレイヤーの上におこう、と考えていたのですが接続ケーブルが“短い!”のです...、ご飯半端にして接続作業を始めてしまったものの予定の場所に置けないわけで...簡単に、を最優先に考えてたはずなのに気が付いたらオーディオラックの周りは一番したくなかった状態になっていました、とほほほほ。
 そこにきて我が家には8匹のニャンズがいます。
 当然のことながら、いつも開いていない場所があいた状況というのはニャンたちにとっては『さいこうーーぉ♪』に興味津々、特にチビ・こちび・ココチビトリオは正に好奇心ソノモノにへんしーん、です。
 ラックと壁の間を少しあけているのですが、気が付いたらココちゃんが落下、したのか自分で降りたのかは不明ながらいつの間にか姿が見えないと思い、もしや!!とのぞくと“ここちゃん、ココなの”。
 ようやく出て来させ、ホッとしたのもつかの間。
 テレビの上にチビちゃんが香箱坐りで陣取り、ビデオデッキの隙間にはこっちゃんが転寝。
 そこをどかすと今度はあちら..あちらを退かせると今度は2匹でこっちがふさがる...。
 遂にヘタレている所へメリー君ご帰還。
 “何しているの?”
 “レコードプレイヤーを置きたかっただけなんだけど..”
 “......それでどこにおくつもりなの.。”
 そう、プレイヤーはサイドボードの上においてあったのだが、そこは絶対に無理だよね、を証明するかのようにクロピーがテレビからジャンプしてプレイヤーの上に降りるは、ここちゃんはここちゃんで蓋の上に座り込むはで、これをプレイ中にやられた日にゃ...想像しただけで『絶句・悶絶・大絶叫』間違いはありません。
 “無理だよね..?”
 “無理なんだけど接続コードが短いんだ!よ”
 “...延長コードというのがあるんですけど。”
 “.......。”
 はぁ~~~。
 ため息ついてへたれている私の後ろではビデオデッキの隙間にこちびが、オーディオデッキの上にチビが、そして又もここちゃんはラックと壁の隙間に入り込んで親子の会話を聞いていました。ついでにクロピーはレコードプレイヤーの上を渡ろうとしていたので
 『コノオオバカモノ!!』と一喝されたのでありますが、ホント、クロチャンは怒鳴られにでてくるみたいだ..よ。
 ああ、2月22日、猫の日と言われずとも猫がいるとはどういうことかを改めて精神疲労困憊になるほど実感した夜と相成りました..。
 あ~あ...。
 

動物愛護法の改定

猫の日に思った事 その1
gairai
こんなリーフレット見た事がありますか?

 昨日は2月22日、誰が決めたか、多分業者だと思いますが「にゃんにゃんにゃん」で猫の日、です。
 実は都の愛護推進員の講習会があり、午後行って来ました。
 動物愛護法と外来動物についての法改正などについてのお話でしたが、動物愛護法の改定では販売業者についてもこれまでの申請方法では販売は出来なくなり、1業種につき1許可を取らなくてはなりません。けれども確か入れるはずだと思っていた売ってはいけない週齢・月齢が明記されていない事を知りガクゼン1発目。
 販売業者団体からの圧力なのか、どうか定かではありませんが「離乳が完全に終了し」では意味がないのです。“無理やり完全に離乳”させられる事だってあるのです。これまでだってきちんと命を扱うことをわきまえていない法律解釈を自分流に解釈するようなバカモノ販売者が横行していたから法改正する事になったのではないのか、と質問の時に抗議とあわせて注文をつけた推進員の獣医先生の怒りは十分理解できます。
 明確な数値は何より大きな制約となり、法律順守させるには有効なのに、何故明確な数字を出せなかったのでしょうか。
 大体、日本で動物愛護法が制定された理由も噴飯ものです。
 外国から日本は動物虐待が行われていて動物を輸出してはいけない、などと言われたので法整備に着手したのが昭和48年。
 イギリスでは家畜に対する虐待防止から始まったのですがそれは1822年。
 愛護協会が設立されたのは1824年。
 確かに野蛮な国と標榜されても仕方ないけど外圧でしか法律が出来上がらなかったつけは次の講演につながります。
 買う人がいるから売る人がいる、のだと言いますが、買うと言っても売らなければいいのです。
 法律で定めてはいないにしろ、日本に生息していない動物なり植物なりを入れるということは生態系を壊す可能性が大きい事は明治以降の諸例からしても明白にもかかわらず、販売業者は上記の理由を錦の御旗として売りまくってきました。結果、どうなったか。
 違法まがいのことで手に入れたりきちんとした認識無いままにペットとして飼った人間が果たしてその動物の監理が出来るか、といったら「出来ない」に挙手、です。
 愛護法についての説明が終わるや否や、業者関係と思われる人たちがぞろぞろと出て行きました。
 「関係ないね」と言わんばかりに。
 売った、買った、で棄てられた命は生き延びる為に本能のままに生きようとして様々な大きな問題を引き起こしてしまったがために「外来特定動物」のための法律が定められようとしています。事実、日本古来の特定の種を守る為に、農産物を守るために命を簡単に奪われている事実があります。「防除」と言う言葉の下で。
防除、とは誠に役人らしいご都合の良い言葉です。けれども法改正のために1億2千万という予算はこれまでの不手際や認識不足、後手後手の法律によって今、そこに生きている命のために使われるのではなく、その多くは誰も知らないようなパンフレットや文書や連絡用、会合の折衝や部会など事務的手続きなどにつかわれるのです。
 『なんじゃ、そりゃ!!』
 環境庁のお役人へは推進委員から厳しい質問が問われました。
 防除=殺処分てばないのか。
 避妊や保護隔離で問題は解決できないのか。
 こども達に命は差別されてしまう事をどう説明するのか。
 目の前にいる純血種のお猿さんも交雑種のお猿さんも同じお猿さんです。
 でも純血種のお猿さんは生きてよくて、交雑種のお猿さんは『殺処分』、射殺、若しくはガス室行きにされるです。痛みの無い殺処分とはそういうことです。
 そこにある命にどう区別が付けられるのでしょうか。
 『致し方の無い犠牲です。』
 犠牲とは一体なんに対しての犠牲なのか。
 いい加減な事を許した国や地方自治体や販売業者や飼い主たちの為の犠牲だとしたら、なんという空しい犠牲ではないか。それを強いるだけ権利は何処に存在するのだろうか。
 ブラックバスの駆除に対して『命を守ろう』と裁判起こした人たちがいるが、そもそも、日本にいない魚を釣りの引きが面白いから、商売になるからと無法に放して増やしてしまったのは一体どういうことを生業とし趣味としている人たちなのか、駆除される魚達だって『頂きます』と食べられればそれなりの生きた証と言うものがあるだろうに『キャッチ&リリース』のためなんて、タダの楽しみだけではないか。そのために生態系を崩してまですることなのだろうか。裁判を起こすよりそんな金があるなら1匹で多くつかまえて他に影響もない池なり湖なりをかってそこでだけで楽しみ、命を大切にしたらいい。魚の命とすり替えて自分たちの放埓さ、無責任さを棚に上げ楽しみを奪うなナド言語道断も甚だしい。
 『魚とか虫などに比べて動物は難しい問題』なのは今更いう事じゃない。
 遅きに失した、法制定なのだ。
 今、そこにある命を何とかする術も考えもしておかないでどうして法律が制定できるのだ。
 対処を先送りした所で、今もこれからも生まれ来る差別された命は『駆除と防除』だけで始末、殺すだけなのか。
 確かに無いより法律があって規制して、これ以上『犠牲』を出さずに済むようにする事は必要だ。
 けれども、昨日最後まで残って話を聞いていた愛護推進員は『今、そこにある命をなんとか救いたい』と願い活動してきた人たちが多い事だと思う。
 『やりきれない』。
 人間だけの世界、とこれまで来たつけは人間の都合でもなんとか生きようと定着化のために犠牲を払いつつもなんとか生きてきたものたちの命を簡単に絶つだけではすまなくなっていることを税金で飯を食わせてもらっている役人はもっともっと知るべきだ。そして、なにが今必要なのかその手で五感で知るべきだ。
 言葉だけならいうだけでいいのだから。
 命が失われるという感覚を味わったものには、簡単に『犠牲』で済ませることなぞ、出来ない。

 

 

2006年2月21日 (火曜日)

春になったら

お名前

kochi_no
ピンボケでごめんね、折角キャッチしたのにね。

 コチビちゃんとここちびちゃん。
 命名しようか、と言う意見がでています。
 もう、来月弥生3月で8ヶ月と9ヶ月になります。
 新しい家族の申し出もなく、このまま『仮りの名前』のままでは中途半端。
 先ずは溜息。
 命名ということは我が家の正式にゃんずになるということです。
 ただし、管理組合においては非公認ということでして、正式に認められているのはギズモまでですから、それ以降我が家に入居してきたチビ・オデン、みぃばあにゃん、そしてこの“こちび&ここちび”は非公認とあいなります。人知を尽くして天命を待つ、でしたが今の所天命下らず、なのです。
 チビ・オデンのこともありますから、この2にゃんずにはまっとうなお名前を付けたいと考えていますし、決断しています。なにがなんだろうと、がんもにちくわぶはありません。
 今の所この2にゃんず、色々と呼ばれています。
 こちくん・こちえもん・こちぞー・こっちゃん...。『オイ、そこのしっぽの長いの!』と言うピピンのは論外ですが保護された当初なかなか女の子か男の子か判別しかねた事がこの名前に深くかかわっているようで、名前だけ見ると男の子。
 この中で一番良く反応するのが『こっちゃん』。
 こっちゃん、と呼ぶと『んる?』『んるるぅ?』とお返事して駆け寄ってきます。
 本当に良くおしゃべりする子で、会話が出来ます。
 『こっちゃん、何してるの?』
 『んる、んるるる、る(こっちゃん、いいもん見つけたの!)』
 『こっちゃん、良かったね、何処で見つけたの?』
 『るるぅ、んるる(おちえなーい、みつけたんだもん)』
 『遊ぶ?』
 『あん?あんるる、るる(あ、持って行っちゃマメェ!)』
 『投げるよ!』
 『ん・る!(こっちゃんの!!)』
 ねぐずりで甘ったれ。ウデチュパしながらお膝のうえでネンネしたいこっちゃん、でも運動神経抜群でピピンがペプシのオマケで貰ったお手玉もどきが大好き。スロー&キャッチが大得意。ジャンプ一番でキャッチできるのです。お目目輝かして廊下で待っているこっちゃんに保護されてきたばかり弱々しさはもう、ありません。
 ここちびちゃんはスタイルが全然コッチャンとは違います。
 むくむく、固太り、チッポが短くてミケ縞の女の子らしい子猫です。
 ひょろりんとしたコッチャンと違って抱き心地のずっしり、しっかりした子です。そんなせいですかねぇ..。
 ここ丸・ここぞー・ここぶー(失礼な!)・ここ介...『オイ、そこの真ん丸いの!』は論外、ここちゃんもわかるらしく短いチッポを振り立てて『失礼ね!』と反応します。
 『だから、君は嫌われるんだよ、ピピン。』
 コチビ・ココチビ、というのを生かしたネーミングを考えています。
 女の子ですし、可愛い名前にしたいです。
 こちっちゃんは“小千代”。
 ココちゃんは“小夏”、どうでしょう?
 『ここぞーにこちえもん』 by メリー。
 『しっぽの長いのに短いの』 by ピピン。
 さてさて、もうしばらく、様子を診てから、と言う事にはしていますけれど、春になったら...『小千代と小夏』ですかね♪
 

 

2006年2月20日 (月曜日)

再発

はげちゃった
hageteshimatta

クマッチの湿疹はなかなか手ごわいです、困ったね..。

 気になっていた背中のかさぶた。
 土曜日、どうなっているかと朝みたら剥けてしまって毛穴のところがポチポチと血がにじんでジュクジュク状態。
 湿疹ででるような体液で周りの毛も固まっている。
 再発だ。
 クマッチは生まれて、2年半ほどクマ母ちゃんと外暮らしをしていた。クロピーたちが翌年生まれ、自分は縄張りを求めて生まれ故郷と言うべき我が住居のマンション敷地内から出て行った。やさしいおとなしい性格は何処へいっても変わりなく、大丈夫だろうか、と人の布団で爆睡している妹・ちっぽをみながら気になっていた。
 不安は的中。
 久しぶりに戻ってきたクマッチは見る影も無くやせ衰え湿疹で毛が抜け、まさにボロボロ。
 大人になっていたクマッチを家に入れるにあたってスプレーの心配が頭をよぎったがそんなこと気にかける余裕など無いほど、クマッチの状態は良くなかった。
 『ご無沙汰です、ご飯、ありますか?』
 そんなことを言っているかのようによろよろと足に擦り寄ってきたクマッチのあいも変らぬ性格の良さに泣けてしまった。翌日、すぐに洗足の先生の所へ連れて行ったが、脱水気味で高熱がでている事、湿疹は恐らく内臓からのものでストレスも関係しているということなど、2年半の外暮らしの過酷さを想い、なんとか元気になってくれる事を願うばかりだった。
 『入院して熱が下がったら去勢の手術とワクチンの接種をしましょう。』
 お預けして帰ったもののあまりにボロボロな姿に心重かった。
 先生から連絡があり、熱が下がったと言うので見舞いに行くと開口一番先生にこういわれた。
 『いい子ですね、この子。おとなしくって、ひとなつっこいですね。』
 どーも、先生がケージの前を通るたびにケージを隔てつつも先生にスリスリしていたらしい。その上、診察も注射も暴れることなく先生の言うままされるままだったそうな。(それは去年の入院でも変らなかった。)
 だが、クマッチの湿疹はしっぽの生え際あたりの背中付近にしぶとく残った。
 ストレスにも関係しているのではないか、という先生の見立てもあり、良くなったり、ひどくなったりを不定期に繰り返していた。だからクマッチが我が家に居つくことになった理由は『長期療養』。
 日曜日、またぞろ足を引き釣り始めたちっぽともどもメリーに車を出しもらいいつもの先生の所へ連れて行った。
 ステロイド剤を飲用し、しばらく様子を診ることになった。
 ちっぽは爪が剥けなくなってきており、つめきりをし、これまた様子を診ることに。
 考えれば2匹、1997年6月の生まれ。
 ペットの寿命が延びた御時世とはいえ、元気で長生き、というのが飼い主にもにゃんずたちにもいい事は変わりないのだから、再発防止を心がけなくちゃ...。
 『..ストレスの原因なんだけどさ、』とメリー。
 『多分、恐らく、ほぼ、あれだよね?』
 と、視線はテレビの上。
 茶色いしっぽが見えてるよ♪
 だんだんだーれがめっかった?

 『...チビ・オデン...』
 溜息交じりの納得です...。

2006年2月16日 (木曜日)

ロンド

forWard
biwako_no_hotori

 ビル簿旦那のメールからオフコース・鈴木康博のロンドを何十年ぶりかで聞いた。
 そして、ふと、彼がどうしているだろう、と思った。
 オフコース。
 独立、と言う言葉は小田和正の言葉、だと思っていた。けれど、“独立”したのは、Yassさんの方だった。
 その頃のオフコースの曲、ほとんど小田和正の曲ばかりだった。たしかに、あの頃、わたしも和正の曲のほうが好きだった。つい、最近まで。
 随分前の事だ。
 『さよなら』がヒットし、オフコースがポピュラーなグループになっていた。そんな時だ。タモリが、オフコースが、『さよなら』が嫌いだといった。
あの人は不思議な嗅覚を持っている人、本物のタレントを持っていると私は考えていたから、正直いってその言葉はかなり、残念だった。
 けれど、今思い返すと、あの当時のタモリは私がコンサートで感じた『違和感』を既に感覚的に嗅ぎ取っていたのだろう。今私も納得できる。
 小田和正という人は才能があるのは間違いないことだ、素晴らしいアーティストだろう。
 しかし。
 私は小田和正の表面のホンのわずかな部分しか知らない、CDを買うだけの、ファンだった。
 けれども、そのままで居たかった。
 素晴らしい、と思い続けていられたらよかった。
 あの、秋のコンサートで私は結局、何を見て何を聞き、何を知ったのだろうか。
 最初、歌の言葉とは裏腹な彼の言葉に些かショックを受けたが、やがて歌の言葉もけして裏腹なものではなく、彼ソノモノなのだと思いはたどり着く。認めたくはなかったが彼の言葉に親身さ、真摯さ、真実さを見ていたと思っていただけに自分の中で何かかガラガラと崩れて行った。
 あのコンサート以来、同じCDを以前と同じように聞けなくなっていた。
 誤解をしているのかもしれない。
 十分にありえる。そうだ、そのとおりだ。
 私は彼の本当の姿を、彼の本質を知らないのだから。
 Yassさんがオフコース時代の自分の曲を改めてアルバムにしたものがある事をしり、早速聞くことにした。
 よく伸びる高音とハーモニーの美しさが2人オフコースの何よりの特徴だった。
 Yassさん、変ったね。
 和正は、あの当時と変わりない、といって良いほど声質も音域もあの時のまま。
 だけれど、今の私の耳には今のYassさんの声は心地よい。
 音域がかわり、出にくくなっている。けれども、オフコース時代にどこか馴染めなかった高音質の硬質さが柔らさを伴いいとも優しく馴染んでくる。
 これが歳を重ねるという事だろうか。
 言葉に現実感を伴って、より親身に思えるようになっている。不思議さを感じつつそれはそれとして納得するものが、私の中にある。
 ビル簿旦那、Yassさん、やっぱりスゴイよ、やっぱり、良いよ。いや、良かったんだよ、ずっと。
 
 

2006年2月15日 (水曜日)

ヴァレンタイン夜は...

チョコレート
nanka_monku_demo
額に入ったそりこみのような茶髪、我が家のヤンキー・チビ、幼かりし頃

 『おかあさん、パソコンと相性悪いんだ』
 昨日もお蔵入り状態のCD-RWを使えるように仕事先のPCと格闘の末なんとか起動に成功。けれど気がつけば19時...。ありあわせのもので夕飯作ると、もう、『なんだかなぁ~』。
 ビル簿旦那から『内の息子達はチョコレート貰いましたか♪』なんて電話も入り、せっかく届いたガンダルフ謹製・ザッハ・トルテに引き立てのヴァレンタイン・ブレンドもお預けです。ビル簿旦那にも同じものを送ってもらい、あちらを美味しく頂きました♪のご報告。
 メリーは学年4人しか女学生は居ない、と言う環境ですからね...身内からのものに限定も仕方ないかも。
 で、ピピン君。
 女子8割、ですからね、期待もしよう!何でしょうが、本人現実への自覚も早い。
 『もらえそうにもないから稼ぐ!』と、先週からヴァレンタイン・チョコ売りのアルバイト。
 せっかく稼いでも『これ、限定なんだって!うめぇ~♪』と自腹切って買ってきたら、あんまり意味無いんじゃないの?
 で、昨日14日。
 23時過ぎに帰宅。
 真夜中のチャイム騒動で寝不足な上にPCとの格闘で疲労困憊気味の母に『お母さん、大変な事になった』とのっけに言われてもねぇ~、ちよっとちょっと勘弁してよ、というと目の前にごっそりとチョコレートの山を築き上げるピピン。
 『買ったの(現物支給か)?』
 『試食用で開けちゃったのとか、包装が破れちゃったのでいらないのをくれたんだよ。買ったのはこっち。』
 (やっぱり、買ったのね...三つも..)
 『食べる?やっぱりロ○スのチョコはうめぇ~♪』
 ....いくら疲れにチョコレートはいい、とはいってもね、ピピンよ。
 『今、何時だと思っているの?』なのよ、わかる??
 夜中の零時過ぎにはいくらなんでもチョコレート、じゃないんじゃない?
 今朝、カスピ海ヨーグルトを出そうとしてびっくりたまげました。
 チャーリーとチョコレート工場化していた我が家の冷蔵庫です。
 『あ、生チョコだから冷蔵庫に入れるからね』って、言ってたっけ....。
 どうりで野菜が外でてると思った....。
 ビル簿旦那、違う意味で貴方のjuniorは『チョコレート、貰ってきたよ。』

2006年2月14日 (火曜日)

如何成る事也しか

真夜中のチャイム
konnayoruwa
雪の降る夜は

 今日の真夜中のことなり。
 ピンポーォーン
 と、インタフォンが鳴ったかと夢うつつの狭間に覚えけれ。
 はじめは夢のなのか、それとも現のことなのか、寝入りて暫し経ちたればいかなる事にか判然とせず、そのままにて寝床に入りしままに寝入ろうかと思いきや、
 ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。
 同じ間隔おきて再び、三度インタフォンは鳴りにける。
 我が家のビル簿旦那の帰京の予定なく、目覚まし時計をば見れば午前2時15分を廻っておりぬ。
 ふと、思いつきたるは我が上階に住まいする一人の老女のことなり。
 少々徘徊の気味がありこれまでに2度ほど、迷いて尋ねしことあり.。
 されど、時を思うとそれとも当たらぬ時刻なり。不安と不気味さに我が心臓は心拍数上がれしこと驚くほど如実に感じ取れり。
 明かりつけ、思い切りてのぞき穴から見しも、予期したとおり誰もいず、また見えず、気配なし。
 いたずらか?盗人か?それとも...!
 小さき穴なれば、たれぞ、どこぞに潜んでいても判らぬなり。
 不安は不安を呼び、気味の悪さはますます嵩じ、それに合わせるかのように心臓高鳴り恐怖を感ず。
 『いやいや、気にしてはならじ、鍵は完全に掛かって折るのだから、ここは朝になるのを待ちて休むべし』と起き出だしたる猫たち呼び寄せ、再び冷めたる寝床に戻りしが、それを拒むが如く鳴りにけるは真夜中のチャイムなり。
 ピンポォーーーン。
 脱兎の如く部屋を飛び出でて、通路が見ゆる窓の鍵、慄く思い振り切りて開けたれば、まだ明けるに間遠い真夜中の深閑たる静けさがあるばかりにて人の気配、さらになし。
 喉の奥より沸きし声、押し殺して窓を再びかたくかたく閉めたり。
 主の不穏なる様に不安げなる様はまだ幼き子猫。
 わが身にも掛けるが如くに優しき声にて安心させんと呼び寄せて寝床に寝かせつつも生まれ氏恐怖に我が神経は研ぎ澄まされて眠る事能わず。
 目覚ましの時を刻む音ばかり真っ暗な闇に響きけり。
 ようよう、うとうととせしは既に春の宵明け染めぬ頃なり。
 然れどもこれが初めてのことでなく、もはや既に2度ありて此度は3度目のことなり。
 これはいかなることなるや、いかなる事にてかような事が起こりしか。
 メリピピ、真夜中のチャイム覚えなしと申すなり。
 さればあれは我が迷い、夢かまぼろしか、いやいや、さはあらじ。
 誠起きたる事なり。
 奇怪なる真夜中のチャイムなり。
 如何とぞするや、如何とぞせんや、暫し目覚めても恐怖まざまざと思い出だしたりて暗き思いの朝となりにける。

 ネブソクモイイトコデシス。
 カンリニンサンニレンラクイレマシタ、ソク。
 トリアエズ、インタフォンノメーカーガシラベルソウデス。
 マツシタデンコーサン、マヨナカノチャイムハカンベンシテクダサイ...
 ハヤクナントカシテクレェーーーー!!!
 

真なるもの真である

岩波書店セミナー「ファンタジーの魅力を探る」

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会場新宿NSビルホールで作成されていた砂と薔薇の花びらの絵

 ようやく、間に合いました。
 念願かなってのセミナーへの参加です。
 『ビルボ別れの歌』を翻訳された脇明子先生の『ファンタジーの魅力を探る』講話は既に昨年の秋に開催されたのですが今回は追加講演となります。
 けれども、岡山から来京される準備をされている時にこれまで気になっていた事が形となってまとまったと言う事で急遽内容が変更されました。
 『ファンタジー-五感に訴えるもの』
 昨今、LOTRの映画化の成功によりさまざまな『ファンタジー』と称する物語がたくさん出てきているけれども『ネオ・ファンタジー』と呼ばれているものの多くは人間の視覚や聴覚に訴えるものが多く、“他の五感全てに訴えるものが少ないのではないか”ファンタジーというのは五感+体を動かすものがある事がとても重要なのではないか、ということから話は始まりました。
 先生はなんども読んだはずの指輪物語を改めてじっくりゆっくり、丁寧に丁寧に読み直したそうです。
 そこで、指輪物語がいかに『全ての感覚に訴え綿密につくられているか』を再認識させられたといいます。
 2ページ、フロドが1日かけて歩いたと言う記述を読むとフロドと同じような疲労感を覚えたといいます。
 確かに。
 トールキン教授の『妖精物語について』を伊藤先生の講座で勉強しましたが、トールキン教授のファンタジーの教義を当てはめた場合に十分に当てはまる作品はあるのでしょうか。
 脇先生が今回のセミナーのなかでいうファンタジーは厳密に言ってしまえば教授の原理に当てはまらないものも含まれているが、おおきなファンタジーという枠組みのなかでは十分に成り立つものだと思う。
 動物・小人・人形・御伽噺...。
 真なるファンタジーはテンポは遅いけれども人間の全ての五感に働きかけが出来る描写力をもち五感と感情体験をすることが出来るものだ、だから、じっくり丁寧に味わう事の出来るファンタジーを読むことは、体験し得ないものを体験できるとても大切な手段の一つとなる。
 今の世の中、成長段階で当然体験できた事が体験する機会が失われ、体験出来なくなっている。
 体験する事で+の感情もまた、-の感情も相応に対処する方法も身に付けて行かなくてはならないのに今の子供たちは出来なくなってしまっているというのだ。
 言われてみれば、確かに私が子どもの時代に出来たことを我が家のメリピピも同じように体験できたか、というと『出来ていない』と言うほうが間違いではない。私としては出来るだけ私が体験した事をさせてやりたいと努めたつもりでも、体験する場や機会が既に失われていて体験させてやりたくてもできなくなってしまっていたという現実がある。ピピンはたった2年の差でメリーができた事ができなかったこともある。
 としたら、今の小学生達は一体どうなっているのだろうか。
 コンピュータ・ゲームは私が短期大学を卒業する頃にインベーダーゲームが現われ始めただろうか。
 以来、テレビゲームの進歩は呆れるばかりだ。
 本好き、アナログ的素因含有度高だった母親と機会音痴ビル簿旦那の子どものメリピピは、かなり、不自由な環境にあったやもしれない。ゲームにしてもテレビにしてもビデオにしても親の、特に母親の検閲が入り許可するもの以外は『×』だったから。ゲームも各自30分以内、そしてその分テレビの視聴時間はなくなったし、だめなものは絶対に駄目だった。規制がなくなったのはメリピピが高校にあがってからだろうか。それでも基本的にチャンネル権は親にある事に変わりはなかった。まあ、その時分にはテレビよりもPC・ネットのほうに移行していた面もあった。ネットについてもかなり、検閲は入れましたね。一度、変な請求書がやってきて、ピピンは冷や汗をかく事になり、メリーも他山の石とした事件がありました。ネットの不気味さ、オトロシサをメリピピ実体験したことはネットをやり始めた時だっただけに親子共々有効な『痛い目』となった。その際の出費はいささか気になったし別な意味で痛かったが。
 真なるものは真である。
 生きながらえてきたものには優れた類稀なる力が潜みそしてそれは全ての技に勝る想像力‐イマジネーションを生み出す。
 指輪物語、ナルニア国物語。
 導いてくれたのは瀬田貞二という日本の子どもの事を心から案じ心からイトオシミ、全身全霊をもって考えてくれた人であったことを、私は心から嬉しく思っているし、瀬田さんや石井桃子さんといった人たちの作品に、それとはしらずとも本を読む楽しさへと導いてくれた両親、そして図書委員でもないのに図書館に入り浸っていることを許してくれた早川先生に感謝している。
 今回のセミナーはこれまでの本との交流の帰し方行く末を考えさせてくれる思っていた以上に素晴らしい時間を私に与えてくれました。
 ああ、それにつけても出席出来なかった講演が残念でたまらない。
 岩波書店殿、ナルニアはまだまだ続くんだから今年も同じ企画を続けてください!!
 お願い致します。
 
 ♪追伸です。
 このセミナーについては岩波書店の児童書コーナーのイベントをご覧になってください。

 
 

2006年2月10日 (金曜日)

レジェンド・オブ・ゾロ

はまり度
kochi_naani
『なぁに?』
子猫にとって登れて遊べないものはありません、植木鉢とて例外にはなりません

 チネチッタ・TAKE5、最後の招待券は『レジェンド・オブ・ゾロ』。
 1作目から7年もたっての2作目です。
 そのせいでしょうか、ZORRO役のアントニオ・バンデラス、しっかりとはまっています。
 1作目では初代ZORROはアンソニー・ホプキンズでした。
 これは、意外なキャスティングでしたが敵に陥れられ愛する妻を失いわが娘を奪われ20年もの歳月を牢獄で過ごすというまるで岩窟王みたいな出だしにはぴったりでした。思い返せば、こどもだったアレハンドロも颯爽と現れたゾロの雄姿に魅了された少年としてとっぱじめにでていましたが、今作も彼の息子であるホアキンが学校サボってやっぱり、ゾロに会いたくて騒ぎの渦中に入ってまして、ゾロ・映画のワンパターンを踏襲。
 岩窟王には似合っても、やっぱりアンソニー・ホプキンズのゾロには無理がありました、特に出だしのアクションシーンは。それと7年前のバンデラス、ハリウッドデビューして日が浅く、私にはまだまだ『売り出したばかりの若造』と言う感が否めませんでした。
 キャサリン・ゼダ・ジョーンズのお姐さんはあの頃からぱしっとした存在感がありましたから、今はマイケル・ダグラスと結婚して2児の母ますます貫禄もついて役どころマンマの立派なもんです。
 バンデラスもようやく、追いついた、と言う所でしょうか。
 娯楽作品として合格点です。
 DVDを購入とまではまいりませんが、くれると言うのなら喜んでもらう事でしょう。
 面白さとしておなじレジェンドつながりで『リーグ・オブ・レジェンド』と互角の勝負だと思います。
 お気楽に楽しめる作品のはなによりZORRO作品の全てをきっちりと押さえてんこ盛りにしてくれているところ。
 音楽、良し。
 美術、良し。
 脚本、良し。
 キャスティング、ばっちり。
 これまで私がみたZORROはテレビシリーズのゾロ、アラン・ドロン、ジョージ・ハミルトン、アンソニー・ホプキンズに、名前は忘れてしまったけれどZORROというキャラクターは映画として興行が成り立つものらしく、これまでにもいろいろ作られましたが、もともとの設定からするとアントニオ・バンデラスのZORROはこれまでにないはまり役と言えます。7年と言うブランクがあって、ZORROがZORROである為の内面的葛藤も7年前の若造とは雲泥の差があり、多少『歳』を感じても好感がもてました。
 そして、キャスティングに拍手したいのは息子・ホアキン役の少年です。
 メキシコではそれなりの子役として売れっ子。
 バンデラスとゼダ姐さんの息子役ですからね、英語からきしダメだったメキシコ少年はお似合いの息子君です。
 やわなアメリカ少年にはない『太陽』を感じます。
 ZORROというキャラクターはこれからも色々な映画となって現れると思いますが、この3人の役者さんのZORROは私の中では今の所、№1、になっています。
 気分晴れない方々に安心してお勧めいたします。
 『ディズニー』的なのがまったく受け付けない方にはお勧めはしませんけどね。
 


2006年2月 7日 (火曜日)

オイラーの公式

博士の愛した数式

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今は亡きえんじぇる・もぐ、です、おっきくて、やさしくて、ふかふかむくむく、出会えて暮らせて幸せでした

 『博士の愛した数式』を観て来ました、先週。
 原作は読んでいませんが、講座でご一緒の方の感想や新聞での映画評が良かったのと、ポイント貯めて無料で見にいけたので行って来ました。
 感動度は、と言われるとさほどの事はありませんでした。
 たしかに上手くまとめられているし、ルートが数学教師として現れるという幕開きもスムーズに作品の中に入って行けました。
 交通事故(その事故もどうも曰くありげ)によって「博士」は80分しか記憶が持たない。
 事故に遭うまでの記憶は明瞭で且つ数学学者として明晰な頭脳と才能に恵まれ留学し前途有望な人だった博士。野球少年でタイガース・ファンの博士はまこと、好人物である。
 でてくる人物は80分しか記憶が持たない博士以上にそれぞれ世間一般からするとある意味『真っ当』ではない。
 若くして結婚できない相手と恋をしてルートを生みシングル・マザーとして家政婦を生業に生きる母。
 そして、その息子。
 博士が生きていけるのは亡き兄の残した財産と義理の姉の擁護があるからだが、義理の姉は一切この義理の弟との接触を拒んでいる。
 博士の住む家はそもそもからして世間常識からかけ離れた環境にあるのだ。
 だから、一地方でシングルマザーとして働く母と子にとっては誰よりもかけがえの無い空間になったのではないか。毎朝、毎日、同じことばから始まる博士との付き合いは、ともすれば世間的常識の中で肩身の狭い思いをしてきた二人にとってなによりも救いだったのではないか。
 果たして、ルートの母が博士に抱いた真情とはいかなる位置にあったのか、義理の姉の心を騒がせたのはなんだったのか、しかし、ただ、時は過ぎ、博士の記憶は80分でリセットされそして明日はやってくる。厳として自分への想いは残っているという確信と裏腹に己自身の罪の意識から拒絶した義理の姉があの母と子によってもう一度現実と向き合おうとする漣のような変化は『母と女』の違いからだったのだろうか。
 思い出の話かと思ったがラストシーンからすると現在も進行している話だということがわかる。
 不思議な関係の話だと思う。
 メルヒェン、といえばいえる作品だ。
 『オイラーの公式って知ってる?』
 『知ってるしやってるよ、テキスト見る?』
 『新教育要領でかわっちゃった円周率は約3から3.14って戻ったんだっけ。』
 『どうだったかな、円周率も小数点5位くらい下ならそうたいした差は無いけれど小数点1位、つまり0.14というのは既に誤差というには範囲を逸脱しているんです。』
 『だよね...』
 『ま、ぼくらは円周率3.14なんたらかんたら、でなくてπ考えるからあまり関係ないけどね。』
 『.....。』
 ふと、気がついたこと。
 母に息子が言う科白。うろ覚えだかこんな事いってた。
 『お母さんは綺麗なんだよ、自信持っていいんだよ』
 深津絵里のお母さんじゃ、かえって『改めていわれるとなぁ..』と引いたっけ、もっとキャスティングでシングルマザーっぽい、美人でもブスでもないけど目立たなくくってそっと家政婦で頑張っている女優さんだったら違和感無かったし、このお話ももっと親身になれたかな、なんて思った。
 『単騎千里を走る』のほうが訳わかんない涙だったけど感動度は上、かな...。
 それにしてもメリー君の頭の中には映画ででた数式やら公式が現役で頑張っているという事実の方が私にとって驚くべきことでありました...。
 

2006年2月 5日 (日曜日)

よきかな・よきかな

このところのこと

sanpo_yuki_no_asa

先日の雪の朝です、明日も?
 
 朗読の会、12月来休止状態です。
 申し訳ない...。
 つい、安きに流れてます。
 あの、「夜行バス」で毎回大阪より来京されるエルさんと伊藤先生を囲んでの『モリアの会合(単に名づけただけです、やってる場所から..)、またはモルドールの集会』についつい...、それと仕事や別件スケジュールの関係でなかなか都合がつかなくて、と言う事情もありますが、2月でも希望があればやりますので何卒ご連絡お待ちしています。
kochi_ameragubuin

本格的にやりますか?

 さて、我が家のピピン君が部の最優秀新人賞としてトロフィーを貰ってきました。
 本人とすればかなり不完全燃焼気味であったようで、折角下さったのですが、今ひとつ自分の中で納得するものがないようで『かなり』複雑な心境のようです。
 『もう一人の1年生のほうだと思っていたし、俺、試合に出てないから...』
 『...おとーさんの精勤賞もあるんじゃないの?』
 『?』
 『試合に合わせて帰ってきてタモンネぇ~』
 『それは...ないと思う。』
 今日午前1時の母と息子の会話です、そう、昨夜のOB会納会は午前様をしたピピン君です。
 今朝になってビル簿旦那に電話を入れて報告していましたが、夕方ピピンの話を心配してその父は電話をしてきました。
 『メールにも入れたけど今年への期待を含めての受賞だと思うんだ。誉めてやりたいよ。やっぱり、すごいことだよ、よくやったんだよ、あいつは。』
 元旦・駅伝応援で『お前の所、よく息子二人親と一緒に来るよな、それと仲良いよな、会話あるもん..。』
 と、言われました。
 我が家では当たり前なんですけどね、どーも、我が家のビル簿旦那とメリピピとの関係は『モノメズラシイ』関係のようです。ま、ビル簿旦那の努力の賜物というか人徳のおかげと言う事にしておこうと思いますが、とってもガキ菜ところをメリーが補い、とーっても父親らしい所をピピンが欲するというパターンが我が家の父と子の関係を形作っているんだと思います。
 『僕からいわせれば、お母さんもガキだと思うよ、もう少し冷静にすぐかっかせず対処してほしいんだけどね..』
 と、以前メリーにいわれた事がある。うぬ、と思いつつ『反省』をしましたが、ま、自分だけ『大人』扱いせず我もまた、ガキ、と認識している事は、あっぱれ、と申しておきましょう。
 実家の母もよく申します。
 『お前の所はいつもワイワイしている』と。
 それが母には楽しいらしい。
 今日も、気晴らしに母から銀座へいこう、との誘いにメリーと一緒に参りました。帰りに荷物もちで実家へ行くと、先日母からもう、つけないから妹と私にくれるといったネックレスを見せてもらいました。
 『妹はどっちがいいって?』
 『どっちとも言わなくてほしいのが同じだったらじゃんけんで決めようって言ってたわ』との由。
 『それじゃ、連絡あったらいっておいてください。買って貰える当てはないので貰えるなら大きいほうが良い、と言っていましたって。』
 笑ってました、母。
 ビル簿旦那とメリピピ、親子4人に猫8匹。
 楽じゃないけど家族親子、会話が成り立つと言う事は『すごい』ことで喜ぶべきことなんだと思います。
 『誉めてやれる時は誉めてやるもんだ。』
 改めて、ビル簿旦那、いい親父だよ、です。
 水曜日の胃カメラ、頑張れ...。
 
 
 
 
 

2006年2月 2日 (木曜日)

ネコ団子

睡眠不足の素
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クロピー枕にネコ団子の完成です!

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カメラを引くとクッションを取られ不機嫌そうなチッポがわが枕の横に

nekodango_dousiyou

もっと引くと“ヤンキー”チビ・オデンが裾に陣取っています

 寝不足です。
 原因の一つであるクッションをリビングに移動し、ネコ団子発生の場所を変えたかったのですが、如何せん、ネコ団子は毎夜はわが寝床を中心として発生します。
 挙句に、陣取り合戦の結果、夜中に襖を開けろ!、の大音量での威嚇に流血沙汰を引き起こし、そうでなくても自分の布団だというのに遠慮しがちにねている“主”をたたき起こしてくれます。
 気がつくと8分の7が乗っている事もあります....。
 『君たち、乗って寝るのは無論構わない、しかし、夜中に喧嘩おっぱじめて起こすのだけはやめてくれ、出来ない奴は入室厳禁である!!』
 そう、何回宣言した事だろう。
 『無理』
 『わかんねぇーよ、コイツラ』
 メリー君、そしてピピン君、確かだ。
 しかしだ、君たちにも言っておく事がある。
 『お前達!! 猫たち、締め出すな!!』
 (とくにクマッチ。)
 低血圧に加えてのネコ団子は睡眠不足の素。
 

2006年2月 1日 (水曜日)

如月

雨の一日
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寒い日はお手手合わせてネンネのこち&ここ

 今日は朝から雨。
 こんな日は猫たちはおとなしいはずですが、我が家ではそうではなかったようです。
 家に戻ると「暴走にゃんず」が文字通り爆走した痕が歴然としています。
 大人猫たちはそれなりの気に入りの場所で猫らしい生活を営んでいるのですがね..。
 最近みぃばあちゃんもテーブルの下ではなくわざわざケージに入って寝るのもどーも、単に猫らしい生活をしたい要望を達成するためのようです。確かに、ケージの中までは乱入しませんから。
 さっき地震がありました。
 震度3。
 ココちゃんは座布団の山の頂上で気持ちよく寝ていたのですが、突然の揺れにびっくりして下に飛び降りてきました。長くは揺れませんでしたけれど全身で揺れを感じてしまったここちゃん、ひっくひっくとしゃっくりが止まりません。脅かすわけにもいかず様子をみてましたら、小1時間ほどでおさまったようで、こちらもホッとしました。
 私もですがメリーもピピンもずぶぬれで帰ってきたのであちこちに濡れたものがぶら下がっています。
 今日から2月です。
 寒気甚だ厳しくそして春の兆しが増して参ります。
 一雨ごとの暖かさかな、とまいりましょうか?
 医療費控除をまとめなくちゃ..花粉対策しなくっちゃ、です。
 .

 

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鳥撮りです

お世話になります

My Nyans

  • DeBoomo=Zash 巨猫団入団!
    新メンバーとして許可されました 025
  • 巨猫団入団!!
    ☆我が家の癒しの権化@妖怪まくらぬし、くまっちが晴れて巨猫団の団員として認められました...。 今後ともご別懇に♪ 巨猫団。 くまっちのとても素敵な想い出になりました。 1_667
  • ☆ちびおでん
    oden その年は子猫の保護に翻弄された年でしたが、その第一弾がこの子でした。マンションの通路1階においてあったタイヤ(共用部分なのでホントは不法なのだが...)のなかで泣いていたのを私が保護せざるを得ない状況でつれて帰ったのが始まり、約一週間後に実家から持ち込まれた鼻気管炎の子、そして2ヶ月後に生まれたての3匹が排水管に投げ込まれ...結局9月に我が家には9匹の猫がいた勘定になるが、哀しいことに生まれたてのチビちゃん2匹は神様がお手元にお寄せになられしまわれた。新しいお家を探し始めたものの最初に保護した子はとってもナーバス、猫と飼い主になる方との試験期間もこの子には無理かもしれない、獣医の薦めにのっかって2匹を手放した寂しさに負け残したのがチビ・オデン。もっとましな可愛い名前を思っていたのにいつの間にかメリーが毛色などから『おでん』と呼んでいたのが定着、やれやれである。ただいま2歳、我が家のトラブル・メーカーである。毎日のように大好きなメリー兄ちゃんを困らせているしちょいちょいと隠れちゃ出す爪でストッキングの伝染被害増加中。さんざっぱら『あれ、いや。これ、いや』だが夜中にそっとやってくるチビちゃん、棄てられた子の心を治す事なぞできるものではないのだと改めて思う。『どーして、おにいちゃん困らせるの?!』今日もメリーの小言が聞こえています。
  • ☆通称・クロちゃん
    kuro クロチャンの本名は長いです、彼女が何かしでかすごとに名前がくっついて行きました。 “はげちょびっち・くろぷーすけぴー・たりりんぼまーる・かす”我が家最強にゃん、ちっぽと癒しの権化くまっちと兄弟とはとても思えない“不出来”な妹です。ちっぽたちはお腹に居る時から『モンプチ』などの高級カンカンで育ったのですが、諸問題が勃発、本当は避妊手術してクロちゃん達は生まれない予定だったのです。トラブルメイカーのためにくまっち達の育ての親代わりの方達が引っ越されてしまい、クロチャンたちも生まれてしまいました...。その後なんとかクロチャンたちのような事にならぬようクマかあちゃんは避妊の手術しましたが結局生まれた5匹の内里子にだせたのは『紋次郎』と名前を付けられた子とあまりの臆病とお間抜けに里子に出せなかったクロちゃんだけ。紋次郎も里親さんと連絡取れにくくなり元気でいるのかどうか不明になっています。契約書を取り交わす事を決意したのはそういうことからもあるのですが、なんにしてもクロチャン保護に当たっては結構大変でマンション自治会のメンバーとも一戦交えた事も。『野良なんか人に馴れるもんか』といわれましたがそんな事はありませんよ、自治会メンバーの一人であるピル簿旦那の帰りを心から待ちわびるのはクロチャンですから...。 ***2014年9月9日14時32分、16歳、右目した瞼にできた腫瘍により虹の橋を渡りました。
  • ☆みぃちゃん*********************2006年8月11日 肝嚢胞により死去、推定年齢15歳
    mie 三毛のみぃちゃんは12年も外暮らしをしていたしっぽの短いチイチャクて痩せた老猫です。面倒を見ていた方が引越しされてからずーっとそれとはなしに管理人の目を盗んでご飯をあげたりしていた。ペットクラブ設立を機に管理人さんに事情を話していつでも家に入れられるようにご飯をあげてなれさせたものの果たして我が家に来てくれるかどうか心配だった。老齢化が目に付きそろそろと思っていた矢先に子猫騒動で保護が伸びてしまったが冷夏と暖冬に救われた。しかし、東京も結構雪が降るんです、1度保護に失敗して様子を改めて見ていたのですが2月霙の夜、風邪を引いたのかよろけるように隠れ場所からでてきたのを見て援軍の息子二人を引き連れ有無を言わさず保護。しばらくはケージ暮らしをしてもらいましたが現在テーブルの下をわがテリトリーにして暮らしています。歯がもう抜けてしまっているのでお粥のようにしてあげいますが食欲旺盛。カリカリも食べたがりますがやっぱり丸呑みになるのでばあちゃんだけ別メニューです。多分12歳、ですから人間で言うと90才くらいでしょうか。目が余り良くないせいもありマンション敷地内でちんまり大人しく暮らしていたことが良かったのかも知れません。おしっこをあっちこっちにしてしまうので気をつけなきゃいけませんがペットシーツで済めばいい事。何にしても“長生きしようね、頑張ろうね..”です。
  • ☆ぎずも・ぐれむりん
    gizmo ☆ギズモ・グレムリン *********2009年7月1日。 慢性肝炎からの胆石と急性の膵炎により、手術後、急逝。享年10歳。 通称ギズくん、もしくはちゅーくん、は保護する前はどんな目に会って来たんだろうか。とにかく鳴けない、のどもごろごろしない、小心者というよりとにかく臆病だ。地震雷台風は大嫌い。すぐに情緒不安定になってしまう。くまっちに抱っこしてもらいなめてもらわない手落ち着かなくて寝られない。可愛い外見ではわからない彼には痛みが残っている。里親ポスターすら作らなかったのはギズモだけだった。まぁ、マンデに似ていたことも里親探すこともしなかった理由でもあるんだけれど。
  • ☆癒しの権化 くまっち
    *********2007年5月14日午前2時38分多臓器不全により死去 kumakun クマッチ君です。ちっぽとは同腹の兄弟ですがクマ母ちゃんがどうしても預けてくれず2年半ほど外暮らしを経験。ただし、幼少時お世話をしてくださった方にとっても大事にされたためとても性格が◎。その体格といいまさに癒しの権化でございます。セラピスト・クマッチの力は絶大。傍にこられただけでもの皆安らぎに包まれふかーい眠りに誘われてしまうのです。定期試験の前は入室制限をさせてもらってます...。
  • ☆ちっぽ
    20041126chipo とにかく、我が家最高最強のニャンです。 7月7日にクマかあちゃんから預かりました、可愛くってお利巧で、人の心をなにより判っています。ワイルドストロベリーといっしよのちっぽちゃんです

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