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2006年3月

2006年3月30日 (木曜日)

ナルニア・バトン

ナルニアバトン、貰ってきました

<バトンを回すのは5人以内ということにします。
<あと2本残っているので、ここに置いておきます。欲しい人は持っていって!

 と、foggy@かおるさん謹製の『ナルニア・バトン』1本頂いてきてしまいました...。
 指輪物語にどっぷり、つかる大きな要因は『翻訳者・瀬田貞二さん』です。
 最初に、せたていじさんにはもっと小さい時から知っていましたが瀬田貞二さんとしてその翻訳の妙に魅了されたのは『ナルニア国物語』です。私のファンタジーの根っこ、ともいえるシリーズなのです。
 それでは、とりあえず...。


Q1) PCもしくは本棚にはいっている「ナルニア」は?
 PCには先だって見てきた伊勢丹・ナルニア展の写真データが入っております。
 本のほうは、岩波少年文庫の箱入りが本棚代わりのところに常に目に付く場所においてあります。ちなみに現在は、PC机の傍らの資料置き場。すぐに手に取れるよう、ナルニアと指輪はおいてあります。
 カラー版の7冊にするか1冊にまとめられたのにするか、それともカバー付きにするか、逡巡しつつ、頭抱えてます、状態。

Q2) 「ナルニア」との出会いは?
 中学1年、学校の図書館便りに出ていた友人のお勧め文をよんで、借りに行き、そのまま、どっぷりはまり込みました。

Q3) 好きなキャラを3人(3匹? 3頭?)まで挙げてください。
 最初から大好きなのがリーピ・チープ。
 泥足にがえもんも不動!
 で、次が問題。
 アナグマの松露とりの誠実さも棄てがたいし、よこしまに付け込まれて片棒担がされてしまったロバのトマドイの人の良さ(ロバのよさ?)とか、駄洒落大王のトランプキンに芯はとてもしっかりしたお馬のフィンの優しさも好きですが、やっぱり、エドマンド、でしょうか。ルーシーもいいのだけれど、あの物語で誰よりもナルニアの国を知らなければ、入らなければならなかったのは彼だと思うのです。
 なりたかったのはルーシーだけど、重ね合わせられたのは彼でした。

Q4) 好きな巻ベスト3は?
 ピーター王の治世が好きなので馬と少年はナルニア国物語の中でも挿話として雰囲気がちがうけれどもとても好きです。
 ですから、まずはライオンと魔女
 ついで、馬と少年
 そしてカスピアン王子とつのぶえ+朝びらき丸(個人的にはカスピアン上下作だとおもっているので...)です。
 
Q5) 好きなシーンを挙げてください。3つ以内で。
 う~む、たった3つですか?
 く、くるしぃ~、が思いつくままに。
 ①シャスタがそれとしらずアスランと話すシーン。特に最後、貴方は誰ですか、と言う問いに『私はわたしだ』と三度答えるのだけれど最後はささやくように『わたしさ』といって消えてしまうのが、いかにもアスランらしいし、シャスタのようにドキドキしました。
 ②緑の魔女に啖呵をきる泥足にがえもん。やったりやったり、ナルニアの国民ここにあり、です!!
 ③朝びらき丸上で歌を歌っていたところ、しっぽを掴んで振り回したユースチスを懲らしめるリーピ・チープとの1連の騒動。百戦錬磨のリーピ・チープの面目躍如のこのシーン、映画でみたいものです。
 他にもアラビスを助けるために走るブレーから飛び降りてライオンに向っていくシャスタのシーン、けものはわすれないのです、という松露とりの科白のところ、最後の戦いでタシ神にむかって『アスランの名にかけて去れ!』と命令し7人のナルニアの友が現れる所とか....3つじゃ、3つじゃ..無理です..
 
Q6) 映画は観ましたか? ご感想は? 要望はありますか?
 字幕と吹き替え、両方見ました。
 吹き替えより字幕のほうが今回はよかったと思います。
 原作は白人優位主義だとか、オスマン・トルコなどイスラム系への蔑視だとルイスは非難されていましたが、今の世の中では尚の事、色々と問題が大きいので、大好きな馬と少年が最初から映画化されないのはとっても残念です。最後の戦いもかなり難しい部分があるし、どうなるんでしょうか。
 ライオンと魔女に限って言えば、アスランをもう少し大きく立派にしても良かったかな、と思いました。
 空襲のシーンでエドマンドの微妙な心理というものが表わせていて導入部分はとてもよかったと思います。
 ビーバーの旦那さん、とか奥さんという言い回しとか奥さんのミシンやクリスマスプレゼントでお茶にしたり、白い魔女がアスランの雄叫びでスカートの裾からげて逃げるところとか、出して欲しかったですね、そのほうがその後のアスランの苦悩や石舞台のシーンにつなげられたと思うんですけれど。
 それと、やはりWETAの仕事はさすがなんだけれど、どうしても指輪物語とかぶってしまうのは否めない。
 ニュージーランドもいいけれどナルニアは中つ国ほど広い世界ではないのでヨーロッパ的自然をバックにして撮影して欲しかったとおもいます。チェコで撮影したといいますがチェコを中心にしたら、もう少しちがうものがでたのではないでしょうか。それと、白い魔女の最期のしーん、あれは一寸、唐突過ぎませんでした?一番納得できないシーンはそこです。あそこで白い魔女のアップはいらない。飛び掛って、お仕舞にしたほうがすっきりしたのではないでしょうか。
 ディズニー、といってしまえばそれまでではあるんですけどね...。
 次回作、楽しみにしていますよ。
 だって、りーぴ・ちーぷが登場するんですもの、大いに楽しみに待っていようと思っています。

以上が私の解答でございます。
次なるバトンですが、またということでもうしわけありませんが、おしゅさん、そして長窪@袋小路ピピンさん、ゆきみさん、お願いできますでしょうか????

ご褒美

ナルニア・グラス当たりました

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ショット・グラスみたいです、模様解りますか

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表にはケア・パラベル、裏はピーターの盾と同じようなライオンの図柄

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全体、ナルニアの地図が模されていますが今ひとつ、文字とか見ずらいのが玉に瑕

 伊勢丹からのお届け物の不在通知が入っていました。
 心当たりがなくて、なんだろうと思いつつ再配達をお願いしたところ、夜遅く届けていただきました。クロネコさん、ありがとう。
 ふと、思い出したのが、あの写真です。
 そう、コスプレ・合成写真です。
 その隣のブースでキャンペーンに応募資格があるということで申し込みをしたのですが、商品はよく見ていなかったのでトンと忘れていました。
 届けられたのは小さなグラスでした。
 全体にナルニアの地図と思しきデザインにケア・パラベルとアスランが模されています。
 確かに、たいした物ではありませんが、こういうのって、当たった事がないので正直に『嬉ぃ~!!』
 あの時、ちいちゃな王女様に譲ったおかげでしょうか?
 なんにしても、ニマニマと記念写真の撮影を致しました。
 

2006年3月29日 (水曜日)

ボストンと二上山

リトル・ランナーと死者の書

Nandeshou
あったかくなって、テーブルの下からでてくるようになったみぃばあにゃん、皆がお気に入りのクッションにシッコをしてしまうのが目下の悩みの種、でも、洗濯は毎日しているわけだし、ペットシーツしておけばよい事だし、ばあにゃんが元気なのが何よりです

 先週・リトル・ランナー(BUNKAMURA)、今週・死者の書(岩波ホール)、を観てきました。
 リトル・ランナーはカナダ大使館が後援していたし、ロバと王女の時予告をみて見ようと思っていました。
 見終わって、実話だと信じていたら全てフィクションだったと知りびっくりしました。
 あらすじは簡単です。
 1950年代、戦争で父親を亡くし、母一人子一人の14歳の少年が昏睡状態に陥った母の快復を願って奇跡を起こそうとボストンマラソンに出場し、頑張る、というお話。
 悩ましい思春期真っ盛りのラルフはけして『ワル』ではないけれど大人が眉をしかめる事ばかりしでかす『問題児』。カトリック系の私立に今は温情で通学させてもらっています。母がいなくなったらそれこそ、ラルフは施設送りにされてしまう危うい身の上でもあります。けれど、ラルフが持っている底抜けに『生きる』ことを楽しみ必死に頑張っている姿はやがて眉をしかめている大人たちすら、応援したくなってしまうのです。
 怪我のために陸上選手の道をあきらめカソリックの牧師として教師として義務的にクロスカントリーを指導していた先生が、動機は今ひとつ感心出来ないけれども、何とかしたいとがむしゃらに自己流に走り続けるラルフの姿に『教えること』は何かということに目覚め、コーチをかってでます。それはその先生も『生きる』ことに向き合うスタートでもありました。カソリックの牧師であり、校長である先生はあくまでも『神の教えとカソリックの教義』こそがラルフを導くものと信じ、ラルフがボストン・マラソンに出場することをかたくなに反対し、放校すら口にしましたが、ラルフの友人ジョーンズ少年のラルフに『君は何か冒険した事があるのか?』の言葉に発奮して停学覚悟でラジオ中継を学校中に流した放送を聴きながら、少年を導くものは神の言葉だけではないこと、神様は別ないろいろな方法で導く事を知るのです。
 赤毛のアン・シリーズの中に『それぞれ銘々のことばで』というお話がありますが、そこに出てくる牧師の祖父と校長先生とが重なりました。
 結局、ラルフは、優勝できず、母も昏睡状態から覚めませんでしたが、彼はただのワルガキではなく、町のヒーローとなるのです。母が目覚めるという奇跡ではありませんが身寄りの無い彼を町中の人たちが支えてくれるという奇跡を起こした、ともいえます。
 フィクションですから彼がその後、オリンピックに出場するわけもないのですが、彼なら出場したかもしれないし、しなかったかもしれないし、ハリウッド的ハッピーエンドではない結末ではありましたが脇役のひとりひとり全てのキャラクターとともに『生きる事は素晴らしい』ということがとても素直に伝わる作品でした。
 『君なら出来る、走れ走るんだ』と叫ぶ、今様天使。
 『祈る事はいい、35キロ過ぎたら誰もが祈る』と諭すコーチ。
 『マリア様、もう少し走らせてください』と祈れたラルフ。
 好きです、こういう作品。
 そして、死者の書。
 川本喜八郎氏、渾身の、人形アニメーションです。
 NHK・人形劇、三国志と平家物語。
 人形劇がけして子どもだけのものではないことを知らしめた作品です。
 新八犬伝もそうですが、作り手の息吹が込められた人形たちはそこにまさしく存在している『人の形』をとったもの。押井守のイノセンスも人形の妖しさを描いているともいえますが、80歳という年齢で『死者の書』を作り上げた川本氏の凄さを感じました。
 寺田農がナレーションを担当した前振りの映像の後に、中将姫の曼荼羅作に題材をとった折口信夫原作『死者の書』の物語は始まります。
 大津皇子の科白を能語りにしたのはあの世とこの世の狭間の執心によりいまだ魂が往生せぬをよく表しているし岸田今日子のナレーションもいい、出だしより引き込まれます。
 原作をはるか昔に読んだことがありますが、今ひとつ、具体的、具象的な話ではなかったような記憶が残っています。だから、どう、映像化するのかとても気になったし楽しみでもあったわけですが、人、が演じたらばここでいう神聖さ、というものは薄れてしまったに違いなく、人の形である人形ゆえに表現できたという想いはますます強まりました。特に、中将姫・南家、藤原の郎女が俤人にかける想いは生の人ではあまりに俗性が残存してしまい、静謐でかげりのない純な空気を満たすことはできなかったでしょう。
 作り手の想いをしっかり体内にはらみ、その情と念とが動かぬはずの人形の面を見るもののなかで動き演じさせているのです。たった25センチあまりの人形なのに、見事に演じきっているのです。
 前振りの映像とともに1時間10分ばかりの作品ですが、見た後に実に深くどっしりとしたものが残ります。
 4月7日まで上映していますので、是非お時間あれば見ていただきたい作品です。
 メジャーなロードショーも楽しいし面白いですが、たまに岩波ホールとかでみますと、映画の違った観かたというか趣向や方向性の違いが感じられて刺激のようなものを受けます。
 どうしても、ハリウッド的娯楽のほうに惹かれてしまうのは凡人の倣いになってしまいますが、岩波ホールやBUNKAMURAのこれまでの上映作品の一覧をみると映画という表現媒体の多様性を改めて教えてもらった気がします。
 

 
 
 

2006年3月27日 (月曜日)

うえののおやまは

花見・展覧会・洋食
ueno
桜といえば、上野のお山、まだ1・2分咲でこの賑わいです

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前々日の私の思いそっくり..“神罰仏罰天罰よ、くだれ!!”

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東京都博物館への分かれ道にある木はまるで“鳩の木”

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植木屋さんがでていました、庭付なら絶対にほしい三椏の木です

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谷中・根岸の町並みに良く似合う虎縞のにゃーさん、かなりの年配とお見受けしました

 24日、あまりのことで久しぶりにエキサイトしてしまったものの、相手とほんのわずかでも同レベルに降りてしまった事がどうにも悔しくて情けなくて、落ち込んでおりました。普段、低血圧なのに一気に血圧が上がったせいと不快感が抑えられず、体調が下降線、どうにもこうにも“ムカツク!!”
 それでも、母と二人で久しぶりに叔父が毎年出展している会の展覧会が上野・東京都美術館で開催されているし叔父からも招待状を頂いたので行って来ました。生前の父は毎春、この展覧会を大変楽しみにしていて、会社も顧問に退いたら好きな絵を描きたいと新築した家にアトリエを作っていたほどでした。でも...。
 母は父の死後初めて、そして私は何十年ぶりかで見てきました。
 大変会員の大きな会で、中には億という単位で売れる画家もおられるとか、地下1階から2階まで、油絵から彫刻、水彩画までさまざまな作品が展示されています。油絵の画材の匂いがする展示場は関係者や愛好の方たちがけっこう入場されていて、プラド美術館展もやっていたせいか、東京都美術館も結構な人出でした。画材の匂いがする、ということはそれだけ絵が新しい、ということ。
 良い、悪いをいうほどの鑑識眼など到底持ち合わせてはいませんが、あ、これ、と思う作品には人の心をひきつける作品は“なにか”があり、絵全体、作品としてとてもバランスが取れていると思いました。
 叔父はどちらかというと静謐な穏やかに作柄で叔父の人柄がよく出ていて、大変に好きなのですが、題材・タッチともに私がこれまでに見たことの無いような作風の『不動明王』。
 じっと、みているとちらちらとした火影がみえるように思えたのは前々日の私の怒りがまだ治まっていなかったせいかもしれません。それにしても、予見したわけではなかったにしても温厚で知られた叔父らしくないような題材を描いた想いと私の怒りに妙なあやを感じました。
 上野のお山は桜の開花宣言もでて、新聞にもでるほどの人、また、人。桜は見渡してもまだまだ1分からせいぜい3分咲きなんですが、人だけ見るとまるで満開のようです。上野動物園も並んでいました。
 『鳩にえさをあげないで下さい』の放送も流れていましたが、こうも人がいて食べ物があったら、おこぼれに預かる鳩はさぞおおいのでしょう、ちょうど動物園正面の十字路近くに立っているケヤキの木にはまるで『鳩の木』のように鳩たちが鈴生り状態、その傍には強面のカラスたちがたむろしている木もありで、人が出るところにはこの2種類の鳥族たちは欠かせないようですね。雀達の声もしたから『町っ子の鳥たち』大集合、というところですか。
 展示場をでて、父がよく行っていた洋食やの老舗へ母の希望でいくことに。上野駅公園口からタクシーに乗ったのですが、運転手さん知らないといいます、さて、こまった、と思って必死に携帯で検索したのですがどうにも使い慣れなくて..とあせっていたら、その運転手さんがとても親切な方、タクシー仲間に聞いてくださり無事到着、私達の前のお客は足が悪く車椅子の方とそのお連れでしたが、その方たちへの接し方をみていて、本当にいい運転手さんにぶつかったと感謝、感謝でした。
 根岸の香味屋は東京では名の知れた洋食屋さんです。
 父はここのビーフシチューとタンシチューが好きで上野の帰りはここか御徒町のおすし屋さんとだいたいコースは決まっていました。また、孫達を引き連れていくのが好きだったので我が家のメリピピだけじゃなくてビル簿旦那も大好きなお店でしたが、父が亡くなってからはトンと足を向ける事もなくなってしまっていましたので、本当に久方ぶりでした。ちょっと待たされたもののすぐに食事ができましたが、出る時入り口いっぱいに待っているお客をみて『今度は予約して二人もつれてこようね』と母。
 内心、今のあのふたりが満足するくらい食べさすのは『たいへんなこったぞ』と思いましたが、懐かしいコースを辿り、嬉しそうな母を見ると前々日の怒りもようやく静まった気がしました。鶯谷の駅は相変わらず階段と坂で年寄りには向かない駅です、もう少しバリアフリーを考えてくれ、といいたくなりましたが古い町並みも少しずつ変っていますから良い方に変貌してくれる事を願うばかりです。
 上野の桜が咲いて、東の都は春爛漫。
 新学期まではもってほしいなぁ、と願う桜開花です。
 

2006年3月25日 (土曜日)

おおぐまやまとこぐまやま

こぐま社創立40周年記念講演会―佐藤英和氏(代表取締役社長)PA0_0002
お世話になったものです、こぐま社創立40周年記念の展示が教文館9階ウェンライトホールで開催されています

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6階ナルニア国ではこぐま社のなつかしい本たちが待っていました、こぐまちゃんもね

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懐かしいこぐま社の主人公達です

 銀座教会の地下一階でこぐま社創立40周年記念として創立者佐藤英和さんの講演会に行ってきました。
 1928年のお生まれですから78歳になられます。
 こぐま社といえば、こぐまちゃんシリーズと11匹のねこシリーズがよく知られていると思います。
 我が家も随分お世話になりました。
 久しぶりに、ピピンが大好きだった『こぐまちゃんおやすみなさい』をもって参りました。
 教文館ではこぐま社展が開催されており、帰りに寄るつもりです。
 まず、ご自身のこと、そしてこぐま社が出来るまでの経緯が語られました。
 大学生の時家庭教師として教え子へのクリスマスプレゼントとして買った初めて出版されて岩波少年文庫を読んで児童文学にひかれ、卒業後河出書房に入社、2年間ぴっちり編集者として修行されたこと、そして会社の倒産で出版プロダクションを立ち上げたものの、人様が作りたい本を作ることに自分自身疑問を抱き始めた丁度その頃に、TV番組・ロンパールームの月刊誌を作る話に誘われて思い切って絵本作りの会社を新につくり、以来子どもの本づくりをされてこられたのだ。
 あたらしい会社をつくるに当たって森久保仙太郎さんなど編集委員を組織し、ほんとうに子ども達がよろこんで読んでもらえる本をつくろう、けれども、これまでどおりの本作りではお金がかかる、どうしたらかからないで作りたい絵本が作れるか、印刷屋さんとも相談し、ご自身も研究して考え出したのが書き版、という技術。手間はかかるけれどもその分製版所を通さずに済むので安くなる、馬場のぼる氏や多田ヒロシ氏といった画家の方たちにやり方をお話した所“面白い”と理解していただいて作ったのが11匹のねこやくまさぶろうといった作品たち。
 それを聞いて、こぐま社の絵本の絵は他の本屋とちがう独特の味わいをもった画風だと思っていたがこのお話で納得した次第。カメラ等機械で光分解せず、一枚一枚画家がかき分けていく事で色がついていくのだ。手作り感のとてもある暖かな画面はそうした手間で生まれてきたものなのだ。
 こぐまちゃんは、初めて絵本に出会う日本のちいさな子ども達にために作られた本。
 幼稚園入園前から、メリピピの愛読書だった。毎晩ビル簿旦那はトーマスとともに何度読んだ事だろうか。特に“こぐまちゃんおやすみなさい”は大のお気に入りでおとうさんぐまとこく゛まちゃんがお相撲する所は何度も何度もよんでもらうほどだった。
 ビル簿旦那が組合の仕事で土日もなく家を空けるようになり、一週間の間でも顔をあわせることがとても少なくなった時がある。ピピンが最年少さんの頃だ。
 突然夜中に起き、しくしく、めそめそ泣くようになってしまった。
 “おおぐやまがいないの、おおぐやまがいないの..”
 お相撲をとる時のこぐまちゃんのおとうさんの四股名はおおぐまやま、小さかったピピンはうまくいえず“おおぐやま”になってしまったのだが、こぐまやまのピピンにとっておおぐまやまであるビル簿旦那の不在がそれほど大きいものだとは思っていなかったので正直とても驚いてしまった。ビル簿旦那には遅くなる時、不在になる時は必ず電話をしてお話してもらうことにしてもらった。ピピンが真夜中に泣く事は少なくなり、そしてなくなった。
 『絵が語るような本を作りたい、作ろうと今日までやってきました。』
 確かに、こぐまちゃんのあの絵の中には文字として現われないけれども絵が語りかけ次の場面につなげル橋渡しの空間が存在しているのだ。文字だけじゃない。おとうさんととるお相撲がどれだけ楽しいか、お父さんがどれだけ強くって優しいか、おとうさんが大好きなこぐまちゃんの思いが間違いなくある、のだ。
 脇明子先生の著作を読んでいるが『いい本』とは、大人にとっていい本だから子ども達にも良いとは限らないということ、絵が読むこどもたちにどれだけ働きかけをする力をもち、蓄えられているかが大きなポイントであること、絵本は本を読む、読み続ける事ができるために最小限の言葉と最大のイマジネーションを子ども達に与えてくれるものでなければならないのだ。
 今日の講演を聞き、ちいさな本屋さんが今日にいたるまで続いてくれた事を心からの感謝の思いでいっぱいになりました。
 ありがとうございます、佐藤さん、ありがとう、こぐま社、そしてこぐまちゃん。
 明日までやってます。是非、教文館へ足を運んでください。

2006年3月24日 (金曜日)

そうだったの?

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これがそうだったとは、“いい仕事してますね”

意外な事実
 
 カナダ大使館で開催されているジョン・ハウ展。
 レセプションのことを母に話したとき、何気なく『たしか、あそこの仕事をしたって聞いたけど。』
 仕事?
 えっ、やっぱり、そうだったの?
 実は実家は室内外の広告・看板等のデザイン・製作・取り付け等を行なっています。
 大きな取り付け看板だけではなく、案内板とかもやっています。
 父たち兄弟が戦後興し、紆余曲折疾風怒濤の騒動もありましたが、後をついだいとこと兄、そして社員が一致結団してなんとか踏ん張り、守っています。
 今日、その会社がらみで出かけ、兄に確認したらエンブレムとか案内板全て施工したとのこと。
 『感謝状貰ったよ。』
 門前の小僧ではありませんが、ついつい、案内板とか取り付け看板など気になって見てしまいます。
 レセプションで訪れた時も、案内板を見たときの文字だとかレイアウトとかで、なんとなく確信はなかったのですが、もしかして?という思いがひょっくり、と出ていたのです。まさか、とは思ったのですが、やはり、兄たちの仕事だったのを確認して驚き、兄たちの頑張りを直に見たようでとってもうれしかった。
 腹の立つこと、いいたい事はまだまだあるけれど、会社の人たちに救われて大事に“会社・猫”としてモニターの上で熟睡しているシロちゃんを見るにつけ、父がなんとしても守りたかった会社が小さな命を大切にしつつ元気で頑張っている姿こそがなによりの痛手になっていることを確信し、これからも頑張ってほしいと願うばかりです。
 


2006年3月23日 (木曜日)

決め台詞

吹き替えと字幕

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こんな事が出来るのは我が家ではコチビ@小千代ちゃんだけです

 ナルニアの吹き替えを見てきました。
 大地真央が白い魔女で子ども達はオーディションで決めたとか。
 ふむふむ。
 子ども達で一つに気になったのはエドマンド。
 “君は花粉症か、それとも蓄膿症か”
 時期も時期だし、気になるのよね、あの鼻詰まりの声、風邪でもひいたの?
 なんにしても、ちょっと引くなぁ..。
 特にあの映画の場合、エドマンドの役回りはとても重要、余計に気になるというか気に障った。
 大人の役回りについてはそれなりに配慮されたものだし、狐の池田秀一氏にいたってはある意味感激モノ。ビーバー夫妻もなかなかよかったです。イメージ的にはムーミンママ&パパ(岸田今日子版)だったのですが、ビーバーの旦那さんの声はよく役柄に合ってました。
 字幕に比べると若干吹き替えの方が説明不足な所があるかな、日本の科白に直した場合にある程度の意訳的な改良は致し方ありませんけれど、もう少し丁寧な言い回しとか科白に意味を持たせても良かったように思いました。今回見た限りは、字幕の方がより原作に近いニュアンスでなされていたと思います。
 ただ、その、一番の問題は白い魔女の大地真央ですかね..。
 石舞台での台詞回しはがっかり。
 勝利を確信し、これ以上傲慢はないという絶頂時の白い魔女にしては間延びしています。
 もう少し、ぴり、パシッと決めていただかないと“困ります”。
 ティルダさんは決めてたよ。
 最初話を聞いた時にちょいと気がかりだった。スカーレット・オハラ、じゃあの白い魔女は出来ません。同じ宝塚なら鳳蘭のほうが良かったかな、と個人的感想。声に可愛さがまじっちゃ、ダメなんです。なんといっても東の海の大帝の息子・アスランに対する悪の具現化が白い魔女なんですから。
 LOTRのT女史字幕騒ぎ以来、吹き替えと字幕を極力みることにしているのですが、字幕がいい、吹き替えの方がいい、とは一概には言えませんが、今回に限れば字幕に軍配です。チャーリーとチョコレート工場でも担当されていましたが、松浦さん、なかなかいいですね...。
 次回『カスピアン王子の角笛』大いに楽しみです。
 ...それにしても中村正さんのカーク教授といいサンタ・クロースにタムナスさん、と納得の配役は立派でした。
 久しぶりに『シャー』の池田秀一さんのお声を聞き、嬉しかったです。
 
 

2006年3月21日 (火曜日)

WBC

げんかつぎ

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おばあちゃんの所のブチ君です、ぶどう棚は気持ちのよいねどことなります

 お彼岸のお中日です。
 休日の映画鑑賞は込むので基本的にはパス、なんですが、ナルニアの吹き替えは平日見に行くのはタイムスケジュール的に不可能なので、今朝一番のを昨日予約して見に行きました。
 それはそれでのちほど、なんですが、帰りにお線香あげに実家へ。
 ついでに美容院、と言う予定も会ったのですが、今日は火曜日というのを忘れていました。
 母はねっからの野球好き。
 来る時におはぎを買ってきてと頼まれました。ワールド・ベースボール・クラシック、決勝戦の今日、絶対に外出はしないだろうとは思ってましたけどね。ただ、どうも私が見るとどうしても勝ってほしい試合が負け試合のなるような気がして、大事な試合は極力見ないようにしているんです、これ、わたしのげんかつぎ。
 映画見終わりおはぎを買って実家にたどり着くとまだ試合はやってまして、日本が勝っています。ほっとしたものの、お茶を飲み始めたらエラーはでるは、打たれて点ははいるはと嫌な展開に。
 うむむむむ。
 明日もあるしと同点にならぬうちに退散しました。
 買い物して帰宅するとメリー君が静かです...“やばい、負けたのか?”
 そっとテレビを見ると..なんと、10点になってる..があっちも5点になってる!
 ということは、私が実家を出た直後に1点差まで詰め寄られたのだ...。
 やっぱり、あの時点で見るのをやめたのは正しかったのだ。
 “後1球、後1球!”我が家にも響く後1球コールのうちに試合終了!
 ホッとしました。
 他愛のないげんかつぎではありますがね、こういうものくらいなら担げますから..。
 日韓共催ワールドカップの時のような一体感を久しぶりに味わった今回の大会、スポーツはルールで成立しているということを肝に銘じて3年後、開催して欲しいものです。
 今回の大会はベースボールではなく野球が勝った、とはいいえて妙でした。

2006年3月18日 (土曜日)

第2サウロン室から

3月・朗読の会報告

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馬酔木が奇麗に咲きました

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今年はとても色が濃いです

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白の山茶花も今見ごろです、第2サウロン室からも見られます


 今回、おしゅさんが参加しての朗読の会です。 
 それぞれが選んだのは上下巻と分かれましたが『旅の仲間』。
 おしゅさんはトム・ボンバディルがゴールドべりの洗濯日の雨の日に古森の柳じじいのことやはるか昔の事を語って聞かせるところ。
 旧約・赤表紙本P.245-16行~P.255
 この箇所は、意外とすすっと読み進めてしまった気がしますが、改めて今日聞くとこれからの冒険に関わることが話されていることがわかります。けれど、この話を聞いていた時にフロドたちには不思議な話としかわからなかっただろうな、けれど旅の途中に、もしくは旅の終わりに、ふと、『ああ、そうだったのだ』と思い当たる事柄ばかりだったに違いないと思いました。
 また、マゴットじいさんと言うホビットが只者ではないことの認識もできます。
 私が選んだのはやはり『旅の仲間』ですが下巻のエルロンドの御前会議のところです。
 旧約・赤表紙本P.64-最後から6行目~P.70-4行目
 フロドがはじめて皆の前に『イシュルドゥアの禍』であるあの指輪を見せるところからビルボが指名されて指輪を得るまでの説明をするに当たってことわりを言う所までです。ここでは、ビルボらしさが満載ですし、ゴンドールの貴公子であり自分こそがミナス・ティリス魔の後継者であるという自負に満ち満ちたボロミアに対し、アラゴルンがしっかりと誇りある自分たちの所業を説くところが印象的です。そして、でしゃばりがちなビルボの性格をよく知り御前会議という場ながらユーモアを交えてビルボに対するエルロンドの大様さもエルロンドらしさが判りこの3人のこれまでの付き合いが垣間見られます。
 映画のボロミアは父に過大な期待をかけられ、ミナス・ティリスの大将として誤った道を選び自滅する貴公子となっていましたが、原作のボロミアは御前会議での傲慢ぶりといい、なんともいえない『いやなやつ』です。
 ゴンドールで自分らが守らなければ中つ国でエルフでございます、なんていってられないんだ、わかってるのか?と言う勢いの若造にたんたんとゴンドールだけが中つ国の平和を維持してきたのではないことを奢らずに諭すように話して聞かせるアラゴルン、北方の王家の末裔として、ドュナダインとしての誇りの高さをさりげなく、けれどきっちり入れた話にさぞボロミアは自分がどれだけ井の中のかえるか、いやがうえにも思い知らされたに違いない。
 中つ国のなかでゴンドールだけしか見ていないボロミア、中つ国そのものの平和を考えているアラゴルンの器の違いがココでも鮮明に表れている。そしてビルボらしさもパワー全開である。
 『ちゃんと聞く耳をもっているというなんらみみんなか、かつぽじってよーくきくんだね!』ばりの啖呵はこっちも胸がすきます。いいねぇ、ビルボの旦那!
 英文と比較した時いつも『ああ、こんな簡単な文章なんだ』と思うのです。
 だから、原書を読んだ人が瀬田訳について『あんなんじゃない』とか『です・ます調なんかじゃない』などいうのも理解できますが、短文だけを翻訳するのではないのです。全体をどう整え日本語として通用する文章に仕立て上げるか、を考えるとやはり瀬田さんが『です・ます調』にしたのは正解です。教授がわかりやすく、そして格調高い新しい神話としてこの物語を創作したことを考えれば、瀬田さんが翻訳文を読むことが出来るのはやはり感謝すべき事だと私は思います。読んだ所、気になったところを原文と照らし合わせるとそれがよくわかります。
 妹が英国から重いおもいをしてもってきてくれた『一つの指輪』本は朗読の会でようやく活躍の場を見出したのであります。
 来月はどこにしようかな?
 また、ご案内を致しますので是非おいでください、第2サウロン室へ。
 そうそう、忙しくて知らなかったのですが椅子とテーブルが新品になってました!
 それを見にでもおいでくださいね。


2006年3月15日 (水曜日)

かぜさそう

浅野内匠守終焉の地
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新橋・芝方面に赤穂浪士ゆかりの碑があります

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立て札です

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交通量はめちゃめちゃ多いので排気ガスの影響が心配です

 年に10回、郵便局へ機関紙発送のためキャスター引っ張りもって行きます。
 今月号は原稿を送って貰ったとはいえほとんど全て、レイアウトから我が仕事とあいなり、2月最終週は残業につぐ残業、うんうん、うなりつつ、ようよう印刷やさんへ渡しました。だから発送が済むと本当にホッとします。
 ま、つかの間の『ほっ』なんですけどね。
 一応、第三種認可を頂いている機関紙なんで、郵便局まで出張るのでありますが場所柄、ビジネス街ど真ん中とはいえ、ココは昔江戸だったんだというものが残っています。
 赤穂の殿様で、四十七士討ち入りの原因となった浅野内匠頭終焉の地、というのがここですよ、と言う碑がこれ。
 松の廊下で吉良上野介に斬り付け、陸奥・一関藩主、田村右京太夫建顕の屋敷に預けられ即刻切腹仰せつかってしまった、あのお方で有名な辞世の句を残します。

 風さそふ 花よりもなお 我はまた 春の名残を いかにとやせん

 この殿様、討ち入りしてもらえるほどの名君ではなかった、というのが昨今の評価、比べて討たれた吉良上野介のほうが正真正銘の名君であったのは間違いないようで、討ち入り後の厳しい処分なぞ見ると誠気の毒としかいいようがありません...。時代劇での内匠守切腹の場面では桜が舞い散る中となりますが、この碑も1本の桜が植わっています。日比谷通りに面して日当たりがよいこともあるのでしょうが早咲きの桜のようで、今日行ったら五分咲き程度でしたが見事に咲いていました。
 今はもう、ココが大名のお屋敷だったとはとても考えられない変貌を遂げていますが、この先をいけば芝・大門、増上寺に続いています。浅野内匠守も自分の終焉の地がお弁当屋さんになっていようとは思いも寄らなかった事でしょうね...。夕暮れ間近の桜はとても奇麗でした。
 

2006年3月14日 (火曜日)

朗読の会のお知らせ

 3月は18日、土曜日です

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晴海・東京湾、春の海のたりのたりかな、です

 最近、仕事先でも自宅でも、本当にスパムメールの急増に手を焼き、頭を痛めています。
 ゆきみさんからお借りしている別窓口“My BBS”にも困った連中が現れて、荒すので利用しているもの達にとって大迷惑なんですが、管理人さんには迷惑+お手数をお掛けしてしまうので、不愉快極まりないんですけれど、こういう連中ってどうしようもないんですね..はぁ~、ゆきみさん、申し訳ないです。
 で、3月の朗読の会なのですが一応18日、土曜日、14時から17時までを予定しています。
 ちょっと、荒らされていますがよろしければ、是非ご連絡下さい♪お待ちしています!!
 17日、午後14時までにご連絡あれば、第2サウロン室を手配いたします!

 ☆ちょっと、説明不足の箇所があったので加入・訂正致しました。 by mog 2006.3.16

2006年3月12日 (日曜日)

春の海

飛鳥Ⅱ乗船見学

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東京湾・晴海埠頭、晴海客船ターミナルに停泊中の飛鳥Ⅱの威容、これが船尾、とにかくでかいの一言です

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晴海埠頭にお散歩に来ていたチベタン・マスチフ。この子は大きさがゴールデン・レトリーバー位ですが犬種としてはセント・バーナード級クラスの大きさがあります。この子は名前の通り“ホビット”サイズ。

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3匹で散歩に来ていました。“私が一番!”のコーギーのはなちゃんと“私もいい?”のたまちゃんです

 仕事です。
 体験見学会で2月26日、横浜で命名式をしたばかりの『飛鳥Ⅱ』に乗船見学会のため晴海旅客ターミナルにやってきました。
 昨日と違って、花粉ばんばん飛びまくる上天気、春の日差しの晴海埠頭に停泊中の豪華客船・飛鳥Ⅱはやはり、でかさが違いました。
 新造船ではなく、別な船を日本仕様に改装したものなので、前の『飛鳥』に比べるとちょっと廊下とか部屋の戸びらの幅など狭いようですが200人以上も多い乗客を乗せられるのですから、それはそれは大変なものです。6年前には横浜大桟橋に飛鳥に同じように乗船見学をしました。その時には、まだ元気だった父と母が一緒でした。その時、船長一緒に写した記念写真には笑顔の父が写っています、かなりセンチメンタルな思いにかられました。晴海にもピピンも一緒に東京湾みなとまつりで来た事があります。あの時、結構、犬を連れていた人がいたなぁ..と思い出していたら、やはり、散歩でしょうか。犬を違う犬種で3匹連れている方がいました。集合時間にはまだ時間があるので写真を取らさせてもらいに行きました。大きさからするとレトリーバーくらいなのですが、額の広さや顔つき、しっぽからしてどうも珍しい犬種じゃないかと思い、お尋ねするとやはりチベタン・マスチフ。
 で、名前なんですが、なんと『フロド』。
 『え、指輪物語の、フロド、ですか、ホビットの?』
 『そう、そうなんですよ、ホビットの名前をつけたせいか、他の兄弟3匹はでかいんだけれどこいつはミニチュアサイズになっちゃった。』
 それはそれは....。
 ひとなっつこい、とってもいい子のフロド。
 『ホビットサイズでもいいよ、いい名前付けてもらったね、いつかはエルフの国にいけるんだから...』
 と、なでなでして写真をとっていたら、一緒のコーギーが突然吠え始めたのです。
 『こいつはハナ、何でも自分が一番だと思ってるんだ...』
 ごめんね、ハナちゃん。
 君も可愛いよ、と写真を撮ろうとしてもぺったりとくっついてしまうので頭しか撮れません(笑)。
 ようやく、飼い主さんのおかげで写真がとれましたけれど、慎ましやかにそっと入ってきたのはダックスのタマちゃん。花粉さえなければいい、春の日和なんですけどね...。
 フロドたちと別れて、見学者全員集合の後に見学開始なんですが、見学者はわれわれのグループだけでなく、どうも何組もいるようで、名札をぶら下げての乗船です。
 予定は1時間30分ほどですが、とにかく、広いし、でかいし、色々な施設がこれでもかのてんこ盛り。
 一緒にいった友人と、最初は一泊でもいい、なんていっていたのですが、案内された施設だけでも行って楽しもうと思ったら、4泊くらいしないと満喫できないよね、に。一番安いお部屋は救命ボートが窓から見えたりしてしまうけれど“ココでいいよね!どうせ、寝るだけなんだもんね!”といたく旅情に誘われる事はなはだしいものがございました..、二人、やっぱり、疲れてんのかもね...。
 ねぶた・竿灯まつりを見に行くツアーは旅費が最低のお部屋で約30万。
 でも、交通費・食事・施設使用などもろもろが含まれての値段。
 飛行機でホテルで車で、なんて考えたら結構そのくらいは掛かります。
 いいなぁ~、いいなぁ~、の連発です。
 気兼ねない女友達と5泊くらいの船の旅...これもこれからの目標の一つに入れておこうと思います。
 世界一周は無理でも...ね。
 見学後はラウンジで“茶菓”を頂いて解散。
 両壁、ガラス張りですからまるで温室にいるようでした。それに見ていると水上バスや遊覧船、屋形船に警戒船と海上はけっこうな交通量。ま、飛鳥Ⅱなんてなかなか見られるものでもないせいか、見学もどきもあったようです。たぶん商船大学でしょうか、それとも高専でしょうか、手漕ぎカッターで見学に来た学生と思しきグループも...。
 “若いなぁ~”
 港、というのはやはり旅するものが行くべき所。
 なまじ、見学じゃ返って旅情がそそられて精神的に切ないものがあります、6年前もそうだったけれど、やっぱりトランク片手にして来たかったですね。
 でも、やっぱり海はいいな、清々した気分になります。
 「海は広いな、おおきぃーな~、行ってみたいな、よそのくぅにぃ~♪」
 いつかは、きっと、いつかはね....。

2006年3月10日 (金曜日)

こっちゃん

ちょっと、しんぱい

どうもターキッシュ・デライトを味見したようです...
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 先週の土曜日にターキッシュ・デライトをお皿に移してテーブルにおいておきました。
 いくらなんでも手は、いや、口は出さないだろう、と考えたのですが、“甘かった”。
 朝、起きて、何かべたっとしたものが廊下に落ちています。
 『なんじゃ?』
 .....粉砂糖がなくなったターキッシュ・デライトです。まるでオブラートがなくなったみすず飴のような状態でぺったりと床にくっついています。落ちている場所は廊下、リビング、テーブルの下と3箇所。
 あわてて、ラップをかけましたが、翌日、ラップに歯型と思われる小さな穴が開いていました...、おいおい。
 犯人は、見当がついていましたが証拠がくっきりと。
 『こっちゃん、ターキッシュ・デライト、美味しかった?お鼻に粉砂糖ついてるよ、君にはちっと、甘すぎやしなかったかい?』
 甘かったようで、ターキッシュ・デライトそのものは残存してましたから、ついていた粉砂糖だけがお口にはいったようです。ま、たぶん、お相伴したのは、ココちゃんと悪食クロチャンだと推測してますが、間違いはないようで、ココちゃんにもう一つどう、と勧めましたが“いらにゃーい”といわんばかりの素振りで逃げてしまいました。
 ココちゃん、最近、メリピピには「ここぶー」と呼ばれています。
 ...よく食べます。よく動きますが、本当に食べ盛りを絵に描いたようです。
 体型もどちらかと言うと丸々むっちり、固太りタイプでゴムマリのようです。
 日本猫、体型とでもいうのでしょうか...。
 それに反して、こっちゃん、ことコチビちゃんは、食がとても細くなっていて水曜日にフット先生の所で診てもらいました。実は気がかりな事があったのです。トイレに置いてあった未開封のトイレットペーパーのビニールがボロボロに開けられて、中味のペーパーもものの見事にボロボロになっていたことがあったのです、その時は『なんと言うことを!』と思った程度で、大して気にも留めなかったのですがこっちゃんの食の細さの原因を考えていた時に不意に思い出し、もし、あの時のビニールがお腹にまだ残っていたとしたら?と急に心配になってしまったのです。
 丁度支度をしている間にこっちゃんがその朝、出たばかりのをビニールに入れ、メリーに先発してもらってフット先生に診てもらうことに。
 食が細くなった事、ペーパーの事、気になることをお話しました。
 『コチビちゃんのほうだよね?随分、大きくなったね。』
 確かに、初めてフット先生に診てもらったとき、こっちゃんはまだ目もあかない100gちょっとちびちゃんでした。
 『体重からは痩せているということもないし、順調な体重の増加だと思いますよ。吐き気もないし、今検便しているけど、下痢もしてないですしね。元気に遊んでいるのなら、心配はないと思うけどな...触診しても何も気になるようなこともないですよ。』との事。
 ビニールの事も、もし、お腹に残っていて吐き気と言う症状がでなくてもまず、元気はなくなるから、1週間単位で様子を見ましょう、と言う事になりました。それと、そろそろ発情期も近い月齢でもあるのでそこら当たりも食の好みや量に影響があるのかもしれないとも。
 こっちゃんも今月の4日で約8ヶ月。
 そろそろ、避妊手術のことを考えないといけないころではあります。
 実は5日、こっちゃんを欲しいという方がいらっしゃったのですが、色々考えた末、メリピピとともにお断りする事に下のです。
 よい方のようではありましたが、どうしてもこっちゃんを託するのに納得できないものが消えなかったのです。
 やはり、手塩にかけて育てこっちゃんです、納得できないものが1つでもあったら、それはやがて後悔となります。後悔するようなことだけはしない、それだけが信条として守らなければなりません。
 毎朝、毎夕、みぃばあちゃん含め他の7ニャンズの食欲に比べるとどうにも小食としか見えないこっちゃんですが『どちらかと言うと食が良すぎる傾向だから..』とフット先生。
 うむむむむ、クマッチはじめ確かに我が家のニャンズたちは....『肥満』傾向かも..。
 多頭飼いだとどうしてもご飯の時に食べないと食べはぐれてしまいます。
 こまめに気が付いたときにこっちゃんにご飯をあげて様子を見るしかないのかもしれません。
 『甘やかしてわがままにしちゃったら、駄目なんだからね!』と、メリー。
 ムクムク・ここちゃんに比べて細すぎるこっちゃん。
 ため息ばかり出るここのところの朝です。
 『こっちゃん、どうしたの?何が食べたいの?食べないと大きくならないよ....』
 『ん、るぅる?』
 太りすぎも困りますが、食の細すぎるの、心配限りなしです。

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なぁに?ここブーなんて、失礼ね! のここちゃんです
 
 

2006年3月 8日 (水曜日)

ケア・パラベル

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街灯跡野、入り口です

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傘を差したフォーン、このイメージがルイスにナルニアを語らせる事になります

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タムナスさんの縦笛

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暖かな飲み物、そしてターキッシュ・デライトです

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ビーバーさんの家のセット見たかったですね

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ビーバーの奥さんのエプロンとミシン、映画にはないけど出して欲しかった一つです

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白い魔女の館

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原作ではクリスマス・パーティの最中に石にされてしまった子リスがでてきましたが...

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一の王、英雄王ピーターの甲冑武具、クリスマスの贈り物

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正義王 エドマンドの甲冑武具

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やさしの君、スーザン女王とたのもしの君、ルーシィー女王、クリスマスの贈り物とともに

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ピーターの剣

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アスランとその陣営、オレイアスの甲冑、さすがWETAの仕事です。

伊勢丹・ナルニア展

 3月6日、最終日となった新宿・伊勢丹本館7階で開催されていた『ナルニア展』へ行って参りました。
 この展覧会については開催されるという事を聞いていましたが場所が「新宿」ということもあり、“まぁ、そこまで゛でせんでもいいだろう”と考えていました。けれども、やっぱり、ダメなんですね。4日、先行部隊の報告で写真やら物、つまりGOODSですね、を見せられたら、もう、いけません...。“いくっきゃない”に変るのは然程事はのことはありませんでした。
 日程は6日まで。
 こういう展示は最終日、早めに終わってしまうことが多いし、4、5日とレンチャンでの外出、それも日曜日の新宿、と思い浮かべるだけでどっと疲労感を感じてしまう程、どうしようか、と思っていたら18時までやっていると聞き、6日・最終日にかけることにしました。
 仕事先からは地下鉄で20分あまりで行きます。
 メリピピが行っていた学校の制服は伊勢丹が担当していました。小学校、中学校、冬のコートとこちらで採寸して作って貰っていましたから、久しぶりの地下からの入り口は懐かしかったのですが、中は依然来た時と変っていて少々びっくり。さすが、伊勢丹、というところの店揃え&品揃え。でも、それは置いておいて、まずはナルニアです。
 会場に着くとまず、グッズの多さにまずびっくり。
 確かに良いにつけ悪しきにつけ『ディズニー』です。
 肝心な展示ですが、どうも私は逆から入ってしまったようで、本当なら「街灯跡野」とタムナスさんのフィギュアが出迎えてくれる事になっていたようです。ですから、最後に見るべきペベンシー4兄弟のコスチュームから見てしまうことに。入ると左右にアスラン陣営、白い魔女陣営のそれぞれの副官クラスの装備やコスチュームが展示されていました。英雄王「ピーター」の赤いライオンの紋章入りの盾と文字が彫られていている剣はやはり目を惹きます。サンタ・クロースからの贈り物であるこの二つの品を受け取る時、読んでいた私自身どれほどワクワクし、厳かな思いになった事か。隣にはエドマンドの甲冑がありましたが、エドだけはなにも貰っていません。それは、なによりなにより、エドマンドには後々つらい思いとなっただろう、自業自得と言ってしまえばそれまでだけれど、貰えなかったエドマンドがやっぱり、可愛そうだと思っていました。想像だけでなく、たとえ映画のアイテムとしてこうして目に見える形で贈り物がないエドマンドをみるのは切ないものがあります。
 ナルニアと初めてであったのは中学1年の時でした。
 友人が図書館便りに感想が書いてあったのがきっかけでした。
 初めて読んで、もう夢中になっていました。
 そして「せたていじ」さんが「瀬田貞二」さんと同じ人という認識を新たにしたこともとても大きな喜びでした。
 岩波絵本や児童文学書を読んで育った私にとって「いしいももこ」さんと「せたていじ」さんというのはおなじみさんでした。講談社や小学館の絵本とはまったく違う絵本の世界だったのです、絵本を開くと見知らぬ外国への扉を押して開けてくれているようでした。『おそばのくきはなぜあかい』といった日本の昔話も今の日本ではないその語られている世界に連れて行ってくれました。
 本屋さんへ行くのは今も大好きです。
 お正月と夏休み前(ボーナスの後だったんですね)に当時本屋として大きかったお茶の水の三省堂へ兄弟を連れて行き好きな本を2冊ずつ買ってもらえた喜びというのはいまだに大きなものとして残っています、あの喜びが私の本への思いの原点の一つなのでしょう。
 ナルニアとの出会いは瀬田貞二さんを通して指輪物語へと続いていきます。
 まぁ、指輪物語・中つ国で精一杯の私はアースーシーや十二国などまではいけなくて...。
 展示会場で映画の小道具、ではありましたがナルニアが目に見えることでやっぱりミーハーになっていたんですね、ついつい、伊勢丹の展示担当のおにいさんに話しかけてしまったのですが、残念ながら彼は原作を読んでいなくて映画しか見ていなかったのですが、裏話をちょっと聞く事が出来ました。
 彼の上司がこの企画をたてて、ハリウッドまで飛んで実際にビーバーさんやタムナスさんの家のセットを日本まで持って来ようと考えていたのだけれど、セットが余りに大きくて分割できないものだった為、家具だけになってしまったそうで、そのほかにもケアパラベルの玉座も大理石で作られていて重量があることと展示するには場所が無かったので断念したとか。その上司、原作好きだったのかしら。
 次回作も展覧会をやる予定なんです、とはお兄さん。
 カスピアンか...ということはリーピチープの登場です!
 細い剣を腰に下げたものいう動物の中でもいの一番である騎士に会うことができるのだろうか、会いたいです、ホントに。
 結局、何も買わないぞ!とは行かなくて、Tシャツやらストラップやらを作ったりしてしまいました。
 これだけの事してくれたんだもの、少しは購買に協力しなくては、です。それにいろいろ話をしてくれた担当のお兄さんと展示のため奮闘努力した上司のためにも。そしてお支払のところでこの金額ですとお写真が撮れます、といわれました。そう、そうなんです。実物の玉座は展示会場の都合で持ってこられなかった代わりに合成ではあるけれど、女王と王様にしてくれるのだそうで、あれ、あれかと。4日、見せていただいた物のなかでひときわ輝いていた記念のお写真の事です。
 ほほぉ~、とついついミーハー気分で行ってみたものの、写真を撮るという段階に来て内心『これはかなり恥ずかしいぞ』な状況、だってエスカレーターの裏とはいえ、コスプレして写るのが他のお客にまるまるみえみえなんです。しかし、ここまで来たんだと、覚悟を決め身づくろいを始めた時でした。
 幼稚園の帰りと思しき女の子とお母さんが『なんだろう』と撮影会場を見ていたのです。
 「何をするんですか」
 「ナルニア展でこういう写真(玉座に座った見本をみせつつ)を撮っているんです」
 「どうすればいいんでしょう」
 などと撮影担当にお尋ねしているのを聞きまして...傍に立っていた女の子にこう聞きました。
 「ねぇ、王女様になりたい?」
 見知らぬオバサンに突然聞かれてちょっと戸惑ったけれどすぐに、こっくりと肯く女の子。
 幼稚園のでしょうか、つば広でベージュに黒のリボンを巻いた制帽を被り、挿絵のルーシーのように二つに髪をわけて結んでいました。
 「うん、なりたい」
 決まりです。
 撮影担当の方に私の代わりに彼女を写して貰うようにしてお願いしました。
 お母さん、「良いんですか?」とびっくりされてましたけど、オバサンが玉座にのるよりはたとえ合成であってもケアパラベルには彼女のような『イブのおじょうさん』が相応しいですからね。それと、正直ほっとしたのも確かです。
 お母さんに“ナルニアのご本、読んであげてくださいね、面白いですから”とお話しさっさと荷物まとめて、隣のブースで抽選の申し込みをしていたら彼女が走り寄ってきます。
 『ありがとうございます。』
 きちんお辞儀をしてくれました。
 「ご本、おかあさんに読んでもらってね。」
 うん、と肯いて王女様になりに戻った彼女、いい想い出になってナルニアに出かけて行ってくれたら、いいなぁ..こちらも楽しい思いを抱えてエスカレーターを降りました。
 で、ここでそのまま、用事のある実家に向えば良かったんですけれど、地下道にもどる(地上にでたら駅に戻れなくなるので知っている道しか歩けないのです、新宿は。)途中、目に入ったのが《ぴあ》の文字。
 ....そう、そうなんですね。
 4月22日から23日にかけてLOTR・SEE3部一気上映をやるんです。
 結局、幽鬼は幽鬼、ということで朝10時からの前売りを購入してしまいました。
 さてはて、半日かけての鑑賞となりますがどう体力配分いたしますかね...、我が幽鬼度に「やれやれ」であります。
 

 

2006年3月 5日 (日曜日)

渋谷の夜

ジョン・ハウ展
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これがターキッシュデライトの箱です、オフ会で頂きました

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これ全て打ち粉ではなく“粉砂糖”です!

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これがターキッシュ・デライトの中味です、“ボンタン飴”の食感に近いという感想が多かったです。ナルニアの映画ではもっと大きくてもモチィ~、むにゅ~感があって、エドマンドが垂らし込まれたのも頷けます。

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4日、エルフ語講座御一行様と再度の訪問を致しました

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高円宮記念ギャラリーへの入り口に掲げられた紋章と国旗、砂糖楓の葉がデザインされていました

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お迎えしてくれている見事なセイウチの像です

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掲げられた国旗の後ろに大使公邸

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ココにも紋章が、奇麗なカラーリングです

 4日、土曜日はエルフ語講座です。
 シンダリンを学ぶ、ということでやっていますが、受講するということと身になる、というのは別問題でして..特に4日の場合『慣れるしかありません』って、やっぱりカード帖で覚えなきゃいかんかな.とため息。
 この日はレセプション+ナルニア展(新宿・伊勢丹)の報告会ともなりまして、いろいろな物が。
 どうしようかな、別に行かなくてもいいかな、と思っていたのですが、行かれた方たちの報告やら物、つまりGOODSを見るとやっぱり、これは行かなくてはならん!と決心、明日18時までというので頑張って言ってこようと思います。
 皆様には某書房社長への直談判に『よくやった!』とお褒めの言葉を頂戴しましたが、実効があればいいんですけどね。
 で、レセプションにおいでになられなかった方たちと一緒に先生も引率者(の割には、ちょっとアヤシゲだったかも)のような形になって再度の訪問を致しました。あの日は完全に舞い上がっていましたし、人も幽鬼もいっぱいでしたからね、改めてじっくりと原画に親しみたくて参りました。
 会場では丁度、赤龍館の御一行様方とご一緒になり、川崎オフ会以来のご挨拶をさせていただきました。
 会場の番をされていたのは大使館広報部で今回のレセプションなどを担当された方。
 このたびの企画展示、レセプションについても御礼を申し上げる事も出来、本当に良かったです。
 それにしても幾ら大使館での企画、といいつつもこんな素晴らしい原画展をただで見せてくれるなんて、本当に太っ腹!
 ただなんて、もったいないです、何かの献金の箱でもあったらよかったのに。
 海外に行くことを考えたら、5000円、6000円という入場料でも払ってもおかしくない内容があると思います。
 そして、レセプションではあまり気にも留めなかったのですが、海外で出されて原画集のとなりに某書房のも展示されていましたが、よくもまぁ、恥ずかしげもなく『原画集』と銘を打てたものだと、改めての憤慨と呆れてしまいました、ぷんぷん。
 一同それぞれつれて帰りたいものがあったようですが、そんなこと出来ませんからね、後ろ髪惹かれつつ、という感じになりつつも幽鬼たちは帰り支度。またまた、20名近くでお茶を頂く事に。人数が人数なので、こういうとき先発隊に幹事役、会計係がすぐに出揃う所がこの講座ご一同様の強みでもあります。お店のお兄ちゃんのやる気にも助けられて小1時間ほど、たのしい時間になりました。
 いつもなら2次会、と言う事になるのですが、先生は原稿が待っていると言う事で、この時点で正式解散となりました。私はシャープの予告編に釣られて渋谷へいくグループにはいりまたまた渋谷へと戻る事に。
 でも、ご一緒の方の確認にも関わらず、WBCの試合で期待の予告編は無い事が判明...やれやれ。でももシャープのコースターをゲットできましたから良し、と致しましょう。
 ショーン・ビーン出演作でお話は盛り上がりましたけど、久しぶりの渋谷の町はエーっというほど変ってまして、やっぱり、イオレスが闊歩するような街じゃなくなっていました...。
 それにしても来月の講座までには単語帳と暗記カード、作っておかないと...『落ちこぼれ』になりそうです。
 ため息。
 この歳で暗記カード..か。


2006年3月 1日 (水曜日)

レセプション

幽鬼は行くよ、どこまでも

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ガンダルフがカナダ大使館で出迎えてくれました

 kapiさん主催のナルニア・オフ会に25日に参加。
 久しぶりに訪れた舞浜の激変ぶりにおのぼりさん状態でしたが、『ディズニー映画だから安心して』の言葉どおり、指輪物語の混乱はありませんでしたし、ハリー・ポッターのような突っ込みもありませんでした。押さえる所はちゃんと踏んで作られていて、エドマンドファンとしては、最期までもめたというエドマンド役の少年もこちらのイメージ以上で、アスランの石舞台でのシーンはやはり泣けてしまいました。
 そして、そして、です。
 当たるとは思わず、カナダ大使館・高円宮記念ギャラリーでのジョン・ハウレセプションに応募した所、な、なんと、招待状をいただけることになり、『呆然』。
 嬉や、嬉や、アナ、嬉や♪
 と、喜ぶも、『英語できない!着ていくものない!付けていくもの、更にない!』のないないづくし。
 う~ム、と唸れど何とかなるさと、いざいざ、でございます。
 メリピピ中学で兄弟同学年で卒対委員を一緒にし、『映画の友』とお入学で行こう!と色合いのイメージがなんとなくジョン・ハウ的な花束と原書房から出されていたジョン・ハウの画集(もどき、だって小さい、印刷めちゃ悪!なんで)をにぎにぎしく持参して17時30分にはカナダ大使館でガンダルフ(原画展のポスター)のお出迎えを受けました。入り口、どこじゃ?ときょろきょろしていたら小鳥遊さんとそのご同伴の方にお会いし、『おお、これはこれは、見知らぬ中にポツンは絶対になし』との確信をもって、さぁ、会場へ。
 受け付けで“お花を持ってきたのでハウさんに渡していただけますか?”というと、“いらっしゃいますからご自身でお渡ししたらよろしいんじゃありませんか?”の答え。
 『え、そんなん、ありなの?』と淡い期待をもってレセプション会場となる地下のギャラリーには既に幽鬼たちが...。
 もう、サインをしたり一緒に写真を撮ってもらっています!!
 すわ、我も!と勇んだのですけれど、別に場所を設けますから、とサインも写真も×。嫌な予感が...、いやぁ~、こういうことってこれまでもはぐれっぱなしのことが多いんです。案の定というか、とうとう最期までタイミングはずれまくっていくのですが...。
 さて、会場ではエルフ語講座か、と思うほど顔見知りの方々に『会うは、会うは』でございます。
 懐かしきミアさん、ひさぎさんをはじめ、あちらこちらで『こんにちわぁ~』。
 そして、おおおお~、えるさん、ガンダルフさん、そしてサムスキさんまでもが関西から遠征になっておられ、こうなりゃ、I先生がいてもおかしくない、いや、絶対に招待されているんじゃあ??なんていってましたら、実物がなにやらご持参でお出ましに。
 白の乗り手・終わらざりし物語を翻訳それたKさんもおいでになっていて赤龍館の主様は抽選に外れてしまわれて、お見えになれない、との事...あれ、まあ...。画龍点睛を欠く、なんて思いました。で、I先生もお友達に譲っていただいておいでになったとか...、これまた、あれれれ。なんか、肝心な方たちがはずれてしまったような、やはり幽鬼度の違いかしらん。あちらはホビット度とエルフ度が高いから....。
 サインは仕方ない、暫し諦め肝心の原画を見ることに。
 ....今更ながらに『H書房の○○○だ○ぁ~』と心の中で吠えまくっていました。
 素晴らしい。
 原画ならではといってしまえばそれまでなのでしょうが、鉛筆のラフ画、デッサン画、も言うに及ばず。
 一作品、一作品、筆の流れ、微妙な色の具合が光と影を、そして動きを一瞬にして捉え切り取ったような構図、と見るものをその絵の中に引き込むのです。アル・ファラゾン指揮する旗艦のうしろに淡く描かれた幾百とも思えるような艦隊、だが、そのバックはその船出の勇ましさとは裏腹に不吉さと不安さが漂い、これからこの艦隊を、ヌメノールを襲う惨劇の幕がしずかにあがったことを感じる事ができるのです。
 かと、思うと、ましろき白鳥たちに導かれたエアレンディルの白き帆の船が飛ぶが如くにえがかれ思いははるか彼方の常永久なる国に思いを馳せるのです。
 もっと言葉を使えたら...。
 見なくてはいけないものです、これは。
 見なければならない、作品です。
 H書房の小さな画集もどきでは絶対に駄目、駄目なんて物じゃない、てんで話になりません!
 すばらしい。
 この原画があったからこそ、PJのLOTRは見られるものになったのだと思います。
 サインを中断して原画展会場に見えたジョン・ハウさん。
 誰もが、自分の中に描いた中つ国の世界を具現化してくれたハウさんの技と心に舞い上がってしまっているみたいで、伊藤先生も一緒。自著のエルフ語の本をじかにお渡しして握手をされていました。(ツーショットとりましたけど本当に嬉しそうでした)
 レセプションが始まり、ハウさんもご挨拶されましたが繊細でシャイでそして優しくて絵に表れたイメージそのまま。この会に出席できた喜びはもう、完全にミーハー気分最高潮!
 ご挨拶のあと、ようやく花束(小さくて恥ずかしかった)をお渡ししたのですが、広報の方にご挨拶の時にお渡ししたら良かったのに、と言われてしまいましたが、いえいえ、とんでもない、ですよ、そんなど根性、イオレスにはちと不足してました。おかげさんというかなんと言うか、サインも写真も、出来ないまま、ため息ばかりが出るばかりでした。けれども、ココはなんとしても押しの一手の必要性を感じ、いざいざ、サインを貰う渦の中へと飛び込みました。すぐにあっぷあっぷなイオレスを助けてくださったのはミアさん、そして小鳥遊さん。
 『時間が、時間が』と横から心配する広報担当さんを尻目にサインを求める渦は益々大きくなっていくばかり。それでもなんとか、頂く事が出来ました。名前を入れてもらうのは広報さんの心配そうな顔を見ていたらとても出来なくて、サインだけして頂きましたがその時『お花をくれた方です』と広報さんが言って下さり、握手できました。
 舞い上がってしまって『お礼』を日本語で言ってしまった様な、記憶が定かではなくなっています。
 でも、大きくて暖かで指の長いほっそりとした手の持ち主でした、本当に来て下さって、ありがとうございます、そう、自分の口からお話できたらよかったのにと、自分の不勉強さにただただ臍をかむばかり。ごめんなさい、ぶしつけなおばさんで。上手にお礼が言えたらどんなに嬉しかったか、言葉は気持ちを伝えるものなんだと改めて実感した事でした。
 舞い上がると同時に落下、落ち込む我が思い、でした。
 本の販売在るかどうか、と思っていたら来てます、来てます、来てました、あのH書房。
 でも並んでいる本は手元にあるものと地図の本そしてあの某教授の翻訳した奴でして手を伸ばそうとして目に入った翻訳者名に思わず知らず“おおおっと、やめた”と声がでてしまっていたのですが、サインを頂き、小鳥遊さんたちの写真も撮り終わってふと見るとえるさんがH書房の販売員をお話をしています。
 “この際だから、お腹に溜め込んだものをはきだしたら?”
 なんてお誘いについつい日頃の思いがずぅ~んと飛び出してしまいました。
 画集なのに小さすぎる!
 印刷が悪すぎる!
 ファンはよい本であれば高かろうがでかかろうが買うモンです!
 画集にこの大きさはないだろう!
 なにより哀しくなるのは読みたい本なのに買えないことです!
 アーサー王が君・僕じゃないでしょー!
 翻訳者を考えてくれ!
 中世騎士道事典の堀越先生はすごくよかったけれど、あれだってカラーが白黒になっちゃってベインズさんのイラストがつぶれちゃって、原書買いましたよ、装丁は良かったけど。
 装丁はいいんだけどとにかく翻訳何とかしてください!
 それと瀬田貞二さんの貞の字が未だに直っていないのはドー言う根性じゃ!
 何とかせんかい!!! といわんばかりの勢いでついつい、本音トークをしてしまった前から(販売の机を間にいつの間にか販売側に移っていた)えるさんが“そうそう、そういうことは下のほうに言っても埒が明かないからね、社長さんにいうのが一番よ”
 えっ、今なんていったの?
 はい、おっしゃるとおりです、ご意見いただくことはとっても大切なんです、と我がため口をキチンと聞いていたはじの方が“あ、はい、私こういうものです、今後ともご意見お願いします。”と差し出された名刺には《代表取締役社長》 と印刷されておりました...って、ええええ???!!!
 あっちゃ~...。でもだ、でもだぞ、ええい、こうなったら言う事はゆーてやるぞい!(開き直りですな)
 “中世騎士道事典みたいに翻訳している人が好きで嬉しくて仕方ない、楽しいぞぉ~と翻訳しているものはその嬉しさが伝わってきて、見ているほうまで嬉しくなっちゃうんです”
 “はい、そのとおりです、堀越先生はのめり込んでました!”
 “そう、そうなの、だから、イラストが白黒でつぶれちゃったのが本当に残念なのよ、あの本!!後書なんか、最高です!”
 H書房の社長さん、ご無礼仕りましたがこれも読みたい本を読みたかった読者の願いと思いご容赦くださりませ...。
 今夜はとても寒い日でしたが一汗二汗あせあせ、のレセプション。
 蓮さん、Wさん、着物でおいでのはるばるとさん、グワサイトの皆さん、エルフ語講座でご一緒の皆さん(I先生もその参加率の高さに驚いていましたけどね..)
 うさぎしちゅうさん、改めて情報教えてくださって心からお礼申し上げます、ありがとうございました!
 幽鬼たちの渦の中でずーっとサインをされ続けてくださったジョン・ハウさんもとうとう会場を後にされ、レセプションも無事終わりました。
 こんな楽しい思いをすぐにさよならできようはずもなく、I先生、関西遠征隊、蓮さん、Wさん、白い乗り手の一員Kさんらと“ほんの10分”青山ツインタワーの地下でお茶をともにしましたが、エステル号最終の時間も迫り、とうとうお開きとなりました。
 青山一丁目の駅で先生と4日に講座でお会い致しましょうと、お別れした後にアクションドラマは続くのであります。
 実は、めちゃくちゃエステル号の最終電車の時間押していたのです。
 最終、21時22分。
 え、あと25分弱?というのが銀座線に乗った直後。すぐさま実務的に計算をし、品川に向う事に。
 新橋に着いて即ダッシュでJRへ、東海道線は16分、京浜東北はアナウンスが入っているからすぐに入線してくるからと、京浜東北線品川方面ホームを駆け上がり、乗車。この時点で後12・3分。車内でまずグリマ事サムスキさんが新幹線へ飛び乗り30秒新幹線出発を妨害、えるさんはカンダウノプロデュースのストッキング破れる覚悟で走り抜く、というなんともJR東海の人が聞いたら目をむきそうな作戦を立て、品川に着いて降りた目の前にエレベーターがありましたがガンダルフさんの冷静な“エレベーターは時間がかかるぅ~”の一言で階段へサムスキさんもうダッシュ!
 続いてイオレスも必死に追走。
 “そのまま、まっすぐでぇーす!”
 スピード緩めず走るサム好きさん!
 “右です!右に曲がってまっすぐ走ってくださーい!!”
 後に続いているかを確認のため振り向くとガンダルフさんが猛然と走ってくるのが見えます。 
 サム好きさん新幹線改札到着して時計を見ると21時20分!
 そして時刻版を見ると最終新大阪行きエステル号は21時24分発。
 2分余裕が!!!
 サム好きさんに続いてガンダルフさんが改札を抜け新幹線乗車ホームへの階段を下りていくのを見送り、後ろを振り向くとWさんとえるさんが!
 “えるさーん!!後4分です、4分ありまーす!!”
 その声にえるさんも必死のダッシュで乗車ホームへ。
 ガンダルフさんの21時22分と言う言葉がなければどうなっていたか...。
 2分のありがたみです。
 Wさんとふたり、ぜいぜいと息せき切っていたのをなんとか落ち着かせ、品川で本当にさよならをして無事帰ってきました。
 ラストは久しぶりのパンプスでの全力疾走で少々足が痛みましたが、楽しい素晴らしい一時を過ごす事が出来ました。
 今日の一時を師と友とともに過ごせる機会に出会わせてくれたトールキン教授に心から感謝しています。
 『教授、ありがとうございます』
 関西遠征隊、無事おうちに帰れたかな?
 
 
 
 
 
 

 
 

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  • DeBoomo=Zash 巨猫団入団!
    新メンバーとして許可されました 025
  • 巨猫団入団!!
    ☆我が家の癒しの権化@妖怪まくらぬし、くまっちが晴れて巨猫団の団員として認められました...。 今後ともご別懇に♪ 巨猫団。 くまっちのとても素敵な想い出になりました。 1_667
  • ☆ちびおでん
    oden その年は子猫の保護に翻弄された年でしたが、その第一弾がこの子でした。マンションの通路1階においてあったタイヤ(共用部分なのでホントは不法なのだが...)のなかで泣いていたのを私が保護せざるを得ない状況でつれて帰ったのが始まり、約一週間後に実家から持ち込まれた鼻気管炎の子、そして2ヶ月後に生まれたての3匹が排水管に投げ込まれ...結局9月に我が家には9匹の猫がいた勘定になるが、哀しいことに生まれたてのチビちゃん2匹は神様がお手元にお寄せになられしまわれた。新しいお家を探し始めたものの最初に保護した子はとってもナーバス、猫と飼い主になる方との試験期間もこの子には無理かもしれない、獣医の薦めにのっかって2匹を手放した寂しさに負け残したのがチビ・オデン。もっとましな可愛い名前を思っていたのにいつの間にかメリーが毛色などから『おでん』と呼んでいたのが定着、やれやれである。ただいま2歳、我が家のトラブル・メーカーである。毎日のように大好きなメリー兄ちゃんを困らせているしちょいちょいと隠れちゃ出す爪でストッキングの伝染被害増加中。さんざっぱら『あれ、いや。これ、いや』だが夜中にそっとやってくるチビちゃん、棄てられた子の心を治す事なぞできるものではないのだと改めて思う。『どーして、おにいちゃん困らせるの?!』今日もメリーの小言が聞こえています。
  • ☆通称・クロちゃん
    kuro クロチャンの本名は長いです、彼女が何かしでかすごとに名前がくっついて行きました。 “はげちょびっち・くろぷーすけぴー・たりりんぼまーる・かす”我が家最強にゃん、ちっぽと癒しの権化くまっちと兄弟とはとても思えない“不出来”な妹です。ちっぽたちはお腹に居る時から『モンプチ』などの高級カンカンで育ったのですが、諸問題が勃発、本当は避妊手術してクロちゃん達は生まれない予定だったのです。トラブルメイカーのためにくまっち達の育ての親代わりの方達が引っ越されてしまい、クロチャンたちも生まれてしまいました...。その後なんとかクロチャンたちのような事にならぬようクマかあちゃんは避妊の手術しましたが結局生まれた5匹の内里子にだせたのは『紋次郎』と名前を付けられた子とあまりの臆病とお間抜けに里子に出せなかったクロちゃんだけ。紋次郎も里親さんと連絡取れにくくなり元気でいるのかどうか不明になっています。契約書を取り交わす事を決意したのはそういうことからもあるのですが、なんにしてもクロチャン保護に当たっては結構大変でマンション自治会のメンバーとも一戦交えた事も。『野良なんか人に馴れるもんか』といわれましたがそんな事はありませんよ、自治会メンバーの一人であるピル簿旦那の帰りを心から待ちわびるのはクロチャンですから...。 ***2014年9月9日14時32分、16歳、右目した瞼にできた腫瘍により虹の橋を渡りました。
  • ☆みぃちゃん*********************2006年8月11日 肝嚢胞により死去、推定年齢15歳
    mie 三毛のみぃちゃんは12年も外暮らしをしていたしっぽの短いチイチャクて痩せた老猫です。面倒を見ていた方が引越しされてからずーっとそれとはなしに管理人の目を盗んでご飯をあげたりしていた。ペットクラブ設立を機に管理人さんに事情を話していつでも家に入れられるようにご飯をあげてなれさせたものの果たして我が家に来てくれるかどうか心配だった。老齢化が目に付きそろそろと思っていた矢先に子猫騒動で保護が伸びてしまったが冷夏と暖冬に救われた。しかし、東京も結構雪が降るんです、1度保護に失敗して様子を改めて見ていたのですが2月霙の夜、風邪を引いたのかよろけるように隠れ場所からでてきたのを見て援軍の息子二人を引き連れ有無を言わさず保護。しばらくはケージ暮らしをしてもらいましたが現在テーブルの下をわがテリトリーにして暮らしています。歯がもう抜けてしまっているのでお粥のようにしてあげいますが食欲旺盛。カリカリも食べたがりますがやっぱり丸呑みになるのでばあちゃんだけ別メニューです。多分12歳、ですから人間で言うと90才くらいでしょうか。目が余り良くないせいもありマンション敷地内でちんまり大人しく暮らしていたことが良かったのかも知れません。おしっこをあっちこっちにしてしまうので気をつけなきゃいけませんがペットシーツで済めばいい事。何にしても“長生きしようね、頑張ろうね..”です。
  • ☆ぎずも・ぐれむりん
    gizmo ☆ギズモ・グレムリン *********2009年7月1日。 慢性肝炎からの胆石と急性の膵炎により、手術後、急逝。享年10歳。 通称ギズくん、もしくはちゅーくん、は保護する前はどんな目に会って来たんだろうか。とにかく鳴けない、のどもごろごろしない、小心者というよりとにかく臆病だ。地震雷台風は大嫌い。すぐに情緒不安定になってしまう。くまっちに抱っこしてもらいなめてもらわない手落ち着かなくて寝られない。可愛い外見ではわからない彼には痛みが残っている。里親ポスターすら作らなかったのはギズモだけだった。まぁ、マンデに似ていたことも里親探すこともしなかった理由でもあるんだけれど。
  • ☆癒しの権化 くまっち
    *********2007年5月14日午前2時38分多臓器不全により死去 kumakun クマッチ君です。ちっぽとは同腹の兄弟ですがクマ母ちゃんがどうしても預けてくれず2年半ほど外暮らしを経験。ただし、幼少時お世話をしてくださった方にとっても大事にされたためとても性格が◎。その体格といいまさに癒しの権化でございます。セラピスト・クマッチの力は絶大。傍にこられただけでもの皆安らぎに包まれふかーい眠りに誘われてしまうのです。定期試験の前は入室制限をさせてもらってます...。
  • ☆ちっぽ
    20041126chipo とにかく、我が家最高最強のニャンです。 7月7日にクマかあちゃんから預かりました、可愛くってお利巧で、人の心をなにより判っています。ワイルドストロベリーといっしよのちっぽちゃんです

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