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2006年4月24日 (月曜日)

難行苦行の末に

ロード・オブ・ザ・リング―メモリアル SEE3部作一挙上映
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22日はワンリング・ワンナイト、とこんなプログラムが付いたのに23日はスケジュールもなかった

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スタンプ・ラリーもやってました...

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映画を観る時の注意事項が漫画で紹介されていたスタンプ・ラリー用紙の台紙、サムとフロドが説明しています...

 池袋・新文芸座で企画されたロード・オブ・ザ・リング―メモリアル SEE3部作一挙上映。
 23日、オールディの方のチケットを購入した後に、ゾクゾク、と言う感じで新たな企画の内容がわかり、悩んだ末22日、オールナイトのチケットも購入。伊藤先生のトークショーというのはなんとしても耐え難い誘惑でございました。ぎりぎりになったせいでトークショーにはバッチリの前から2列目の席の22日。どうせ、ずっといるわけじゃないし、とたかをくくっていた事もなかったのですが、直前になんと腰を痛めてしまったのであります、とほほ、なんてものじゃない痛みにただひたすらの“不安”。
 湿布に助けをかりて22日、勇躍(?)池袋へ。
 幽鬼度の濃度の濃さはきっと高いに違いない!、と乗り込んだところが意外とあっさりしている、なんて見たのは浅はかで、よくよく観るとそのディープ度は並大抵のものではありませんでした!
 お昼食べはぐれたので早めに腹ごしらえをしていた所、講座でご一緒したりで顔見知りのMさんが..♪
 こういうところで顔見知りどころかよく知った方、それもLOTRイベントには心強い方にお会いできたのは本当に幸運です。席は離れていましたがなんか、ほっとしてしまいました。ありがとう、Mさん♪感謝・感謝♪
 おかげでMさんの解説で展示されていたもののお宝度がわかったり、私一人じゃいっただけにならずにすみました。先生のトークショーは17時から、時間までにお決まりのお約束を済まそうとトイレに向うとアルウェンの衣装を身にまとわれた方と出っくわしてしまいました。“トイレはそちらですよ”と夕星姫に教えてもらい無事に済ませて席に着いたのですが、舞台から2列目という現実に消えていた不安がモリアのゴブリンたちのように湧いてきました...。“トークショーもまだなのに耐えられるだろうか、この痛みに!”映画館の椅子って結構中途半端な姿勢になる門なのですね~...イテテテテテとどうしたら少しでも楽になるかと模索しつつうろんな挙動をしているうちにアナウンスがはいり、先生のトークショーが始まりました。
 助教授、という説明の後に立ち出でましたる先生。
 ボルサリーノ、風の帽子にイタリアンスタイル、カラーとでもいうのでしょうか、先生、決まりましたね?
 さて、本題。
 トークショーのメモ.メモ、と...。

 『マエ・ゴバンネン』とエルフ語のご挨拶で始まり、エルフ語についての説明をお話になります。
 エルフ語はトールキン教授の気まぐれで始まった。
 中つ国の長い歴史・時間を過ごしてきたエルフ族の言葉はどうして出来上がってきたのだろうか。エルフの言葉はいかなる長い歴史をもっているのかを反映している言葉なのである..云々』

  ありゃ、自分で書いたメモが読めない..参ったな(汗)。
 
 トークショーも無事に済み...(解読不能のため話は進みます)
 ワンリングス・メモリアル・プロジェクトのアラゴルンとアルウェンから花束贈呈後、著作の宣伝をされて先生アルウェンに導かれて退場されました。その直後、オマケのビデオ・レターと3本立ての予告篇が流され、そのままSEE・旅の仲間に休憩無しで突入です。いやはや、覚悟以上に厳しくすばやい展開に腰にあわててコートを挟み込みなんとか痛まぬようにしたのですが...。
 いつものは一番後ろ、というのが定席の私が2列目です..。 
 字幕が、大きい
 字の成り立ちまでよーく見える。
 俯瞰図から急降下していくカメラワークとか激しい戦闘シーンなど動きの大きなシーンには目が廻りそうに!
 そして時ともに腰の痛みは増し、いかんともし難くなるばかり。
 とほほほ、である。
 しかし、そこは幽鬼のはしくれです、なんとか、なんとか、耐え切りました...。
 それにしても今まで気が付かなかったようなこととか、細かい事が目に付き、それはそれで再発見ということで2列目に坐るのも何からなにまで全て悪いわけじゃありませんでした。でも、腰が痛くなくても次回はごめんこうむりますね...、体力の消耗度は後ろよりはずっと大きかったのは次の日のK列の時と全然違いましたから。
 ボロミアの死は何度観ても涙・涙。
 特に今回はメリーとピピンが矢が刺さり膝を付いたボロミアを観る表情が心に残りました。
 長男としておそらく、どこか相通ずるものを感じていたであろうメリー。そして頼れる大きな兄としての存在感に憧れと信頼感を持っていたであろうピピン。ボロミアの死の間際までなんとしても自分たちを守ろうとするその姿に自分たちがホビットだということを忘れ、なんとしてもボロミアを守りたい、守らなきゃ、助けなきゃと剣を再び手にした二人の捕まる間際の表情。やっぱり、旅の仲間はいいです。
 1部のみで『撤退』です、腰が...持ちません。
 Mさんにお別れを、と思ったのですが、もうホールは幽鬼が溢れてどこに居られるのか探しようがありませんでした。我が家のメリピピがのどが痛いといっていたこともあり、マヌカ・ハニーを買って帰りましたが立ち見の方たちもいて、本当にスゴイことになっていました。
 翌23日も考えたら朝8時30分には家を出なくてはなりません。
 腰対策にバンテリンに座布団・フリースのひざ掛けとドリンク剤をバックに入れて出発です。
 新文芸座に付くと...ありゃりゃ..祭りというか宴というか、昨夜の展示もなければスケジュールの表すらない、なんという変りようだろう、の幽鬼度の減少です。
 ま、それはそれで。と気を取り直し、席に。後から数えた方が近いK列は、やっぱりいいです..腰への負担も少ない!..
 始まる前のアナウンスによって即、はじまって休憩無しのノンストップで旅の仲間が始まり、30分のインターバルで二つの塔、そしてまたまた30分の休憩で王の帰還に突入し、途中にお休みを入れるとのこと。腹をくくって覚悟を決めるしかありません..、ココまで来たのですから!
 そしてもう一回、旅の仲間です。
 日曜の朝は眠いもの。途中、記憶が夢うつつとなったのは昨夜見たから、という緊張感がかけていたせいでしょうか...しかし、ノンストップでの2回の旅の仲間はいくらすきでもチト、つらいものが..。
 所で2日とも満席御礼のこの企画ではありましたがところどころ空いている席があります。遅れてこられるのか、ま、先は長いです、といいつつも私の両側は空き席でした。遅めのお昼を食べ、夕飯を買出しして戻ってくると、右側の席が埋まっています。二つの塔からなんだ、と何気にお互いを観て『どっとはらい』とばかりのサプライズ!!
 な、なんと!!!
 Kさんではありませんか!!!
 講座でいっしょのGさんの代りとか...、偶然とはいえなんと隣り合わせになるとは...嬉しい嬉しいサプライズとなりました。
 さて、王の帰還というのはあのアラン・リーのデッサン画のエンドロールで指輪の絵が出るまでが作品であるという認識の私でしたが、それまで見ていると帰りがちょっとヤバイのではないか、最寄の駅までの私鉄の時間が心配となって、サムの御家の黄色い丸いドアしまりThe Endが出た時点で文芸座をKさんの後を追うように出ました。
 それでも22時30分。
 家にたどり着いたのが23時45分。
 いやはや、なんという2日間でありましたでしょうか。
 我ながら呆れてしまうばかりですが、年に一度は指輪の力に惑わされてしまうのも一興かもしれません。
 それにしても...この腰、と゛うにかなりませんかね...とほほほな有態のイオレスです。
 『年寄りの冷や水』と我が家のメリピピに言われぬうちに少しはおとなしくしていようと思う月曜の朝でした...。
 

 

 

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コメント

☆柚子緑さん、お出でいただきうれしいです。
腰のほうはなんともなぁ...ではありますが、この時期はそんな事言っていられないので、湿布と塗り薬で誤魔化しやっております。22日はワンリング・ワンナイト・プロジェクトと銘打っての上映で、お好きな方たちが協力されたようですね、そこらあたりの事情はわからないのでどうして22日だけになってしまったのか、わかりませんが、23日だけにお出での方は22日のおまけがトークショーだけではない事を解らなかったとしてもSEE3本立てはそれなりに行った甲斐というものはあったと思います。でも、またやる、といわれたらおまけなしでは行かないと思いますよ、やっぱりしんどさは並大抵じゃないですからね(笑)

mogさん、SEE連続上映お疲れ様でした。
その後、腰の調子はいかがですか?
お楽しみのお裾分けレポート、ありがとうございます。
伊藤先生のトークは勿論、お宝展示にビデオレターとは、
さすが、こだわりの新文芸坐! といった感じですけれど、
逆に、翌日の “ 何も無かった ” にも驚かされました。
23日だけに参加した方が、前日の様子を聞き知ったとしたら、
ちょっとお気の毒。 何故にそんなに差がついたのでしょう。。
しかし、立ち見のお客さんまで居ただなんて、
上には上の幽鬼がいるもんなんですねぇ。ツワモノだ。

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