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2006年5月26日 (金曜日)

独裁者

ナポレオンとヴェルサイユ展&V・フォーベンデッタ

 先週は「しゅらしゅら・しゅ・しゅ~♪」と茶化すしか能がないほど、大変だった。
 仕事だけじゃなくてプライベートでやってる事とかでまさに「なんだ・こりゃ」の日々。ドリンク剤も奮発していつもよりも高めで頑張りました。
 19日、購読している新聞社主催の『ナポレオンとヴェルサイユ展・特別展示会』を観て来ました。一般の展示が終わった後、人数限定で見られるのでゆっくり・ゆったり・たっぷり、見る事が出来ます。上野についで今回2回目の鑑賞会。18時30分からということで仕事をしている人間にはとっても好都合でもあり、“あそびましょ”仲間のA夫人とともに両国・東京江戸博物館へと出向きました。
 時に5月場所真っ最中ということもありお隣、国技館は幟がはためき、なんとも“両国”らしい雰囲気で、「そこでおフランスのナポレオン?ヴェルサイユ??」という自分的にどこかミスマッチなものを感じながらではありました。
 さてさて、かのナポレオン、ちょいと時代的には気になる時代ではありますな。
 シャープにジャック・オーブリー&スティーブン・マチュリン先生がご活躍したのは、おフランスでナポレオン・ボナパルトが皇帝として君臨し欧州を席捲していたころでございます。
 独裁者、として世の中に名をとどめている中で、中国・始皇帝、ドイツ・アドルフ・ヒットラー、そしてフランス・ナポレオン、と間違いなく5本の指に数えられる御仁。展示はまず、若き15歳ころの士官学校時代のナポレオンの像が出迎え、哀れなルイ16世の家族、そして革命家たちにふれナポレオンがそうした変革・混乱の中で頭角を現していくかを見せていきます。
 ロベス・ピエール...ベル・バラでは男前で正義の人みたいに描かれていましたが、彼の肖像画をみると「狂信者」の目をしています、革命の名の下に凄惨な粛清・殺戮を繰り返し挙句に自らもギロチンにかけられた男。この時のフランスの状況は当時の欧州を縮み上がらせ、フランスへの警戒心は大変だったのよ、と世界史の先生の言葉、覚えています...。そんな中登場したナポレオンですが、肖像画などけっこう個人蔵などでゆかりの品が残っているというのはさすがです。特に驚いたのは宝飾のデザイン画でした。今でも世界的な宝飾店ショーメもナポレオンなくしては語れません。既に宝石・宝飾品は失せてもデザイン画が大変保存良く残っているというのは驚きでした。日本でも和菓子の創作画などが代々残っているのと同じようにその会社の宝として今日に至るまで原画が保存されているのです。
 展示されている絵はナポレオンならこの絵、というような教科書級の超有名作品が網羅されています。
 惜しむらくはもう少し、展示物への説明がすべてのものにあるわけでなく、この絵何の絵?この人どうして出ているの?がわからなかったこと。目録を買えばいいことではありますがそれにしてはちょっと、不親切な展示、ともいえます。いくら、解説機器が貸し出されているにしても内容は不十分だったと思います。一巡約1時間半。ベルバラ・ファンでなくてもジャック・オーブリーやシャープがどういう人物を相手に戦っていたかを思い巡らせるのにもいいかもしれません。
 そのナポレオン凋落の原因第一因、となったのがモスクワ攻略の失敗。
 1812。
 チャイコフスキー作曲のこの交響曲を印象的に使っているのがエルロンド殿こと、ヒューゴ・ウェービングが仮面をかむり続けて演じた『Vフォーベンデッタ』。昨日観て来ました。
 良かったです。
 ナタリー・ポートマンの坊主だけが話題になってましたけど(我が家の息子@ピピンも一昨日突然坊主になって起きてきたのでビックらこきました..理由は本人の黙秘により不明)、近未来における独裁社会が舞台の映画です。独裁を許してしまう土壌、そして覆す力..すべてそれは民衆によるものということが良くわかります。日本での大東亜戦争勃発前後のことや今の社会に潜む恐ろしさみたいなものがオーバーラップして単なる娯楽一辺倒に終わらずに後に引くような不思議な感覚が残りました。
 勧善懲悪に徹しているようで、ただそれだけでは終わっていないような最初観る前には考えていなかった感慨が残ります。好悪、というと好、のほうがより強く残りました。さすが、ヒューゴ・ウェービング、お顔が見えずともその演技はエルフのまま、ということでしょうか。まだ、来週くらいまでやっておりますので、観て損はないとおもいます、人は弱いものであり、強いものでもある。
 小泉さん、ブッシュ君、そしてブレア氏...君たちはどうする?
 
 

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  • ☆みぃちゃん*********************2006年8月11日 肝嚢胞により死去、推定年齢15歳
    mie 三毛のみぃちゃんは12年も外暮らしをしていたしっぽの短いチイチャクて痩せた老猫です。面倒を見ていた方が引越しされてからずーっとそれとはなしに管理人の目を盗んでご飯をあげたりしていた。ペットクラブ設立を機に管理人さんに事情を話していつでも家に入れられるようにご飯をあげてなれさせたものの果たして我が家に来てくれるかどうか心配だった。老齢化が目に付きそろそろと思っていた矢先に子猫騒動で保護が伸びてしまったが冷夏と暖冬に救われた。しかし、東京も結構雪が降るんです、1度保護に失敗して様子を改めて見ていたのですが2月霙の夜、風邪を引いたのかよろけるように隠れ場所からでてきたのを見て援軍の息子二人を引き連れ有無を言わさず保護。しばらくはケージ暮らしをしてもらいましたが現在テーブルの下をわがテリトリーにして暮らしています。歯がもう抜けてしまっているのでお粥のようにしてあげいますが食欲旺盛。カリカリも食べたがりますがやっぱり丸呑みになるのでばあちゃんだけ別メニューです。多分12歳、ですから人間で言うと90才くらいでしょうか。目が余り良くないせいもありマンション敷地内でちんまり大人しく暮らしていたことが良かったのかも知れません。おしっこをあっちこっちにしてしまうので気をつけなきゃいけませんがペットシーツで済めばいい事。何にしても“長生きしようね、頑張ろうね..”です。
  • ☆ぎずも・ぐれむりん
    gizmo ☆ギズモ・グレムリン *********2009年7月1日。 慢性肝炎からの胆石と急性の膵炎により、手術後、急逝。享年10歳。 通称ギズくん、もしくはちゅーくん、は保護する前はどんな目に会って来たんだろうか。とにかく鳴けない、のどもごろごろしない、小心者というよりとにかく臆病だ。地震雷台風は大嫌い。すぐに情緒不安定になってしまう。くまっちに抱っこしてもらいなめてもらわない手落ち着かなくて寝られない。可愛い外見ではわからない彼には痛みが残っている。里親ポスターすら作らなかったのはギズモだけだった。まぁ、マンデに似ていたことも里親探すこともしなかった理由でもあるんだけれど。
  • ☆癒しの権化 くまっち
    *********2007年5月14日午前2時38分多臓器不全により死去 kumakun クマッチ君です。ちっぽとは同腹の兄弟ですがクマ母ちゃんがどうしても預けてくれず2年半ほど外暮らしを経験。ただし、幼少時お世話をしてくださった方にとっても大事にされたためとても性格が◎。その体格といいまさに癒しの権化でございます。セラピスト・クマッチの力は絶大。傍にこられただけでもの皆安らぎに包まれふかーい眠りに誘われてしまうのです。定期試験の前は入室制限をさせてもらってます...。
  • ☆ちっぽ
    20041126chipo とにかく、我が家最高最強のニャンです。 7月7日にクマかあちゃんから預かりました、可愛くってお利巧で、人の心をなにより判っています。ワイルドストロベリーといっしよのちっぽちゃんです

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