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2006年8月18日 (金曜日)

父と息子

ゲド戦記

 前もって、分かってもらいたい事。
 私個人の中でジブリは東映長編動画に連なる系列上にあること。
 ウォルト・ディズニーが生前に製作された作品と死後製作された作品とではいささか見解が違うこと
 ゲド戦記は1部を読み、2部まで手を伸ばしたが、いまひとつ乗れず、読み飛ばして終わっていること
 ファンタジー、として認めているのは指輪物語とナルニア国物語だけで、3大ファンタジー、とした場合は前記の2作品にはゲド戦記が入る
 私にとってのアニメの原点は確かにアトム、ではあるが東映動画の存在が非常に大きい
 だから、ディズニーよりも東映長編動画につらなる作品、と考えるものに対してはベースは好感を持っているが評もまた、それによって厳しい場合もあること
 
 見終わっての感想は一言で言えば『難しい』。
 出来としては、悪くない。
 初監督作品として、良くぞここまで作り上げたものよ、と思う。
 しかし、この作品では原作ファンは納得は絶対しないだろう。
 いや、原作ファンが納得できるような映像作品など望むほうが間違っている、というべきだろう。
 映画と原作とは所詮別物、違うものなのだ。PJのLOTRとディズニーのナルニアが教訓だ。
 観る前の勉強と清水真砂子さんの講演を聞いた。紀伊国屋書店の主催ではあったが岩波書店もかんでいたから、清水さんの映画に対するお話もさほど過激なものはなかったが、以前にあった講演ではジブリ作品に対してかなり手厳しい批評をされていたという。千と千尋において千こと千尋は何をしたのか、何もしていないではないか、と。
 ゲド戦記の作者、ル・グィン氏はアメリカにおいてフェミニズムの旗手、と考えられている場合が多く、作者本人はそうした見方に対して違和感を感じ続けていたという。『私に子供がいて育てている事が悪いように思えた』と。 観る前に読むか、読んでから観るか、に対して読まないで観たほうがよい、という意見のほうがこれまでの原作物映画における学習していた体験からも真っ当なものだと従った。
 ただ、講演も聞いたりしていたから真っ白な状態ではなかったのも事実。
 そうした中で観たのだが。
 作画的に破綻している部分があるという批評をみた。ジブリのスタッフが監督の絵に納得し得えていないのではないか、という疑問だ。確かにクモが闇の中に囚われ次第に不気味に変身して行くシーンがそれか、と思った。
 シュナの旅が原案、としてクレジットを打たれていたが、あれは、シュナの旅でもないのは間違いない。
 背景などデザインはシュナの旅だろうが、物語の本質は別物だ。
 細かな事を言い出せば限がない。
 荒削りであちこちでぼろがあり、破綻しかねない危うさを孕みつつ、最後の最後まで私の観るという気持ちを引っ張り続けてたのは、アレンと同体になってこの作品に取っ組み合った宮崎吾郎監督の一念に他ならない。
 丁寧で隅の隅まで書きつくされたこれまでのジブリ作品、ル・グィン氏のその手記に気に入ったと書かれたトトロとは同じ製作会社かと思うほど異質なものが混じっている全体の仕上がり具合は、ル・グィンでなくても驚いたことだろう。
 なぜ、原作物を作るのか。
 ハウル、そしてゲド。
 紅の豚を頂点にしてジブリはウォルトの死後のディズニーと同じ轍を踏んでいくのか。
 ディズニーはウォルトが作った会社ではあったが、やがてアメリカン・ドリームの標本として姿も心も『悪意なき悪意』による製作作品群で満たされていってしまった。クマのプーさんがいい例だ。ディズニーのプーさんは正直『ダイキライ』だ。あんなの、私が好きな『プー』じゃない。
 そして、ジブリ。
 宮崎駿という個性の塊を今後どう扱っていくか、千と千尋の後、引退かどうか、という問題が起きた時に結局宮崎駿というクリエイターに隠退などありえないことはプロデューサーにいやというほど分かったのだろう。しかし、それでいいのか、そのままでいくのか、と考えた時、ジブリを経営していくことを念頭に置いた時それではまずい、とも当然考えた事だろう。だが、新しい才能に任せようにも任しきれないとしたら。
 講演のときに見せられたビデオレターを見たとき、今まで経験のない吾郎氏にゲドを任せようと決断したのはひとえに彼だけが宮崎駿というものに抗し切れる存在だったからではないだろうか。
 父がいかにゲド戦記という作品を愛し、すべての自分の作品はゲドに連なるものだといってはばからぬ父を差し置いて自分が監督を務める決意をした息子。プロデューサーの意図していることを体現しうるのは自分においてほかに誰もいないという自負とともに彼は、アレンに自分を見出したのだろう。
 アレンは、監督そのものだ。
 宮崎駿監督なら、どういう作品を作っただろうか。
 ル・グィン氏が勧めた様にゲドが偉大な魔法使いになっていく過程を自由に宮崎駿監督流に作り上げても面白かったろう、それならそれで原作者も手記に表すような戸惑いも不満も減じただろうに、なぜそれが出来なかったのか。時だ。人は歳を取る、老いる。
 ル・グィンの許可が下りるのがもう少し早かったら、ゲド戦記の製作がもっと前だったら、今とはおそらく待った違う作品になっただろう、父が当然監督をして。しかし、許可は下りなかった。
 父は作り続けた。ゲド戦記への思いを常に燃やすながら、彼は作り続けた、そうしてようやく作れる段になった時、ゲドは自分の手から消えていたのだ。
 作画の破綻は、製作サイドのおける混乱が生じていた事の表れだと思う。この作品が出来上がるまでスタッフの上を覆い尽くしていたのは父と子の相克であり、新たなものを作り出す混沌そのものだったのではないだろうか。だが、その混沌から生み出された画風は、私にはひどく懐かしいものだった。
 主人公・アレン、そしてテハヌーであるテルー、幼い私の脳裏に刻み込まれた東映長編動画の登場人物たちと重なるのだ。ワンワン忠臣蔵で主人公を助けた灯台守の少女、太陽の王子ホルス、長靴をはいた猫のピエール....。
 あのシーン、このシーン。
 脳裏に思い返される数々のシーンは東映長編動画の一場面と重なった。
 父は息子がまったく違う進路をとった時、ほっとしただろうし、また落胆したのではないだろうか。だが、息子が同じ道を取った時、父は喜びはしなかったことは既にさまざまなところで語られている。ジブリ・ゲドはアレンが父王を刺し、剣を奪うことから始まる。意図してか否か、何ゆえそのような創作をしたのか、入れなければならなかったのか、今の時点で私は知らない。しかし、あのような始まりにしなければならなかったのは理解できる。
 すさまじい、といえばすさまじい。
 よく、まとめたと思う。
 初監督して、良くあのゲド戦記に相対したと思う。
 苦渋の中で生み出されたと信じたい。
 だからこそ、荒れも破綻も不安も不満もすべて許そう、とは思わないが重箱の隅をつつくような事だけはすまい、と思った。
 父と息子。
 同じ時期につくられた夏休み作品であるブレイブ・ストーリーとはなんと言う違いだろう、この作品は父親の不在そのもののようだと思った。
 ジブリのゲド戦記、改めて思う。
 難しい、と。
 
 

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