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2006年8月 1日 (火曜日)

TURN BACK!!

第30回 鳥人間コンテスト選手権2006

 今年も行ってきました、琵琶湖。
 ずいぶん日が経ちました、というのも帰って翌日から編集の仕事で目一杯になってしまったからです。出来るところは少しずつやってはいましたが、結局のところ記事の材料が揃ったのは25日。
 号砲一発、じゃないですけれど、せーのでやり始めて12ページの合併号...金曜日にようやくレイアウトをプリントアウトして、CDにデータを移す段になってフリーズしてやり直し...!!!!
 XPのオオバカヤロー!!!
 と、叫んでいるところへ印刷やさん登場...しばしお待ち願ってようやくデータを渡した金曜日...正直、へろへろ...でしたし、ココログが夜だと編集不可能だったので、てんでやる気も起きず、ようよう、週明けぼちぼちに、という形となりました。
 今年は30回、でも、天気予報は日程が近づいてもよくならないどころか各地で災害の出る大雨。
 新幹線が走ってもらえそうなのかも心配していましたが、なんとか無事に米原についてほっ。
 なんせ、今回は鳥人間のこと、記事にしなくちゃならんので雨が降っても中止になってもなんとしてでも記事にしないとまずい事になってしまうのでホント、心配しまくりでした。途中わたってくる川の水位がスゴイ。果たして琵琶湖は?
 やっぱり、すごかった。
2005birdman
2005年のプラットホーム

Mark
2006年のプラットホーム、鳥人間コンテストのマークの位置にご注意

2006birdman
浜辺がなくなってしまい、いつものポジションでもはるか遠くになってしまいました

 琵琶湖があるおかげで滋賀では川の水が氾濫せずに済んでいるとタクシーの運転手さんが言っていましたが、それでも水位が60センチ上がるというのはスゴイ量が流れ込んだ、ということ。プラットホームがいつもの年より低くみえるほど。
 ホテルに行く前にメリーの友人が今年も航空研究会として出場したので差し入れの2lペットボトルなどを買い込み、早速、機体検査などの待機場所となっている第2本部へ。
 もー、差し入れするのも楽じゃないです!!
 今回は昨年に懲りて簡易キャリーを持ち込んだものの、やっぱり『重い!』。その上、本部でH大学はもっと向こうだよ、なんて教えてもらってひぃひぃ言いながら歩けども歩けども..、見当たらない...!とうとう、23日タイムトライアル部門の区割り場所でだーれもいなくなってしまい途方にくれていたらよみうりテレビの人が通りかかりほっ。
 そして、知って驚くこの真実!
 H大学、なんとまったく逆の方だったんです...Nさん、聞こえたでしょ?背筋に寒いもんが通りませんでしたか?怖気がしませんでしたか?
 はるか松原水泳場の端っこからの怨嗟の声が....したでしょ??
 ようやく、本部に戻りH大学のテントへ着いた時は息も絶え絶えになっていました...おばさんだもん...。
 救いはメリーの友人君たちの明るさと礼儀正しさでした。
 へろへろになってたどり着いたらすぐに気がついて『あ、今年もわざわざ、ありがとうございます!』の挨拶。
 いいねぇ....、気持ちのよい挨拶は。
 『助かります!』とペットボトル2l、6本を下級生たちが受け取ってくれました。昨年出場した事から新入部員が沢山入ってくれたとかで、機械工学科では貴重な女子部員も入ってくれたそうで、ま、ある面大変さはましたけれど来年に繋がるととても喜んでいました。ただ、某筋から“H大??条件付で合格なんだからね、本気で条件クリアしないとだーめ、なんだからね、あの機体は!!”との情報を聞いていたけれど、今のところ順調に言っているとの話に一安心。あとは機体検査の突破、だけです。
 汗だらけで本部に戻り、誤情報をくれたN氏に“反対方向でした...”とチクリ。
 “えっ、逆だった??エッ、ホント?わ、ごめーん...!”
 ま、これからお世話にナルしここは穏便に済ます、なんせ、N氏として、審査員のお一方なのだ。
 女性パイロット2名を取材するのには機体検査の時しかない、といつもより早めに琵琶湖入り。
 取材対象の機体検査を担当する審査員の先生にくっついていく事にしたのですが、あの長い松原水泳場をなんど往復した事か....機体検査をする先生方は超が付く位その筋のベテランの上に殆ど年配の方たち、40代、50代と見受けられるのはN氏を含めて3人くらいじゃないかしら...、だから後は60代以上。だけど、元気溌剌、熱心です。
 50代が負けてはいられないと踏ん張りましたが、いや~...、もう必死。
 で、実は私、審査員の先生の氏素性キャリアを殆どなにも知らずにいたのですが、後で聞いたら“どひゃ~”と汗が吹き出るくらい、スゴイキャリアの先生ばかり...ご無礼、失礼致しました。
 そんな私ですが、もっとひどいのが出場チームの学生ら。
 審査にきました、とスタッフが声かけたら、挨拶くらいしろよ!
 “ありがとうございます、よろしくお願いします”くらいあっても罰はあたらないだろ!
 もう、一体全体何を教わってきたんだ、こいつら、親の顔がみたい!!!
 と、オバサン、一人憤慨しまくってましたが、そんな厚顔無恥失礼千万の極み、頂点は、あのN大。
 “何様のつもりだぁ~!!!!”
 水位が上がってしまい、いつも通路として歩ける浜辺がなくなっちゃって、機体を組み立てても水没し兼ねなくて各チーム四苦八苦していたけれど、ほかの者だって濡れないように歩くのは大変、だからどうしても区割り部分に入ってしまうのだが、それだって機体には近寄らないよう、みんな気をつけて歩いている。なのに、なのに...なんだ、その場所はN大の私有地か???
Kuniku_no_saku
浜辺がなくなってしまうくらい水位が上がり浜辺側のチームはそれぞれみんな苦肉の策でしのいでいました 

 旗をもったどう見ても1・2年生と思しき学生がえっらそうに『そこ、そこ、一般は入らないで!』と旗でおっ返すのだ。機体が組みあがっているのか、と思いきや、浜からずっと上に設置したテントの中に入ったままなのだ。通ったところで、邪魔にもなにもなるもんじゃない、というのにまるで“しっしっ”と犬猫追い遣るみたいな扱いをしている。  あ、ごめんね、とは言ったけれど、あいているスペースを知って唖然だ。
 そういう態度、どこから出てくるの?
 フト、みると木村秀政先生のお写真が鎮座ましましていたけれど....おい、N大航空研究部のキョウイクはどうなっているんですか?
 ま、何も知らんド素人だから、というのならそれもそれなりの理由があるのか分からんが、審査員の先生方に対しても同じように“しっしっ”はなかろー???!!!! 
 お前たちのずーっとずーっと、大先輩だぞぉ!
 礼儀を知らんのか!!

 ついに、説教を食らったようだが、果たして理解できたかどうかは、態度変らずのところ見ると出来はしなかったみたいです。
 飛んで当たり前、優勝しなくっちゃ帰れない、なんてことも聞いたくらいのプレッシャーはかかってはいても、礼を尽くす、社会的規範を守ることは関係ないこと。
 それにしても、挨拶の出来ない連中の多さにあきれるどころかおばさん、怒髪天を突く勢いでもあった機体検査同行でした...。ちゃんと出来ていたところあったけれど、少なかったです、ホント。
 で、結論から言うとですね、人力プロペラですが優勝したのはN大じゃございません、驕れるものは久しからず。
 彼らからしたら、完全に失敗フライトという記録で終わり、優勝は見事折り返しに成功した東北大学。戻ってはこられませんでしたが、きれいな航跡でした..天晴れのフライトでした、謙虚に努力を続けた事が実を結び、なによりの優勝です。
 フライトの後、あんなにえらそうだった皆さん、お通夜のようにしょげてました。だけどさ、さっさとテントとか片付けるのはいいけれど、木村秀政先生の写真おきっぱなしというのはいただけないよ、ショックだったのは分かるけれどね...。
 心配した天候は22日は回復してレースは順調、いろいろあった人力プロペラ・距離部門も速やかに終わり(つまり、大フライトがすくなっかったのだ)、28機エントリーの滑空機部門もスムーズに進んでいきました。H大?今年は言わぬが花、の成績。さすが、審査の先生方の目は隠せません。設計図の段階でどの程度飛べるのか分かってしまうのは朝飯前の皆さんです。H大も下級生が主体で頑張ったから来年はこの経験活かしてまた、いい機体を作ってくださいね、“初心忘れず頑張れ”です。

Rightup
夜のプラットホームと彦根城はライトアップされとてもきれいでした

 翌日は繰り越す機体もなく、早朝6時から新種目のタイムトライアル競技が開始されました。
 100メートル飛び、そこからタイムを計測、1キロ先の折り返しをして戻ってくるタイムを計るのだ。
 考えたら、すごい事なのです、これは。
 飛ぶことは勿論操舵の技術もタイムも要求されるのです。
 果たして???
 エントリーは8機あったものの飛んだのは6機。
 人力プロペラ機の名機中の名機と言われ展示すらされている8年前記録を出したチームエアロセプシーがあの中山パイロットとともに参戦、すばらしいフライトで7分ほどで戻ってきたとき、鳥肌が立ちました。
 鳥人間コンテストでプラットホームに機体が戻ってくるなんて..信じられますか??
 “信じられない”位、すごくてすばらしいフライトでした..お見事、さすが、としか言いようがありませんでした。

Turnback
ゴールイン!! チーム・エアロセプシーの見事なフライト

 その記録に挑むのはこれもキャリアのある風車の会。
 自信あり、とリーダーの言うとおりのテイクオフした後のスピードは驚くばかり。
 人力プロペラ機ってこんなに速くとべるものなの?
 中山パイロットの記録より2分速く折り返し点に到達、無事折り返しを済ませた時点で1分半早いタイムだったのですが、あとゴールは目の前、というところで着水....戻ってきたもののゴールインは出来ませんでした。
 パイロット、精も魂も尽き果て悔しさと残念さでもう、泣きっぱなしでした....。
 大会は9時30分には表彰式を行い、11時前にはすべてが終わり、私も大阪へと向かいました。
 今回、仕事がらみということになりましたが、それはそれの楽しさ面白さもあり、来年の今頃も琵琶湖に立っていることになるのでしょうね...参加された選手、チーム、スタッフすべての方々、そして審査員のすばらしい先生方、お世話になりました、ありがとうございます。

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    新メンバーとして許可されました 025
  • 巨猫団入団!!
    ☆我が家の癒しの権化@妖怪まくらぬし、くまっちが晴れて巨猫団の団員として認められました...。 今後ともご別懇に♪ 巨猫団。 くまっちのとても素敵な想い出になりました。 1_667
  • ☆ちびおでん
    oden その年は子猫の保護に翻弄された年でしたが、その第一弾がこの子でした。マンションの通路1階においてあったタイヤ(共用部分なのでホントは不法なのだが...)のなかで泣いていたのを私が保護せざるを得ない状況でつれて帰ったのが始まり、約一週間後に実家から持ち込まれた鼻気管炎の子、そして2ヶ月後に生まれたての3匹が排水管に投げ込まれ...結局9月に我が家には9匹の猫がいた勘定になるが、哀しいことに生まれたてのチビちゃん2匹は神様がお手元にお寄せになられしまわれた。新しいお家を探し始めたものの最初に保護した子はとってもナーバス、猫と飼い主になる方との試験期間もこの子には無理かもしれない、獣医の薦めにのっかって2匹を手放した寂しさに負け残したのがチビ・オデン。もっとましな可愛い名前を思っていたのにいつの間にかメリーが毛色などから『おでん』と呼んでいたのが定着、やれやれである。ただいま2歳、我が家のトラブル・メーカーである。毎日のように大好きなメリー兄ちゃんを困らせているしちょいちょいと隠れちゃ出す爪でストッキングの伝染被害増加中。さんざっぱら『あれ、いや。これ、いや』だが夜中にそっとやってくるチビちゃん、棄てられた子の心を治す事なぞできるものではないのだと改めて思う。『どーして、おにいちゃん困らせるの?!』今日もメリーの小言が聞こえています。
  • ☆通称・クロちゃん
    kuro クロチャンの本名は長いです、彼女が何かしでかすごとに名前がくっついて行きました。 “はげちょびっち・くろぷーすけぴー・たりりんぼまーる・かす”我が家最強にゃん、ちっぽと癒しの権化くまっちと兄弟とはとても思えない“不出来”な妹です。ちっぽたちはお腹に居る時から『モンプチ』などの高級カンカンで育ったのですが、諸問題が勃発、本当は避妊手術してクロちゃん達は生まれない予定だったのです。トラブルメイカーのためにくまっち達の育ての親代わりの方達が引っ越されてしまい、クロチャンたちも生まれてしまいました...。その後なんとかクロチャンたちのような事にならぬようクマかあちゃんは避妊の手術しましたが結局生まれた5匹の内里子にだせたのは『紋次郎』と名前を付けられた子とあまりの臆病とお間抜けに里子に出せなかったクロちゃんだけ。紋次郎も里親さんと連絡取れにくくなり元気でいるのかどうか不明になっています。契約書を取り交わす事を決意したのはそういうことからもあるのですが、なんにしてもクロチャン保護に当たっては結構大変でマンション自治会のメンバーとも一戦交えた事も。『野良なんか人に馴れるもんか』といわれましたがそんな事はありませんよ、自治会メンバーの一人であるピル簿旦那の帰りを心から待ちわびるのはクロチャンですから...。 ***2014年9月9日14時32分、16歳、右目した瞼にできた腫瘍により虹の橋を渡りました。
  • ☆みぃちゃん*********************2006年8月11日 肝嚢胞により死去、推定年齢15歳
    mie 三毛のみぃちゃんは12年も外暮らしをしていたしっぽの短いチイチャクて痩せた老猫です。面倒を見ていた方が引越しされてからずーっとそれとはなしに管理人の目を盗んでご飯をあげたりしていた。ペットクラブ設立を機に管理人さんに事情を話していつでも家に入れられるようにご飯をあげてなれさせたものの果たして我が家に来てくれるかどうか心配だった。老齢化が目に付きそろそろと思っていた矢先に子猫騒動で保護が伸びてしまったが冷夏と暖冬に救われた。しかし、東京も結構雪が降るんです、1度保護に失敗して様子を改めて見ていたのですが2月霙の夜、風邪を引いたのかよろけるように隠れ場所からでてきたのを見て援軍の息子二人を引き連れ有無を言わさず保護。しばらくはケージ暮らしをしてもらいましたが現在テーブルの下をわがテリトリーにして暮らしています。歯がもう抜けてしまっているのでお粥のようにしてあげいますが食欲旺盛。カリカリも食べたがりますがやっぱり丸呑みになるのでばあちゃんだけ別メニューです。多分12歳、ですから人間で言うと90才くらいでしょうか。目が余り良くないせいもありマンション敷地内でちんまり大人しく暮らしていたことが良かったのかも知れません。おしっこをあっちこっちにしてしまうので気をつけなきゃいけませんがペットシーツで済めばいい事。何にしても“長生きしようね、頑張ろうね..”です。
  • ☆ぎずも・ぐれむりん
    gizmo ☆ギズモ・グレムリン *********2009年7月1日。 慢性肝炎からの胆石と急性の膵炎により、手術後、急逝。享年10歳。 通称ギズくん、もしくはちゅーくん、は保護する前はどんな目に会って来たんだろうか。とにかく鳴けない、のどもごろごろしない、小心者というよりとにかく臆病だ。地震雷台風は大嫌い。すぐに情緒不安定になってしまう。くまっちに抱っこしてもらいなめてもらわない手落ち着かなくて寝られない。可愛い外見ではわからない彼には痛みが残っている。里親ポスターすら作らなかったのはギズモだけだった。まぁ、マンデに似ていたことも里親探すこともしなかった理由でもあるんだけれど。
  • ☆癒しの権化 くまっち
    *********2007年5月14日午前2時38分多臓器不全により死去 kumakun クマッチ君です。ちっぽとは同腹の兄弟ですがクマ母ちゃんがどうしても預けてくれず2年半ほど外暮らしを経験。ただし、幼少時お世話をしてくださった方にとっても大事にされたためとても性格が◎。その体格といいまさに癒しの権化でございます。セラピスト・クマッチの力は絶大。傍にこられただけでもの皆安らぎに包まれふかーい眠りに誘われてしまうのです。定期試験の前は入室制限をさせてもらってます...。
  • ☆ちっぽ
    20041126chipo とにかく、我が家最高最強のニャンです。 7月7日にクマかあちゃんから預かりました、可愛くってお利巧で、人の心をなにより判っています。ワイルドストロベリーといっしよのちっぽちゃんです

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