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2006年10月27日 (金曜日)

二つの硫黄島

父親たちの星条旗

 エルフ語講座のおかげで、『父親たちの星条旗』試写会に行く事ができました。
 淡々と戦争の現実そして事実とはなにか、を突きつけてきます。
 クリント・イーストウッド。
 硫黄島での激戦は、幼い頃父が話してくれたことがあります。山の形が変ってしまうくらいの激しい砲撃が行なわれたと。そして、日本の兵隊さんは『玉砕』したと。
 玉砕って、なに?
 全滅してしまうことだよ。
 
 だから、玉砕と言う言葉はとてもおそろしいものだと幼い心にも哀しいものを感じた事を覚えています。
 主人公の父は旗を掲げた兵士のうち、生き残った3人の内の一人でしたが、沈黙してその生涯を終えます。
 主人公は、父が何をし、何を聞き、何を見たのか、あの硫黄島での激戦を丹念に追っていきます。
 
 7回忌を済ませた私の父は、台湾で通信兵として終戦を迎えました。
 父には1人の姉、そして1人の兄、二人の弟と妹がいました。
 兄は志願兵として中国・大陸へ行き、弟は南方へ行き砲弾の破片を受けながらも九死に一生を得て帰ってきました。男兄弟4人の内3人が出征して3人が帰ってきたことを小学校の時友達に話したら『それって、すごいね!』と言われました。まだ、私の小学校時代では自分の父、または祖父・親戚が戦争体験者であり兵士であったのは普通に近いことでした。末っ子の叔父が時の空気に浮かされて予科練に入ろうとしたのを亡くなった祖父が怒って『4人の内3人までも兵に出したのだから』と連れ戻したといいます。
 幼い頃聞いた父の戦争の話は事実、でしたが、それは改めて思い出すと父の直接の体験の話ではなかった。
 父がどうだ、こうだ、というのは間接的に母から、叔父から『そうだった』と言う形で聞いていただけだったのだ。
 父も沈黙したまま、自分の体験を持って行ってしまったことになる。
 語り継ぐべきこともなかったからなのか、今では聞く術もない。
 被爆者であった広島の母も、ほんのわずかな事しか言わずに亡くなった。
 今、問題になっている必須履修科目についてだが、世界史は暗記する事が多すぎて受験生に敬遠されているから教えなかったという高校側の話もわからないわけではないが、日本史だけでは片手落ちもはなはだしいわけで、今更ながら、教育現場での『ゆとり教育』の弊害を浮き彫りにしている。
 世界史と日本史、これは歴史を学ぶ上での両輪。
 アジアで日本の歴史認識を揶揄されてもこれでは致し方がない。
 受験があろうとなかろうと、学校で教えるべきことは教えるべきである。そのための授業料では、ないのだろうか。子ども達は『勉強』するために学校に行き、親は授業料を払っているのです。これで大学も行けませんでした、では『金だけとって』ということになる。
 
 話は戻るが、『父親たちの星条旗』をみて、日本からの視点だという『硫黄島からの手紙』を観て見たいと心から思った。
 
 父たちの世代は戦争に翻弄された。
 そんな、父たちを忘れない事、語り伝えていく事、これは子どもとしての務めであると思う。
 
 二つの硫黄島。
 戦争は、間違いなく、あったのだ、忘れてはいけない。
 決して、忘れては、いけない。

 クリント・イーストウッド監督に拍手。 
 

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  • ☆みぃちゃん*********************2006年8月11日 肝嚢胞により死去、推定年齢15歳
    mie 三毛のみぃちゃんは12年も外暮らしをしていたしっぽの短いチイチャクて痩せた老猫です。面倒を見ていた方が引越しされてからずーっとそれとはなしに管理人の目を盗んでご飯をあげたりしていた。ペットクラブ設立を機に管理人さんに事情を話していつでも家に入れられるようにご飯をあげてなれさせたものの果たして我が家に来てくれるかどうか心配だった。老齢化が目に付きそろそろと思っていた矢先に子猫騒動で保護が伸びてしまったが冷夏と暖冬に救われた。しかし、東京も結構雪が降るんです、1度保護に失敗して様子を改めて見ていたのですが2月霙の夜、風邪を引いたのかよろけるように隠れ場所からでてきたのを見て援軍の息子二人を引き連れ有無を言わさず保護。しばらくはケージ暮らしをしてもらいましたが現在テーブルの下をわがテリトリーにして暮らしています。歯がもう抜けてしまっているのでお粥のようにしてあげいますが食欲旺盛。カリカリも食べたがりますがやっぱり丸呑みになるのでばあちゃんだけ別メニューです。多分12歳、ですから人間で言うと90才くらいでしょうか。目が余り良くないせいもありマンション敷地内でちんまり大人しく暮らしていたことが良かったのかも知れません。おしっこをあっちこっちにしてしまうので気をつけなきゃいけませんがペットシーツで済めばいい事。何にしても“長生きしようね、頑張ろうね..”です。
  • ☆ぎずも・ぐれむりん
    gizmo ☆ギズモ・グレムリン *********2009年7月1日。 慢性肝炎からの胆石と急性の膵炎により、手術後、急逝。享年10歳。 通称ギズくん、もしくはちゅーくん、は保護する前はどんな目に会って来たんだろうか。とにかく鳴けない、のどもごろごろしない、小心者というよりとにかく臆病だ。地震雷台風は大嫌い。すぐに情緒不安定になってしまう。くまっちに抱っこしてもらいなめてもらわない手落ち着かなくて寝られない。可愛い外見ではわからない彼には痛みが残っている。里親ポスターすら作らなかったのはギズモだけだった。まぁ、マンデに似ていたことも里親探すこともしなかった理由でもあるんだけれど。
  • ☆癒しの権化 くまっち
    *********2007年5月14日午前2時38分多臓器不全により死去 kumakun クマッチ君です。ちっぽとは同腹の兄弟ですがクマ母ちゃんがどうしても預けてくれず2年半ほど外暮らしを経験。ただし、幼少時お世話をしてくださった方にとっても大事にされたためとても性格が◎。その体格といいまさに癒しの権化でございます。セラピスト・クマッチの力は絶大。傍にこられただけでもの皆安らぎに包まれふかーい眠りに誘われてしまうのです。定期試験の前は入室制限をさせてもらってます...。
  • ☆ちっぽ
    20041126chipo とにかく、我が家最高最強のニャンです。 7月7日にクマかあちゃんから預かりました、可愛くってお利巧で、人の心をなにより判っています。ワイルドストロベリーといっしよのちっぽちゃんです

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