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2007年1月

2007年1月29日 (月曜日)

ひだまり

Nekokusa_sukidayone
猫草歯がなくても食べにベランダに出てきてたみぃちゃん、お天気にはごろごろ言って、まるで鼻歌みたいだったっけね

猫のいるところ

 ある猫ブログをみていたら大島弓子さんの綿の国星のことにふれていた。
 多分、猫の砂の事だったと思う、外猫暮らしのじーちゃん猫がチビ猫に「わしゃ、一度いいから猫の砂を使いたい」とかなんとか言ったのを聞いたチビが血統書付きの子猫に貰いジーちゃん猫にあげるのだ。それを貰ったじーちゃんは空めがけて一握りの砂をなげる。
 大島弓子さんらしい作品だった。
 古典的な紙でできた猫砂で消臭用の青い粒がはいっていた猫砂だった。
 
 昨日、東大・一条ホールで開催された東京都獣医師会・ちいき猫についてのフォーラムに行く時ふいっと目に入った場所がある。
 駐車場傍の植え込み。
 昨年夏に虹の橋を渡ったみぃちゃんが、うちに来る前、よく香箱座りして日向ぼっこをしていた。
 小さな体を丸め、目を細くしてちんまり座っていたっけ。
 ご飯をあげているのが分かると何を言われるか分からないし、ある困ったちゃんもいたから夜、人気がなくなる頃を見計らっていつも決めていた場所に行くとだいたい、そこから姿を現して黙ってくっついてきた。植え込みの中でお皿にペースト系のご飯をあげて散歩がてら近くを一回りして戻るとみぃちゃんは「終わりましたよ」というように植え込みからそっと出て待っていたっけ、それでお皿を回収して終了。
 冬は寒いからエレベーターから出てくるのが分かるメーターボックスに隠れて待っていた。
 我が家に来てもらった夜、霙が降っていた。
 風邪を轢き始めたのか、声はしゃがれよろよろと出てきたのを見て、もう、待てないと決心した。
 そして、2年半。
 みぃちゃんはちんまりと、穏やかに虹の橋をわたって行ってしまった。
 あの植え込みにみぃちゃんが日向ぼっこする事は、もうない。
 「在りし日の姿を思い浮かべる」
 相変わらず、ちっちゃくて痩せた姿が思いだす。

 ちいき猫。
 けしてベストな方法じゃない。
 現状として何とか、何とか、納得できる対応策の一つでしかないのだ、を再確認。

 「なぜ、貴方は猫の世話をするの?大変でしょ?(物好きね...)」
 確かに、大変だ。雨だろうと風だろうと台風が来ようとも待っている猫たちが居る限り行ってやらなければならない。実家の母も大変だという、けれどもそれでも行くのはやはり、たとえ猫であっても待ちわびている者たちが、頼りにしている者達が居るから、張り合いになるのだ。
 昨日のフォーラムには毎日毎日、猫たちと向き合い地域と話し合い、ちぃちゃな命を一つでも何とかしたくて奮闘している人達が210人あまりもやってきた。けれど...、ちいき猫の耳カットも知らない進行役の某獣医大学のお偉いさんの暴言・余談にもならない話・独りよがりな持論の展開・言いたい放題大放言の連発に次ぐ連発に折角のフォーラムはめちゃめちゃになってしまった。4時間もあったのに、半分は進行役のよた話で無駄になった気がする。けれど、獣医師会がちいき猫活動に目をむけた、という一点は評価できる。
 パネリストでこられたエッセイストKさんはこう言う。
 「なぜ、やるのか。それは私というKが猫たちが幸せそうな姿を見ることで幸せになるから、私のためにやっているから。」
 視点を変えよう。
 そして、心を変えよう。
 そうだ、その通りだ。
 母もそして私も、メリピピも幸せそうな猫を見て幸せになりたいんだ。

 みぃちゃんが虹の橋を渡ったとき、みぃちゃんに来てもらってよかったんだろうか、単なる自己満足だろうか、と考えた。けれど、あったかなお布団で、風の通る部屋で少しでもくつろいでもらえたのかもしれないな、と思えたとき、それでいいよね、みぃちゃん来てくれて有難う、と素直に思った。

 冬の一日、日差しの中でクマッチが、クロピーがこっちゃんまでもお腹をだして、ねっころがっている。
 ふくふく・むくむく・もふもふなお腹を丸出しにして。

 みぃちゃん、やっぱり、さみしいよ。
 みぃちゃん、居ないと、さみしいよ。

 陽だまり・陽だまり、猫の背中、ちいちゃな痩せた肩は、もう、虹のかなたに行っちゃった。


 

2007年1月26日 (金曜日)

1月朗読の会 ご案内

 やっぱりやりますよ

 正月明けから、何とはなしにバタバタじたばたと来てしまいました。
 1月の朗読の会ですが、1月27日土曜日に致します。
 場所は毎度ぉ~、の奥の院でございます。
 で、ここからが今までとちょっと、違いますのでご注意を。

 2007年1月27日土曜日、午後15時から、はじめます。

 実はこの日、成田山新勝寺まで母のお供をしつつ、前厄のメリーのお札を貰って来ようと思っています。
 ですから通常開始時間14時、にはちと間に合いませんので、1時間ずらして15時、と致しました。
 何卒宜しくお願い致します。
 ご都合のつく方はコメントに一言、お願い致します♪
 

2007年1月13日 (土曜日)

1月朗読の会についてのお願い

ご予定お知らせ下さい

 2007年も朗読の会、続けて参ります、今年も何卒宜しくお願い致します。

 と、ご挨拶もそこそこに、さて、1月の朗読の会ですが、現在の所研修会やら参詣厄落としの付き添いなど週末なかなかスケジュールがあきません。
 むりむり何とか13日?という感じなのです(猫たちのワクチン接種がまだなんです...)。
 そこで皆様のご都合を2月初めを含めてお知らせ下さい。2月は17日以外はあいています。
 それでは皆々様ご都合はコメントへの書き込みにて、何卒宜しくお願い致します♪

 追加のお知らせです 

 1月13日、朗読の会はありません。
 7にゃんずたちのワクチン接種日となりました....
 う~ん、問題にゃんをどうするかが、問題です!

 追加の追加、です

 現在かなり流動的ですが、1月27日土曜日の午後15時過ぎならなんとかいけそうなんですが、来週中に正式にご案内を致しますので、ご都合つく方はコメントにてご連絡いただけたら嬉しいです。
 それでは、宜しくお願い致します。
 追伸:7にゃんずのワクチン接種、無事30分以内にて終了♪
    これでまずは一段落。

2007年1月11日 (木曜日)

50分の意義

KoH-2

キングダム・オブ・ヘブン ディレクターズ・カット版

 買うか、買うまいか、正直悩みました。
 LOTRの轍は踏むまい、と考えたからですが、先日のホビットの宴の一言で『即・買い』を決めました。
 で、アイロンをかけつつ観ました。
 付け加えられていたのは50分。
 たしかに『お客のお尻を痛くさせるという苦痛を与えてはならない』という考え、至極ごもっとも、ではありますが、この作品についてはそんなご配慮は全く以って不要なる者以外何者でもありません。
 編集という名の下においてけっぺずられてしまった50分はあまりにも大きいとしか言いようがないほど、なくてはならないsceneばかりでした。上映版で感じたりわからなかったりした疑問や寝てもいないのに空白になってしまっている流れなど一切合財納得し、スムーズになるために『必要不可欠』だった50分でした。
 バリアンが唯の鍛冶屋ではなかった事がまず、のっけにわかり驚愕すると同時に疑問が解消。父もバリアンの住む領地を治める領主の弟だったこと、そしてバリアンの母との経緯などもあり話を始めるためのベースとなる環境が判明する。そして殺人へ至った兄弟間の確執についてそうなってしまった流れがスムーズにとうとうとあのエルサレム攻防の結末まで進むことが出来るようになっていく。
 最初の10分くらいでまるで違う映画のように重厚さが増すのだ。
 まずなにより主人公であるバリアンの性格付けがきっちり為されることにより、エルサレム攻防戦を闘うことが可能な人物となり一介の寒村の鍛冶屋の所業じゃないことがわかるだけでも監督の意図が初めて反映される事になったのではないだろうか。
 LOTRは思い切って3部作にし、その上上映時間も破格の長さとなったがそれでもヒットした。
 原作ファンからしたらそれでも『短い』と思ったくらいではあるが、興行ものである映画上映からしたらある意味『とんでもない』決定であったと思うが、そういう前例があるのだからリドリー・スコット監督も上映については粘って50分とまでいかなくてもせめて導入部のところだけはしっかり入れて欲しかった。
 
 キングダム・オブ・ヘブンという作品を観られました皆々様、ディレクターズ・カット版こそ『真なるキングダム・オブ・ヘブン』です、是非、ご覧にならなくちゃいけません。観なくちゃ、一生『ダイジェスト版』しか見てなかったことになりますよ。 
 50分。
 編集という名において削り取られた時間はその時間以上に作品を無惨なものにしてしまう事を改めて示している...。
 LOTR・SEEよりひでぇや...

2007年1月 9日 (火曜日)

虹の橋

Yoshimi1_1
よしみちゃん、さよなら・ありがとう

 今朝、電話があった。
 8日、見舞いに行った母から電話があって、よしみちゃんの容態が芳しくないことを知らされていたので電話が鳴るたび、母からの電話じゃないことを願っていた。
 とりあえず、寝るまで連絡が無かったのでなんとかすこしでも快方に向かうことを無理かもしれないと思いつつも願い、ほっとしていた。しかし、今朝、泣きながら母から連絡が入った。
 手術は成功したもののやはりかなりの出血だったし、もともと年末入院していたくらいだったよしみちゃんだ、体力が一番の問題だった。
 手術したのがいけなかったのか、と母は泣いた。
 いや、そんなことはない。
 あのまま、手当てをしなかったらもっとよしみちゃんは苦しんだはずだもの。
 車に轢かれて、恐くて痛くてどうしていいかきっとわからなくなった中で必死にお母さんの所に戻ってきたのは、そのまま居なくなっちゃいけない、とよしみちゃんなりに一生懸命だったからだと思う。見舞いに行った時、すでに低体温で横たわったままだったよしみちゃんは母の呼びかけに顔をあげて鳴いて応えていたという。
 “退院して年寄りに面倒かけちゃいけないと思ったんだろうか、それで逝っちゃったんだろうか。”と母。
 そういわれると言葉に詰まる。
 “一生懸命出来る事をしたのに後悔が残っている”と泣く母。
 一生懸命、母も兄もそして獣医先生も出来る事をしても命は失われてしまうのだ。
 それをどう後悔する?
 命が失われない限りどんな事をしても後悔は残る。
 だからこそ、少しでもできるのなら可能な限りの手を尽くすしかないのだと思う。
 手術費が無駄なことなぞ、ないよ、おかあさん。
 よしみちゃんは先生にきれいに痛くなくしてもらって、たとえ3本足になってもちゃんと虹の橋渡っていけたんだからね。向こうには、ばーにゃんもチョビもぶちも待っている。
 寂しくないからね、皆、お母さんのお陰と手を振ってるよ。
 “アリガト、おばあちゃん”って。
 外猫の命は短い。
 野良の子として生まれた時点で、既に病魔が体内に巣食っていることだってある。
 事故や喧嘩だけじゃない根本的な体力の問題。
 ばーにゃんもチョビもぶちもそしてよしみちゃんも年齢以上に老けて見えたのは外猫の命のサイクルが短かったからだろうか。それでも、母の庭にたどり着いたからこそ、存えた命だったと思う。

 よしみちゃん、お母さんの所に来てくれて有難うね、そして安らかに。
 『さようなら....』

2007年1月 7日 (日曜日)

成人式

Pipin_seizinshiki_1

ピピン、紋付を着る

 ピピン、成人式である。
 着ないのなんの、と言っていたが、結局着る事になった。
 『おばあちゃん、楽しみにしているのに...』
 これが決め手である。
 メリーの時と同じ写真やで記念写真を撮り、天祖神社へお参りをする。
 2年前、メリーに着せたけれども既に2年も前、2年ぶりの着付け方をプリントしたものを引っ張り出しての泥縄だ。紋付は一昨年亡くなった広島の母がビル簿旦那につくったもの。紋付としたら旦那と息子2人に来てもらえて本望ね、と実家の母。
 メリーもそうだったが『馬子にも衣装』だ。
 七五三でもお願いした写真屋さん。
 『大きくなりましたね』
 確かに、大きくなりました。
 これも皆々様のおかげです。
 そこらあたり、ピピンにもわかっているのだと思う。じゃなければ、紋付なぞ、着もしないだろう。
 天祖神社へのお参り済ませたビル簿旦那、メリーの時よりやっぱり年輪をその姿に感じたけれど、自分も呆れるくらい年を経たのがわかって、正直複雑ではある。
 20年。
 20年か、である。
 ありがたい、その一言だけである。
 周りの方たちに支えられての20年である。
 感謝。

 メリーの時は兄弟・いとこ集まったが甥っ子一人受験生なのでおばあちゃんと我が家だけで内輪にお祝いする事にした。久しぶりにお祖父ちゃん行きつけだったおすし屋さんへ。
 さすがに休みだし、おいしい所だから混んでいたが5人一緒にカウンターで頂く事が出来ました。顔見知りの職人さんがいないとおもったら改装して2階が新しく出来そこを担当していたのがお祖父ちゃんのときいつも握ってくれていた職人さんでした...。
 久しぶりに、美味しいお寿司を頂きましたよ。
 最期の〆にピピン君とビル簿旦那は大トロの2連発。
 近くの老舗甘味どころでお茶をしてお祝い終了...。
 『美味しかったねぇ~、また来ようね』と母。
 『さすがにお腹一杯だよ』とピピン。
 そりゃ、そうだよ。
 これだけ食べさせて、小腹すいたよなんて言われたら、ホント、ドンだけ食べればいいの?である。
 成人式は一つの区切りだけれど、まだまだエンゲル係数とAngel係数は下がらぬ我が家ではあります。
 
 めでたさもちゅうくらいかな、おらがはる、ですかね...。

 ピピン、成人式おめでとう。
 感謝する心は忘れないでくださいね...これだけはお願いいたしますよ♪

よしみちゃん頑張れ

事故・手術・入院
Yoshimi
昨年10月のよしみちゃん

 ピピンの成人式の事で実家の母から電話があった。
 そこで、外猫の一匹、よしみちゃんが事故に合い大怪我をして今病院で手術をしていると聞いた。
 落ち着いて話そうとしているのにその時のショックがまだ続いているのか、最初要領がえなかったが、私と話すうちに母も落ち着きが戻り、顛末がわかった。
 犬連れの来訪で臆病なよしみちゃん(歌手の天童よしみに似ているのだ...)は外へ出て、車に轢かれ、前足のかなりの部分を欠損する大怪我を負いながらも実家に戻り、箱のなかでうずまっていた所を母が見つけて大騒ぎになったのだ。病院はどこも終わっていてどうしたものかと途方にくれていたところへ兄が戻り知っている病院へと電話して担ぎ込んだのだという。とにかくよしみちゃんの命を救いたくて必死に走った母。
 診察してくれた獣医は最初迷惑だ、といったらしいがとにかく先生診てください、という母の言葉に折れたという。全身麻酔をかけての手術になるので命の保証は出来ないと一筆とられたという。
 よしみちゃんの兄弟、ちょろ、ぶち、そしてばーにゃんは相次いで既に虹の橋を渡ってしまった。
 外猫の子として生まれた彼らはけして健康優良児で生まれたわけじゃない。
 母のところにいる事で生きながらえる事ができていたのだ。
 よしみちゃんも年末体調を崩して入院しやっとこ退院してきたばかりだったのだ。
 
 『とにかく、先生診てください、先生にも診せずに死なせられません。命を助けて、とは言いません。怪我を診てやって下さい。』
 母は獣医にそう嘆願したそうだ。
 電話で聞いた方も気が揉めたが、成人式の着付けで実家に行って電話以降の話を聞き、よしみちゃん肩から切断する大手術になったもののとりあえず手術は成功しいい方向に向ったとの報告で母もようよう安堵したそうな。そんなこともあり、落ち着いていた。
 『だけどね、後で手術費のことを考えたらまたまた気が重たくなっちゃった...』そうな。
 『でもね、後悔はすることないものね。』
 『一生懸命我を忘れて走ったから今朝になって足が痛くって。』と母。
 あなたの血は間違いなく私にも流れていますね、お母さん。
 今日はピピンの成人式。
 写真を撮って天祖神社にお参りして食事をするのも延期しなくて済んでよかった。
 何時退院してもいいようにメリーは早速ケージを作り直した。
 『よしみちゃん、もう、外の子にはできないものね..』
 
 よしみちゃん、頑張れ。お母さんの為に頑張って元気になるんだよ!

2007年1月 6日 (土曜日)

硫黄島からの手紙

Sazanka


重い・想い

 ビル簿旦那の希望もあるし、2部作、というならやはり観て置かなくてはならない、と思っていた。
 それ以上の理由として、あの戦争を体験した親を持つ子どもの義務であり責任でもあるとも思っていた。
 しかし、戦艦大和のあの映画ははなっから鑑賞するつもりは全くなかった。
 基にしたものが吉田満氏の著作ではないことを知ったからである。
 CMにも違和感があったし、所詮“感動”を売りにするいつもの類だと思えたのだ。
 ビル簿旦那はいたく感激し、11月一周忌の法要のため早めに広島入りしたメリーに是非大和ミュージアムに行くように薦めた、というより“行って来い”に近いものがあったようで、時間もあったからとメリーは素直に出かけた。行って無駄ということはない。しかし、展示を見て不思議に思えたのは父の感激振りだったようで“なにがああも感激したのかな?”といぶかしく思ったらしい。一言ではない幾つもの様々な要因が重なったのだろう。その要因は恐らくビル簿旦那にも明確には解らないものであろうとも思う。
 試写会で『父親達の星条旗』を観た。
 『硫黄島からの手紙』は、観るべきだとその時決心していた。
 確かに重い。
 硫黄島が軽くなるわけも無いのだが...。
 『玉砕』=硫黄島。
 父は台湾で終戦を迎えたが、硫黄島の激烈過酷を極めた米軍の物量との戦いぶりは父たちにも聞こえていたのだろうか。父は海軍の通信兵だった。
 玉砕、ということばも父から教わった言葉であり玉砕とは硫黄島のことでもあった。
 『山の形が変るほどの砲撃』とはいかなる凄まじい攻撃だったのか、想像を絶した感を抱いていたが実際に残された写真や映像は、確かに『想像をぜっする』ものだった。
 改めてクリント・イーストウッドという俳優でありアカデミー賞受賞監督が『硫黄島』の激戦を映画化すると言うニュースはちっよとした驚きだったが、彼ならこれまでとちがう『戦争映画』を作るのではないか、という期待もあった。
 その期待は、『硫黄島からの手紙』により完結し報われたと思えた。
 米軍側からの視点で作られた『父親達の星条旗』は個人がいかに国家によりつぶされてしまうのか、戦争という事実の中では一個人の思いや良心など五分の魂ほどに扱ってもらえないものだということをつくづく思い知らされた。
 そして『硫黄島からの手紙』は戦時下で一個人の命がいとも簡単に、またいともたやすく奪われ失われていってしまったけれどもその命のもつ魂は存在していたという事を忘れてはならないということだ。
 『戦艦大和の最期』を読了した後の感想と似通うものが鑑賞後の心に残った。
 あくまでも冷静、冷徹な視線、しかしながら人としての情がきちんと描かれている。
 簡潔がゆえに無駄の無い非情さが静かに且つしっかりと伝わってくるものがあった。
 
 是非、観て欲しい、と思う。
 そして、この2部作を創り上げたクリント・イーストウッドという監督に敬意と感謝を申し上げたい。
 『ありがとう』と。

2007年1月 1日 (月曜日)

2007・謹賀新年

200711
白バイの先導で最初の走者がやってきました

あけましておめでとうございます

 2007年亥の年、自治会主催のカウントダウン・パーティーで無事大童の内に明けました。
 毎年毎年、様々な事があり、1日1日が過ぎていきます。

 光陰矢のごとし 
 
 年年歳歳、一日が短く感じます。
 それもまた、新しい年を迎えるということなのかもしれません。
 元旦恒例となったビル簿旦那の会社陸上部が出場する“全日本実業団駅伝”、ニューイヤー・駅伝へ出発を年頭にした準備+実家での新年会準備完了は夜中の3時近く、それから寝て6時起床。
 結構厳しいですが、それもまた、我が家の行事。
 そそくさとお雑煮頂いて群馬県・太田まで今年は電車で行きました。
 8時スタートでなので当然ですが中継は見られません。
 見られない間になんと1区一位で快走!
 太田についたら既に3区、でもそこで吸収されて2区で2位だったのですが後はもう団子のしっぽ。
 今年は応援にも昨年に増して力が入っていてウィンドブレーカーに帽子まで用意されていました♪
 デジカメで1G用意、フィルムの枚数気にすることはありません。
 我が家はいつもの応援ポジションへ早めにでかけて旗ざおに応援幕を広げる位置を確保し選手が来るのをまっていたら車規制が上手く行かず反対側は止められた車がそのまんまで写真を撮る方としちゃ大慌てをしました。おまわりさんには目を瞑ってもらって車道にちょいとでて撮る事に。
 選手たちは本当に速い。
 予想外の展開に少々あせりましたがなんとか写真はとれたようなのでホッとしました。
 陸上部も目標の19位までというのは達成できませんでしたが24位でゴール...♪
 日本各地の代表として出場するのですからそれなりに補強や投資がなくてはとてもとてもオリンピックや世界選手権に出て行くようなチームの選手たちと同じコースをはしることなぞできないと改めて思いました。
 明日は箱根駅伝。
 駅伝で始まる我が家の正月、大変ではありますが、なかなか毎年楽しみでもあります。
 出場された選手の皆様、健闘ありがとうございました。

 『新年明けましておめでとうございます』

 今年もよき一日を重ねてよき一年と為す、それを心がけてまいろうと思っておりますので何卒よろしゅう、お願い申し上げます。
 

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鳥撮りです

お世話になります

My Nyans

  • DeBoomo=Zash 巨猫団入団!
    新メンバーとして許可されました 025
  • 巨猫団入団!!
    ☆我が家の癒しの権化@妖怪まくらぬし、くまっちが晴れて巨猫団の団員として認められました...。 今後ともご別懇に♪ 巨猫団。 くまっちのとても素敵な想い出になりました。 1_667
  • ☆ちびおでん
    oden その年は子猫の保護に翻弄された年でしたが、その第一弾がこの子でした。マンションの通路1階においてあったタイヤ(共用部分なのでホントは不法なのだが...)のなかで泣いていたのを私が保護せざるを得ない状況でつれて帰ったのが始まり、約一週間後に実家から持ち込まれた鼻気管炎の子、そして2ヶ月後に生まれたての3匹が排水管に投げ込まれ...結局9月に我が家には9匹の猫がいた勘定になるが、哀しいことに生まれたてのチビちゃん2匹は神様がお手元にお寄せになられしまわれた。新しいお家を探し始めたものの最初に保護した子はとってもナーバス、猫と飼い主になる方との試験期間もこの子には無理かもしれない、獣医の薦めにのっかって2匹を手放した寂しさに負け残したのがチビ・オデン。もっとましな可愛い名前を思っていたのにいつの間にかメリーが毛色などから『おでん』と呼んでいたのが定着、やれやれである。ただいま2歳、我が家のトラブル・メーカーである。毎日のように大好きなメリー兄ちゃんを困らせているしちょいちょいと隠れちゃ出す爪でストッキングの伝染被害増加中。さんざっぱら『あれ、いや。これ、いや』だが夜中にそっとやってくるチビちゃん、棄てられた子の心を治す事なぞできるものではないのだと改めて思う。『どーして、おにいちゃん困らせるの?!』今日もメリーの小言が聞こえています。
  • ☆通称・クロちゃん
    kuro クロチャンの本名は長いです、彼女が何かしでかすごとに名前がくっついて行きました。 “はげちょびっち・くろぷーすけぴー・たりりんぼまーる・かす”我が家最強にゃん、ちっぽと癒しの権化くまっちと兄弟とはとても思えない“不出来”な妹です。ちっぽたちはお腹に居る時から『モンプチ』などの高級カンカンで育ったのですが、諸問題が勃発、本当は避妊手術してクロちゃん達は生まれない予定だったのです。トラブルメイカーのためにくまっち達の育ての親代わりの方達が引っ越されてしまい、クロチャンたちも生まれてしまいました...。その後なんとかクロチャンたちのような事にならぬようクマかあちゃんは避妊の手術しましたが結局生まれた5匹の内里子にだせたのは『紋次郎』と名前を付けられた子とあまりの臆病とお間抜けに里子に出せなかったクロちゃんだけ。紋次郎も里親さんと連絡取れにくくなり元気でいるのかどうか不明になっています。契約書を取り交わす事を決意したのはそういうことからもあるのですが、なんにしてもクロチャン保護に当たっては結構大変でマンション自治会のメンバーとも一戦交えた事も。『野良なんか人に馴れるもんか』といわれましたがそんな事はありませんよ、自治会メンバーの一人であるピル簿旦那の帰りを心から待ちわびるのはクロチャンですから...。 ***2014年9月9日14時32分、16歳、右目した瞼にできた腫瘍により虹の橋を渡りました。
  • ☆みぃちゃん*********************2006年8月11日 肝嚢胞により死去、推定年齢15歳
    mie 三毛のみぃちゃんは12年も外暮らしをしていたしっぽの短いチイチャクて痩せた老猫です。面倒を見ていた方が引越しされてからずーっとそれとはなしに管理人の目を盗んでご飯をあげたりしていた。ペットクラブ設立を機に管理人さんに事情を話していつでも家に入れられるようにご飯をあげてなれさせたものの果たして我が家に来てくれるかどうか心配だった。老齢化が目に付きそろそろと思っていた矢先に子猫騒動で保護が伸びてしまったが冷夏と暖冬に救われた。しかし、東京も結構雪が降るんです、1度保護に失敗して様子を改めて見ていたのですが2月霙の夜、風邪を引いたのかよろけるように隠れ場所からでてきたのを見て援軍の息子二人を引き連れ有無を言わさず保護。しばらくはケージ暮らしをしてもらいましたが現在テーブルの下をわがテリトリーにして暮らしています。歯がもう抜けてしまっているのでお粥のようにしてあげいますが食欲旺盛。カリカリも食べたがりますがやっぱり丸呑みになるのでばあちゃんだけ別メニューです。多分12歳、ですから人間で言うと90才くらいでしょうか。目が余り良くないせいもありマンション敷地内でちんまり大人しく暮らしていたことが良かったのかも知れません。おしっこをあっちこっちにしてしまうので気をつけなきゃいけませんがペットシーツで済めばいい事。何にしても“長生きしようね、頑張ろうね..”です。
  • ☆ぎずも・ぐれむりん
    gizmo ☆ギズモ・グレムリン *********2009年7月1日。 慢性肝炎からの胆石と急性の膵炎により、手術後、急逝。享年10歳。 通称ギズくん、もしくはちゅーくん、は保護する前はどんな目に会って来たんだろうか。とにかく鳴けない、のどもごろごろしない、小心者というよりとにかく臆病だ。地震雷台風は大嫌い。すぐに情緒不安定になってしまう。くまっちに抱っこしてもらいなめてもらわない手落ち着かなくて寝られない。可愛い外見ではわからない彼には痛みが残っている。里親ポスターすら作らなかったのはギズモだけだった。まぁ、マンデに似ていたことも里親探すこともしなかった理由でもあるんだけれど。
  • ☆癒しの権化 くまっち
    *********2007年5月14日午前2時38分多臓器不全により死去 kumakun クマッチ君です。ちっぽとは同腹の兄弟ですがクマ母ちゃんがどうしても預けてくれず2年半ほど外暮らしを経験。ただし、幼少時お世話をしてくださった方にとっても大事にされたためとても性格が◎。その体格といいまさに癒しの権化でございます。セラピスト・クマッチの力は絶大。傍にこられただけでもの皆安らぎに包まれふかーい眠りに誘われてしまうのです。定期試験の前は入室制限をさせてもらってます...。
  • ☆ちっぽ
    20041126chipo とにかく、我が家最高最強のニャンです。 7月7日にクマかあちゃんから預かりました、可愛くってお利巧で、人の心をなにより判っています。ワイルドストロベリーといっしよのちっぽちゃんです

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