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2007年1月 6日 (土曜日)

硫黄島からの手紙

Sazanka


重い・想い

 ビル簿旦那の希望もあるし、2部作、というならやはり観て置かなくてはならない、と思っていた。
 それ以上の理由として、あの戦争を体験した親を持つ子どもの義務であり責任でもあるとも思っていた。
 しかし、戦艦大和のあの映画ははなっから鑑賞するつもりは全くなかった。
 基にしたものが吉田満氏の著作ではないことを知ったからである。
 CMにも違和感があったし、所詮“感動”を売りにするいつもの類だと思えたのだ。
 ビル簿旦那はいたく感激し、11月一周忌の法要のため早めに広島入りしたメリーに是非大和ミュージアムに行くように薦めた、というより“行って来い”に近いものがあったようで、時間もあったからとメリーは素直に出かけた。行って無駄ということはない。しかし、展示を見て不思議に思えたのは父の感激振りだったようで“なにがああも感激したのかな?”といぶかしく思ったらしい。一言ではない幾つもの様々な要因が重なったのだろう。その要因は恐らくビル簿旦那にも明確には解らないものであろうとも思う。
 試写会で『父親達の星条旗』を観た。
 『硫黄島からの手紙』は、観るべきだとその時決心していた。
 確かに重い。
 硫黄島が軽くなるわけも無いのだが...。
 『玉砕』=硫黄島。
 父は台湾で終戦を迎えたが、硫黄島の激烈過酷を極めた米軍の物量との戦いぶりは父たちにも聞こえていたのだろうか。父は海軍の通信兵だった。
 玉砕、ということばも父から教わった言葉であり玉砕とは硫黄島のことでもあった。
 『山の形が変るほどの砲撃』とはいかなる凄まじい攻撃だったのか、想像を絶した感を抱いていたが実際に残された写真や映像は、確かに『想像をぜっする』ものだった。
 改めてクリント・イーストウッドという俳優でありアカデミー賞受賞監督が『硫黄島』の激戦を映画化すると言うニュースはちっよとした驚きだったが、彼ならこれまでとちがう『戦争映画』を作るのではないか、という期待もあった。
 その期待は、『硫黄島からの手紙』により完結し報われたと思えた。
 米軍側からの視点で作られた『父親達の星条旗』は個人がいかに国家によりつぶされてしまうのか、戦争という事実の中では一個人の思いや良心など五分の魂ほどに扱ってもらえないものだということをつくづく思い知らされた。
 そして『硫黄島からの手紙』は戦時下で一個人の命がいとも簡単に、またいともたやすく奪われ失われていってしまったけれどもその命のもつ魂は存在していたという事を忘れてはならないということだ。
 『戦艦大和の最期』を読了した後の感想と似通うものが鑑賞後の心に残った。
 あくまでも冷静、冷徹な視線、しかしながら人としての情がきちんと描かれている。
 簡潔がゆえに無駄の無い非情さが静かに且つしっかりと伝わってくるものがあった。
 
 是非、観て欲しい、と思う。
 そして、この2部作を創り上げたクリント・イーストウッドという監督に敬意と感謝を申し上げたい。
 『ありがとう』と。

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  • ☆みぃちゃん*********************2006年8月11日 肝嚢胞により死去、推定年齢15歳
    mie 三毛のみぃちゃんは12年も外暮らしをしていたしっぽの短いチイチャクて痩せた老猫です。面倒を見ていた方が引越しされてからずーっとそれとはなしに管理人の目を盗んでご飯をあげたりしていた。ペットクラブ設立を機に管理人さんに事情を話していつでも家に入れられるようにご飯をあげてなれさせたものの果たして我が家に来てくれるかどうか心配だった。老齢化が目に付きそろそろと思っていた矢先に子猫騒動で保護が伸びてしまったが冷夏と暖冬に救われた。しかし、東京も結構雪が降るんです、1度保護に失敗して様子を改めて見ていたのですが2月霙の夜、風邪を引いたのかよろけるように隠れ場所からでてきたのを見て援軍の息子二人を引き連れ有無を言わさず保護。しばらくはケージ暮らしをしてもらいましたが現在テーブルの下をわがテリトリーにして暮らしています。歯がもう抜けてしまっているのでお粥のようにしてあげいますが食欲旺盛。カリカリも食べたがりますがやっぱり丸呑みになるのでばあちゃんだけ別メニューです。多分12歳、ですから人間で言うと90才くらいでしょうか。目が余り良くないせいもありマンション敷地内でちんまり大人しく暮らしていたことが良かったのかも知れません。おしっこをあっちこっちにしてしまうので気をつけなきゃいけませんがペットシーツで済めばいい事。何にしても“長生きしようね、頑張ろうね..”です。
  • ☆ぎずも・ぐれむりん
    gizmo ☆ギズモ・グレムリン *********2009年7月1日。 慢性肝炎からの胆石と急性の膵炎により、手術後、急逝。享年10歳。 通称ギズくん、もしくはちゅーくん、は保護する前はどんな目に会って来たんだろうか。とにかく鳴けない、のどもごろごろしない、小心者というよりとにかく臆病だ。地震雷台風は大嫌い。すぐに情緒不安定になってしまう。くまっちに抱っこしてもらいなめてもらわない手落ち着かなくて寝られない。可愛い外見ではわからない彼には痛みが残っている。里親ポスターすら作らなかったのはギズモだけだった。まぁ、マンデに似ていたことも里親探すこともしなかった理由でもあるんだけれど。
  • ☆癒しの権化 くまっち
    *********2007年5月14日午前2時38分多臓器不全により死去 kumakun クマッチ君です。ちっぽとは同腹の兄弟ですがクマ母ちゃんがどうしても預けてくれず2年半ほど外暮らしを経験。ただし、幼少時お世話をしてくださった方にとっても大事にされたためとても性格が◎。その体格といいまさに癒しの権化でございます。セラピスト・クマッチの力は絶大。傍にこられただけでもの皆安らぎに包まれふかーい眠りに誘われてしまうのです。定期試験の前は入室制限をさせてもらってます...。
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    20041126chipo とにかく、我が家最高最強のニャンです。 7月7日にクマかあちゃんから預かりました、可愛くってお利巧で、人の心をなにより判っています。ワイルドストロベリーといっしよのちっぽちゃんです

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