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2007年4月

2007年4月28日 (土曜日)

119の命

ブルセラ症処分

 お役人は平気で使います。
 
 処分
 安楽死
 防除
 
 総て、「人の手で命を奪う」ことです。
 管理さえ、しっかりしていれば命を失うこともない病でも、感染の言葉でいとも簡単に、命を奪う錦の御旗にしてしまいます。

 大阪府の女性知事は、見たのだろうか。
 自分たちが命を奪うと決定した犬たちを。
 獣医同士、大変だな、と思いながらも犬たちを救おうとしたのを断ち切ったのは何故なのでしょうか。
 そんなに簡単な数字だろうか、119匹の命。
 怖かったろう。
 辛かったろう..ずーっと狭い折の中で自由を奪われ、惨いほどの抗生剤を投与され命果ててしまった子もいる。
 もう、戻らない119の命。

 命を救うために命を奪うなんてきれいごとを言わないで欲しい。
 
 安楽死なんて絶対にない。
 ほんのわずかでも生きられるのなら、動物は生きたいのだから。
 安楽死なんて言葉使うな。

 ただ、もう、冥福を祈るしかない。
 
 ショップで生体を売る限り、素人ブリーダーや商売目的のブリーダーを野放しにしている限り119匹の犠牲だけでは終わるわけがない。これからもずっとずっと、こんな哀しいお話は続いて続いてもっとひどい事が起きるだろう。
 動物の愛護と管理の法律

 絵の中の餅だって、実際に虐待された動物たちの為に時間もお金も労力も総て使っている人たちからの声が虚しく響く。子猫を捨てる、町の猫を苛める、それだって充分法律に反している行為なのに罰せられる事がない法律。
 ペットを飼っている人、売っている人、どれだけ知っているのだろうか。
 公開したから捕まったけれど、虐待や憂さ晴らしでペットショップから動物を買っている人たちがいるのにショップで生体を商売にしている以上欲しいといわれれば平気で渡す、そして虐め殺してまた買いに行く。
 「お買い上げ有難うございます」
 そして、また命は消え、商売繁盛。

 生体のショップでの販売を禁止すること。
 動物センターのほかに里親探しのための保護シェルターの設置

 本当に動物たちの事を考えるというならここまで踏み込んで施策してほしいが、平気で言葉で誤魔化してしまう。

 安楽死・防除・処分= 「殺してしまえ」

 国の役人から地方の役人の天辺にいる人には、この胸の重さはわからないだろう。
 自分が手を下さないからね、死体を見るわけじゃないからね、想像力もないだろう、あったら、自分が下した命令でどういう光景が展開されることになるのかわかったらとてもじゃないけれど平気でなんかいられないだろうに。
 見えないから、平気なんだね


 119の命が消えました。
 
 
 

 
 
 
  

2007年4月19日 (木曜日)

諭吉

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ローズマリーが咲きました
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アップル・センテッド・ゼラニュームも咲きました、春なんですが、めちゃめちゃ寒いのは...??

ペットの医療費

 はぁ~。
 とりあえず我々にはビル簿旦那のおかげで保険が利いて、医療費3割です。
 しかーし!
 人間より数の多いにゃんたちはまるまる10割、100%医療費かかります。
 とくに気になるクマッチもちっぽも既に保険にはは入れない年齢だし、ココとこっちゃん抜いて保険費出してもらったら毎月7000円も支払う事になるという概算がでて..諦めました。

 まいどお馴染みの猫友のみなさん、宝くじ当たるといいねぇ...といい合います。
 シェルター作りたいね
 外猫ちゃんのための病院つくりたいよね
 猫屋敷、建てたいよね
 文句言われずににゃんたち保護したいし育ててあげたいよね

 宝くじ、あたったらね....
 
 当然、当たりゃしないんですけど夢はみたいです。

 獣医に行く時はいつも財布の中に諭吉がいないととっても不安です。
 そして、帰りには諭吉が居なくなり、あるいは徒党をくんで出て行かれます。

 そういう時は宝くじが当たる事とため息がでます。

 されど、されどなんですが、黙って出て行かせます。
 それでにゃんたちが少しでも楽になってくれたら...元気になってくれたら、それが何より一番だから。

 今日もあっちで。
 そしてこっちでため息がつかれます。

 はぁ~と。

 また、諭吉が出て行かれましたか??

 後悔をしない、できることをしよう。
 でも、振り子のように心は揺らぎ振られ迷い続けます。
 7にゃんず。
 飼うことの責任をまっとうすることと医療費と、常に振り子はゆらゆらゆらり、なんですよ。

2007年4月18日 (水曜日)

The Children of Hurin

翻訳版は?
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 熱帯雨林からお知らせメールが届きました。
 出るんですね...わかっていたことではありますが、複雑。
 イラストはアラン・リーです。
 
 誘わなくたって、そりゃ、読みたいですよ!!
 でも....。

 UTが『終わらざりし物語』として翻訳出版されたことを考えれば100%望みがない、という事もないだろうけれど、ホビットが映画化されない限り、ちょっと翻訳版がでるとは考えられない。
 又、それを『誰が』翻訳するかも大きい。
 山下なるや氏が再び、というのは現実的ではないだろうし、かといってH書房が版権取ったらもう、諦めるしかない。
 原書だけでも購入するか??
 
 嗚呼、されど、である。読めないものを買ってどうする?だ。
 
 悩ましい、嗚呼、なんと悩ましいのだろう。
 誰でも彼でも言いと言うものではないのだよ、本を楽しく読むには。

 嬉しくもあり寂しく切ない。
 やれやれ。

2007年4月15日 (日曜日)

平々凡々の人生

同窓会

 高校の同窓会があった。
 前回は祝い事があってどうしても出席できなかったから4年ぶりくらいになるのだろうか。
 幼稚園から4年制大学までの一貫校。
 私のときは最終は短大までだった。
 今は短大は廃止され大学になったが幼稚園からとうとう短大まで通った。
 だから、いつだったか「この柱くらいあなたのものかもしれないわね」なんていわれたこともあった。
 
 今回、約5分の一にあたる約40名ほどが参加した。
 言わずもがなだが、みな五十路である。
 しかし、みんな若いしあの頃の面影は変わりないものがあって、ニックネームや当時のセーラー姿が思い浮かんでも苗字が出てこないのには、参った。
 名札、必要です。
 でも、すぐ「ああ、○○さん♪」となるのは我ながら思い出すことが出来てホットもするし嬉しい。
 別々のテーブルにはなったが楽しく幹事の方々のおかげで美味しい遅めではあるがお昼を楽しみ、後顧の憂いなく「オバサン」たちはお茶の2次会、オチャケ入りの3次会へと自然に突入。
 子どもの話、夫婦の話、趣味の話、来なかったほかの人たちの近況など、話すことはいくらでもある。
 高校卒業してすぐに結婚した人。
 玉の輿、といわれた人。
 一般からすれば「幸せな結婚式」を挙げたと思われる人。
 みんなそれぞれ、いろいろな道を歩んできた。
 離婚もあれば再婚もある。
 一人一人が過ごしてきた30有余年だ。

 『「平凡に暮らす」事って一番難しい事なのかもしれない。』

 端から見れば玉の輿、と思われた結婚をした人の言葉には彼女のこれまでの道程があり、ずっしりとした人生の重さを感じる。
 小説上中下巻3冊になるくらいよ、と笑っていた。
 聞くほうもそれぞれ、何も無いことはなかっだろう。
 私とて人様に語るほどのことはない普通の人生とくくられてしまうだろう道程ではあるけれど、それはそれで平々凡々では、なかったと思っている。波の大きさ、風の強さの差こそあれ、みんな「平々凡々・平凡」な道ではなかっただろうな、皆大変だったんだろうし今も人生真っ最中、真っ只中の人生の途上なのだ。
 来られなかった人たちはどうしているのだろう。
 来られなかったのだろうか。
 来たくなかったのだろうか。
 それも、人それぞれ、自分が行ける幸せを思った。
 
 「同じくらいでしょ?」
 3次会もお開きにしてオチャケあり、のお店から帰ろうとした時偶然エレベーター乗り合わせた黒一点が多少のアルコール入りで一緒に駅までくっついてきてそう言った。

 フフン、だ。

 干支は?
 戦後何桁?
  
 「えっ??????」
 
 確かにね、ご一緒した皆々様は同窓でも一目置かれていたくらいの元美少女達でございましたからとても五十路で孫もいる方も、なんては思えませんでしたでしょうね。事実は7つも年下と知ってとても見えませんとかなんとか言って早々と退散して行きました。
 
 そうよ、そうよ。
 ココにいる方たちはね、人生の荒波を乗り越え大嵐をかいくぐってきた人生練達のツワモノなのよ、一昨日へおいでな!である。
  
 何かの縁あって過ごした6年間(中には幼稚園から一緒で14年一緒なんていう方もいますけど)ご一緒した同窓というのは、お互い時を過ごし道を歩いていけば行くほど、懐かしく何より替え難い人たちになっていくのだと回を重ねるほどにそんな思いは深くなっていく。

 今思い出しても恥ずかしい過去や忘れてしまいたい事実は、同窓の記憶として残り消しゴムで消すことも出来なくて、いつまでも私という人間のイメージとして残ってしまうだろうし、突然そんなことを思い出して思わず声が出たりすることもあり、今でもくよくよ考えてしまう事もなくはない。けれどもそれ以上に同じ学窓に過ごした人たちと出会うことは得難いものがある。
 
 消しゴムで消せるなら消し去ってしまいたいこともいまだあるけれど、私もねあれから30年過ごして、少しはよくなっていると思うから、又の機会に会いに、参加してもいいですよね?
 
 25回生の皆様、楽しかったです、これからも何卒ヨロシク、です。

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某ホテル・有名和食のお店が会場でした

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オチャケ入り会場は同世代とそれ以上と思われる方々でいっぱいでした。ビル簿旦那、さすが知ってました。


 

2007年4月 8日 (日曜日)

皇居

皇居


皇居
ちよだの春

毎度のセールです。
メリー君と科学技術館へ朝七時に着くように出発、今猛烈に眠いです。
 
 追伸
 これ、昨日、帰宅途中の社内で記憶が途中で3度ほど途切れながらもようやく送信したものです。
 このセール、欲しいものがあるなら早起きは必至、です。
 行くなら、第一日目になる土曜日の朝一番で入らないといけません。
 2時間前だったらすぐに入れないと考えたほうがよろしい。
 というのも、他じゃ絶対にないという今期ものの値段です。
 最近素人でもネットオークションとかで転売目的で大量に購入して普通の株主とかクレームを持ち込まれたりとかで会社側も困っていて、同サイズをいくつも買い込んだりするのを制限したりしているのですが、何せ絶対割引にならないものが10%オフにしても絶対に利ざやが稼げるくらいに安くなるのです、人気のブランドが、です。
 会社側もいろいろ手を打っていますが、転売目的の輩は後を絶たず、人海戦術を繰り出してちまちまと年2回の株主優待を楽しみにしている者たちを吹っ飛ばしてくれます。メリー君もさぁ、サイズを、と思っていたらいきなりずらーっと目の前の品物をごっそり持っていかれて唖然としてしまいました。あれほど欲しいと思ったらとにかく袋に入れないとなくなるよ、と警告していたのですけど、まさかそこまでとは思いも寄らなかったようです。でも、1度行ったら普通じゃ買えない値段で欲しいモノ、いいものが手に入るのですから朝がどんなに早かろうと、文句言わず付いてきます。
 とにかく、このセールは時間が勝負です。
 欲しいものの所へ即座に行き気に入ったものはとにかく袋に入れること。
 正味30分が買い物であと30分でより分け、あと30分で元に戻し会計してもらいます。
 これ以上かかると又も行列を覚悟しなくちゃいけません。
 昨日は2日目だったけれどやっぱりスゴイ人です。
 なんとか一合戦済ませ外に出たのは11時30分、ま、予定通りでした。
 唯、昨日はご近所の日本武道館で日本で一番付属高校が多くて学部のある大学の入学式が午前と午後と分かれて挙行されたので最寄の地下鉄入口に入るのに並んでいる有様でした。午前の部に出席した(甥っ子たちもその中に居た)新入生とその家族でどこもそこも一杯状態だったのでお昼も近辺は無理だろうとお天気もよかったこともあり戦利品ぶら下げて皇居沿いにぷらぷらと遅咲きの桜をめでつつ東京駅まで歩くことに。
 お昼は赤レンガの東京駅と電車たちを見ながら丸ビルでお望みどおりのランチを頂いて快速に乗って帰りました。最初の送信はその時りもの。朝早かったし、セールでもまれて、その上歩いて...意識が朦朧としてしまいました。

 散りぬれど 水面飾りし 桜かな

 春だなぁ...の一日でした。

追伸の追伸
 選挙投票済ませて一休みしていた時です。
 突然ニャンの悲鳴に起こされてあわてて飛び起きた時に毛布に人差し指を引っ掛けてしまいました....。
 あまりの激烈な痛みに呻いて動けなくなりました...。
 痛みが無くなってきて腫れもひいたかな、少しは早く良くなるかな、なんて思っていたので正直ショックです。
 痛みがぶり返してしまい昨夜はキーボード打つのが嫌なくらいでした...嗚呼・ヤレヤレ..です。
 

2007年4月 2日 (月曜日)

厄払い

 骨折

 一難さって又一難。
 
 KOHのディレクターズ・カット版鑑賞会+音楽を愛でる+美味しいごはん、という集まりが31日にあった。
 考えてみると最初から不可思議な予兆というようなものが浮遊していたのかもしれない。
 
 まず「0番」のバス乗り場。
 妖怪バスの乗り場じゃあるまいに、0番から始まるという乗り場って他にもあるのだろうか。
 それにしても、初めての所へそれも絶対に「楽しい」ことが待っているに違いないところへ行くに、なんと相応しいわくわく+ドキドキに溢れているシチュエーションではないか...!
 猫バスでもいいな、とも思った。
 ところが、である。
 11時40分発に乗らないと間に合わないというのに、その11時40分のバスが来なかった。
 待てと暮らせど、来ない・見えない。
 仕方がない、集まったメンバーが分乗してタクシーに乗りましょうか、とタクシー乗り場へと歩き出したらようやく15分ほど遅れで到着。
 「自然渋滞の為の遅延」だったそうな。
 ...やっぱり、妖怪バス(色は猫バスっぽい色だったけど)でどこか亜空間か異界を通ってきたのだろうとジョークめいて停留所に自然集合したご同道の方々と笑ったが、マジにそうだったかもしれない。

 で、集まりはとても楽しく、お昼に着いてお邪魔したおうちを辞したのは既に10時過ぎ。
 電車のほうも思ったよりずっとスムーズに来て何事なく、と思っていたら途中から雨が降り出してきた。
 そして最寄の駅から2つ前の駅からずぶぬれになっている人や元はおそらくビニール傘であったろう、というくらい壊れた物体を手にした人が乗車してきたのを見てこれは生半可な風じゃない事がわかった。
 既に明日まで30分を切った頃ようやく最寄り駅についたが確かに台風にような風と雨だった。
 これは無理かも、と傘を差すのを諦めて自転車に乗ろうとしたら風が収まったのだ。
 行けるかな、と12本骨の傘だしとさしてさぁ、漕ぎ出そうとした時だった。
 ものすごい風が吹き始め前にも進めず傘と自転車のハンドルを必死に押さえて、なんとか傘をしまおうと思ったものの、自然の力は凄まじい。
 自転車駐輪所と柵を越して傘が吹っ飛んだらそれこそ大変と右手でなんとか傘を飛ばされないように頑張らないと、と力を込めた瞬間だった。突風が巻くようにして傘をもぎ取っていったのだ。幸い駐輪所に引っかかってくれたからいいけれど、12本骨傘は壊れはしなかったが骨がゆがんでしまっていた。
 そして、もっとゆがんだのが私の右人差し指だった。吹っ飛ばされた瞬間、指も持っていかれたかと思うほどだった。すぐに傘をとりに行ったけれど指の感覚がない、しびれているのだ。そして痺れから激痛にかわり、指は動かなくなっていた。
 やばいなぁ、痛いなぁ、と強風で舞い散らされる雨の中、息を切らして帰ったけれど家の中に入るとなおさらに痛みがひどくなる。

 「あれ、メール見てなかった??」
 台風みたいだったから迎えに行こうか、というメールを打ったというのだが、間に合わなかった。

 湿布して固定して氷で一晩冷やした。
 とにかく動かない事だと電話をしてきたパパさんの言うとおりに処置したが、指というより付け根が腫れてきている。

 帯状疱疹についでの災難である。
 「一体全体なんなんだよぉ!!」
 である。

 そして、月曜。
 帯状疱疹の再診のときに整形外科で診て貰った。

 「レントゲンでみるとひびが入っていますね、ま、骨折しています。」
 「固定していたのはよかったですよ。ずれていたら手術でしたからね。」
 「3週間固定して様子を見ましょう。」
 「通院してくださいね、来週予約入れておきますから。」

 曲げるな、動かすな。
 したくても出来ません。

 骨折したとメール送ったらメリーから返信が来た。

 「お大事に...」
 クマッチ再度下の牙を抜歯するために入院したという内容と共に戻ってきた返信。
 クマッチと私、どうも今年の方角はよくないようだ。

 やっぱり成田山じゃなくて川崎大師に行かないとだめかしらん...


みよ、このテーブルを!!もっとおいしいものがこの後次々と現われまして...至福のご飯でした♪
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鳥撮りです

お世話になります

My Nyans

  • DeBoomo=Zash 巨猫団入団!
    新メンバーとして許可されました 025
  • 巨猫団入団!!
    ☆我が家の癒しの権化@妖怪まくらぬし、くまっちが晴れて巨猫団の団員として認められました...。 今後ともご別懇に♪ 巨猫団。 くまっちのとても素敵な想い出になりました。 1_667
  • ☆ちびおでん
    oden その年は子猫の保護に翻弄された年でしたが、その第一弾がこの子でした。マンションの通路1階においてあったタイヤ(共用部分なのでホントは不法なのだが...)のなかで泣いていたのを私が保護せざるを得ない状況でつれて帰ったのが始まり、約一週間後に実家から持ち込まれた鼻気管炎の子、そして2ヶ月後に生まれたての3匹が排水管に投げ込まれ...結局9月に我が家には9匹の猫がいた勘定になるが、哀しいことに生まれたてのチビちゃん2匹は神様がお手元にお寄せになられしまわれた。新しいお家を探し始めたものの最初に保護した子はとってもナーバス、猫と飼い主になる方との試験期間もこの子には無理かもしれない、獣医の薦めにのっかって2匹を手放した寂しさに負け残したのがチビ・オデン。もっとましな可愛い名前を思っていたのにいつの間にかメリーが毛色などから『おでん』と呼んでいたのが定着、やれやれである。ただいま2歳、我が家のトラブル・メーカーである。毎日のように大好きなメリー兄ちゃんを困らせているしちょいちょいと隠れちゃ出す爪でストッキングの伝染被害増加中。さんざっぱら『あれ、いや。これ、いや』だが夜中にそっとやってくるチビちゃん、棄てられた子の心を治す事なぞできるものではないのだと改めて思う。『どーして、おにいちゃん困らせるの?!』今日もメリーの小言が聞こえています。
  • ☆通称・クロちゃん
    kuro クロチャンの本名は長いです、彼女が何かしでかすごとに名前がくっついて行きました。 “はげちょびっち・くろぷーすけぴー・たりりんぼまーる・かす”我が家最強にゃん、ちっぽと癒しの権化くまっちと兄弟とはとても思えない“不出来”な妹です。ちっぽたちはお腹に居る時から『モンプチ』などの高級カンカンで育ったのですが、諸問題が勃発、本当は避妊手術してクロちゃん達は生まれない予定だったのです。トラブルメイカーのためにくまっち達の育ての親代わりの方達が引っ越されてしまい、クロチャンたちも生まれてしまいました...。その後なんとかクロチャンたちのような事にならぬようクマかあちゃんは避妊の手術しましたが結局生まれた5匹の内里子にだせたのは『紋次郎』と名前を付けられた子とあまりの臆病とお間抜けに里子に出せなかったクロちゃんだけ。紋次郎も里親さんと連絡取れにくくなり元気でいるのかどうか不明になっています。契約書を取り交わす事を決意したのはそういうことからもあるのですが、なんにしてもクロチャン保護に当たっては結構大変でマンション自治会のメンバーとも一戦交えた事も。『野良なんか人に馴れるもんか』といわれましたがそんな事はありませんよ、自治会メンバーの一人であるピル簿旦那の帰りを心から待ちわびるのはクロチャンですから...。 ***2014年9月9日14時32分、16歳、右目した瞼にできた腫瘍により虹の橋を渡りました。
  • ☆みぃちゃん*********************2006年8月11日 肝嚢胞により死去、推定年齢15歳
    mie 三毛のみぃちゃんは12年も外暮らしをしていたしっぽの短いチイチャクて痩せた老猫です。面倒を見ていた方が引越しされてからずーっとそれとはなしに管理人の目を盗んでご飯をあげたりしていた。ペットクラブ設立を機に管理人さんに事情を話していつでも家に入れられるようにご飯をあげてなれさせたものの果たして我が家に来てくれるかどうか心配だった。老齢化が目に付きそろそろと思っていた矢先に子猫騒動で保護が伸びてしまったが冷夏と暖冬に救われた。しかし、東京も結構雪が降るんです、1度保護に失敗して様子を改めて見ていたのですが2月霙の夜、風邪を引いたのかよろけるように隠れ場所からでてきたのを見て援軍の息子二人を引き連れ有無を言わさず保護。しばらくはケージ暮らしをしてもらいましたが現在テーブルの下をわがテリトリーにして暮らしています。歯がもう抜けてしまっているのでお粥のようにしてあげいますが食欲旺盛。カリカリも食べたがりますがやっぱり丸呑みになるのでばあちゃんだけ別メニューです。多分12歳、ですから人間で言うと90才くらいでしょうか。目が余り良くないせいもありマンション敷地内でちんまり大人しく暮らしていたことが良かったのかも知れません。おしっこをあっちこっちにしてしまうので気をつけなきゃいけませんがペットシーツで済めばいい事。何にしても“長生きしようね、頑張ろうね..”です。
  • ☆ぎずも・ぐれむりん
    gizmo ☆ギズモ・グレムリン *********2009年7月1日。 慢性肝炎からの胆石と急性の膵炎により、手術後、急逝。享年10歳。 通称ギズくん、もしくはちゅーくん、は保護する前はどんな目に会って来たんだろうか。とにかく鳴けない、のどもごろごろしない、小心者というよりとにかく臆病だ。地震雷台風は大嫌い。すぐに情緒不安定になってしまう。くまっちに抱っこしてもらいなめてもらわない手落ち着かなくて寝られない。可愛い外見ではわからない彼には痛みが残っている。里親ポスターすら作らなかったのはギズモだけだった。まぁ、マンデに似ていたことも里親探すこともしなかった理由でもあるんだけれど。
  • ☆癒しの権化 くまっち
    *********2007年5月14日午前2時38分多臓器不全により死去 kumakun クマッチ君です。ちっぽとは同腹の兄弟ですがクマ母ちゃんがどうしても預けてくれず2年半ほど外暮らしを経験。ただし、幼少時お世話をしてくださった方にとっても大事にされたためとても性格が◎。その体格といいまさに癒しの権化でございます。セラピスト・クマッチの力は絶大。傍にこられただけでもの皆安らぎに包まれふかーい眠りに誘われてしまうのです。定期試験の前は入室制限をさせてもらってます...。
  • ☆ちっぽ
    20041126chipo とにかく、我が家最高最強のニャンです。 7月7日にクマかあちゃんから預かりました、可愛くってお利巧で、人の心をなにより判っています。ワイルドストロベリーといっしよのちっぽちゃんです

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