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2007年5月

2007年5月26日 (土曜日)

先の話ですが

講座開催

 11月ということで随分先の話となりますが、伊藤盡先生の講座が開催されます。
 八王子学園都市大学の講座です。
 無料です。
 当日直接会場へ、ということです。
 

 「杏林大学公開講演会/八王子いちょう塾」

ゲルマンの英雄世界 -イングランドと北欧の伝説を詠う人々の心-
 杏林大学外国語学部助教授 伊藤 盡

日時:平成19年11月17日(土) 13:30~15:00
会場:八王子市学園都市センター・イベントホール


2007年5月22日 (火曜日)

カエラナイ

Kumachi0508

Kumachi0508last

Kumachi05082

 クマッチ、痩せてしまって、そんなクマッチを撮るのが憚られたのだけれど、ペットクラブ飼育更新のために入院直前、お天気が良かった事もあって写真を撮っていたようだ。
 更新したかった。
 たとえ、やせ衰えていてもいいから、更新書出したかった。

 看取ったとき、断末魔の苦悶をメリーは初めて知った。
 
 最初に実家で飼ったにゃんたろうの時のほうがもっともっと酷く、むごかった。
 けれど。
 メリーにとってはかなりショックだったのだろう、夜眠れないという。
 
 クマッチがいない、というこの事実、この現実に心底つらい。
 「死」というより「いない」ということ。
 見送るのは初めてじゃない。
 初めてじゃないけれど、送る、ということはどんなに心尽くしても後悔なしには送れない。

 いない。
 いない。

 い・な・い。

 ギズモは相変わらず情緒不安定。
 こっちゃんもまだ探している。

 朝、肩が痛い、張って痛くて起きる。
 突然、胸が苦しくなる、胃が不快感で一杯になる。
 吐き気が、突如襲ってくる。

 そして、涙腺が修復不能、となる。
 所かまわずに。

 薬を処方してもらった。
 薬に頼りたくないけれど、薬に頼るしかなくなってしまった。
 けれど、効かないのか、それても軽すぎるのか...やっぱり肩が張り、首筋が痛み、胃の腑が....

 クマッチが死んだ。
 クマッチを死なせてしまった。
 クマッチは、もう、いないという事実に打ちのめされている。

 いないことに慣れることへの罪悪感に打ちのめされる。

 失われたチャンスを声を上げてわめき散らして地団駄を踏み鳴らし取り戻したい。
 
 せんのないことばかり。
 しよーもないことばかり。

 明日また明けるのだろうな...そして「時」は行ってしまうのだ。
 
 クマッチが、いないことに慣れたくないのにね..

2007年5月14日 (月曜日)

クマッチ

 クマッチが虹の橋をわたりました。
 3月に歯が悪くなり抜歯の手術をして、食欲が回復せず、どこが悪いのかわからないまま、肝臓の状態が悪くなり、最後の望みをかけた手術もかえって負担となってしまいました。
 今日2時38分。
 亡くなりました。
 状態を聞き、先生の了解の下家につれて帰り、看取ったのことだけが慰めです。
 後悔ばかりです。
 見送るたびに後悔ばかりです。
 
 苦しい思いをさせてしまいました。
 結果論、と言う言葉に身をよせる気持ちもなくなってしまいました。
 
 誰よりもクマッチに依存していたのは私だとイウコトヲ嫌というほど思い知りました。
 
 どうしたらいいのか、今はただぼーっとしているばかりです。
 
 

2007年5月11日 (金曜日)

内藤濯と瀬田貞二

星の王子様展

 4月25日から銀座・松屋で「星の王子様」展が5月7日から開催され、その後全国を廻る事になっている。
 ようやく、最終日に行く事ができた。
 開店間際だというのに、中はもう、一杯になっている。
 最終日、ということもあったのだろうが、一つ一つ展示をみるのに結構時間がかかった。
 
 星の王子様、という作品は評判を聞いて、読んだ本の一冊だった。
 評判の割には、あまり心に残らない、というか、中学生だった自分にはどういうのだろうか、なんとも中途半端な感触しかなかった。
 子どもの本にしては、内容が難しく、かといってこどもらしい所が薄いように思えた。
 だから、これまで、それほどの印象がないというのが正直な所であった。
 
 星の王子様展がひらかれるのを知って、いの一番の感想は「好きなんだなぁ」というある種苦笑い的な感覚のものだった。それは、展示を見始めてからそう変らなかった。
 だが、それが一変したのは、ある声を聞いたからだった。
 
 若い、若いけれども特徴あるこの声は、と声に惹かれていくと朗読に絵本の絵があわされている映像のコーナーだった。説明をみて、確信。
 先だって亡くなられた岸田今日子さんの声だった。
 
 岸田さんが昭和38年7月、内藤氏80歳のお祝いに所属していた劇団雲のメンバーといっしょに吹き込んだもので、リールのテープを再生したものが流されていたのだ。飛行士は小池朝雄さん、狐は名古屋章さん、とすでに鬼籍に入られた名優が演じられている。
 
 ついで翻訳者、内藤濯氏の紹介コーナーでは、心臓がどきっとするよう文に出会った。

 「声を出して読むに耐えるリズムを重視した訳文」

 フランス語と英語のさこそあれ、瀬田さんも「幼い子の文学」にリズムを大切にすること、声に出して読むに楽しいことを留意して訳す事の大切さを熱心に説いていた。
 
 内藤氏は和歌を、瀬田さんは俳句を好まれていた。
 
 ふいに、涙が出そうになった。
 くくっとのどの奥が痛くなった。
 
 精錬刻苦し、翻訳した作品が時代の趨勢のなかで卑しめられ、酷評され侮られる。
 間違いは間違いとして正さなければならないが、「あれはいいけれどこれは間違い」というのならなにが間違いでなにが良いのか、きちんと訳例をもって誠実に指摘すべきではないだろうか。
 版権がきれ、一気に星の王子様の翻訳本がでた。
 問題になったのが「星の王子さま」というタイトルだった。
 内藤氏のご遺族がご異議を唱えられたれたのはもっとも至極な事だと私は思う。
 氏のインスピレーションが生んだタイトルは、氏のオリジナルのものに相違なく、そのままタイトルとして使用するのは恥ずかしくはなかったのだろうか、と翻訳者と出版社の見識を疑う。
 長年日本においては使われてきた以上版権と同じくオリジナル性はなくなっているという主張をしていると聞いた。果たしてそうだろうか。
 
 指輪物語もやがては版権がきれ、たくさんの瀬田訳とは違うものが出てくるだろう。
 新資料も瀬田さんが翻訳した頃とは比べ模様が無いほど豊富になった後年に翻訳するのは一体だれでどういう翻訳が出るのだろうか。
 
 星の王子様展のカタログは一種研究書の体をなしているほど内容がしっかりしているが、翻訳者内藤氏の所だけを読むのにも十分買った甲斐がある代物だった。

 「いづこかに かすむ宵なり ほのぼのと 星の王子の かげとかたちなり」

 内藤氏のこの歌に、音をくわえられたのは美智子皇后陛下。
 歌はそうして音楽になった。

 氏の望みはかなえられた。

 星の王子様が、今もこれからも愛される大きな理由は、内藤氏のこの作品への思いの深さに因る、そして私が指輪物語を愛するのも瀬田さんのこの作品への想いが伝わってくるからに違いない。

 正しい英語の訳するのと翻訳とは別なもの、英米文学の教授だからといって、翻訳者とは限らない。
 翻訳者になるのは教授になるよりずっと難しいことに思えるのだ。

 星の王子様展。

 一人の日本人の心を見る事ができ、思いがけない心洗われるものとなった。
 機会があれば、是非...。

Pa0_0073
クマッチが入院して挙動不審、落ち着きがなくなってしまったギズモ...クマッチ、手術かも..

 
 

2007年5月10日 (木曜日)

ねことハーブ

クマッチの入院

 クマッチがGW中、食事を取らなくなった。
 手を替え品を変えて、なんとか食べてもらおうと思ったが、どうにもいかず、遂に強制給餌した。
 5月は、メリーもピピンも、忙しい。

だいたいGWなんか、ない! 

 と、いうのがここ毎年の事。

 でも、どうにかやりくりして獣医に連れて行く。
 超音波での検査では良くわからず、預けて血液検査などをしてもらう事になった。
 歯の手術以来不調が続くので心配が募る。
 お昼に電話すると、肝臓の数値が悪いという。
 とりあえず入院して点滴治療を施す事になった。

 心配。心配。心配。

 クマッチは2年半、外暮らしをしていた。
 そのつけが廻ってくるんじゃないか、うちに来てもらってからずっと心に引っかかっていたことだ。
 なにせ、我が家に来てもらったときの有様は、泣けてしまうくらいぼろぼろになっていたからだ。
 可愛がって可愛がられて外暮らしといえど育ったクマッチ。
 やさしく、性格のよさは天下一品だった。
 だから、あまりのぼろぼろになった姿にうちに来てもらうこと以外何も考えられなかった。

 そして...クマッチは我が家にとって、いや、我が家で保護された子猫たちにとってかけがえのないやさしいくまっちおじちゃんになった。

 金曜日まで入院。
 明日だ。明日、朝先生のところで改めてどうするか、考える。

 諭吉がまたと徒党を組んで出て行くだろう。
 でも、クマッチの元気と癒しはかけがえがない。
 
 クマッチの好きなキャットミントにキャットニップの新芽が日々大きくなっていく。
 ゆっくりゆっくり鉢にすりすり、5月の風を満喫するクマッチが早く戻ってこられるよう皆がまっている。皆が願っている。
 ギズモが既におかしくなっている。
 挙動不審、きょときょと落ち着きがないのはクマッチになめてもらえないからだ。

 夏日かと思えば2月に戻る、なんて変な天候続きの今年。
 なんだかいつもの5月とは空気が違うようで落ち着かない。
 いるのがいないのも落ち着かない。

 そろそろベランダのハーブたちは見ごろになるけれど、共に愛でる相手がいないのは切ないこと限りない。

 クマッチ、早く帰っておいで!
そろそろ、ベランダ花盛り、いっしょに見よう、いっしょに楽しもうよ...。


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花ショウブも我が家ではお外に飾ります...

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ローズセンデッドゼラニュームのお花が手まりのように咲きました

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去年のニオイバンマツリ、少し大きくなってお花も一杯つけました、部屋まで香ります

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早く良くなれ...


 

2007年5月 9日 (水曜日)

溜飲

その後
 
 去年の夏、あのとんでもないホラーな小説家のエッセイを載せた某新聞社。
 今もお腹の中は、腹ふくるるままだが、ひょんなことからちょっと溜飲が下がった。

 去年、あまりの内容に掲載した新聞社の読者の窓口担当にメールをし、そして電話をかけた。
 その対応の傲慢な事に腹が経ちすぎて気持ちが悪くなるくらいアッタマくる対応の連続だった。
 で、その対応振りについてはここでも書いたし、猫の知り合いなどにしゃべりましたが、新聞社の対応はピントはずれの保身まっしぐらですべての責任は作者にあって掲載した新聞社にはなんら落ち度はない、という態度に終始していた。
 その上、タヒチ政府から刑事告発され処罰の対象になるのかとおもったあのホラーな小説家はお咎めもなく、ネットの被害者としてあっちこっちにすじの通らない自論を展開して儲けまくったのだ...。
 
 某新聞社は働く女性について熱心な記事掲載を行なっていただけにショックは大きかった。
 知っている記者の方もいたから余計にショックだった。

 で、久しぶり上司と打ち合わせがあるということで現われた記者さんになんとなくあの騒動を話した。
 
 『全くあの騒動は大変でした、読者担当窓口の対応がネットで流れまくって一体なんと言う対応をしたのだ、ということになり窓口担当者全員が叱責されかえられた』そうです。

 『どうぞ!』といったあのおじさんに横柄な態度のメール担当者。
 
 ひどかったよな...『ほら、あの件だよ、あの!』
 聞こえよがしの声がいまも鮮明に耳に残っている。

 傲慢にして慇懃無礼はなはだしかった読者窓口。
 結局、載せた責任も、書いた責任も問われず、のうのうとことは終わったとばかりのあの騒ぎの当時者たちにクツクツとした怒りは今も解けたわけじゃないけれど、ちょっこっと溜飲が下がった今日のお話。

 猫の神様、ちょっとはお仕置き下したのかな??
 
 
 
 
 

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鳥撮りです

お世話になります

My Nyans

  • DeBoomo=Zash 巨猫団入団!
    新メンバーとして許可されました 025
  • 巨猫団入団!!
    ☆我が家の癒しの権化@妖怪まくらぬし、くまっちが晴れて巨猫団の団員として認められました...。 今後ともご別懇に♪ 巨猫団。 くまっちのとても素敵な想い出になりました。 1_667
  • ☆ちびおでん
    oden その年は子猫の保護に翻弄された年でしたが、その第一弾がこの子でした。マンションの通路1階においてあったタイヤ(共用部分なのでホントは不法なのだが...)のなかで泣いていたのを私が保護せざるを得ない状況でつれて帰ったのが始まり、約一週間後に実家から持ち込まれた鼻気管炎の子、そして2ヶ月後に生まれたての3匹が排水管に投げ込まれ...結局9月に我が家には9匹の猫がいた勘定になるが、哀しいことに生まれたてのチビちゃん2匹は神様がお手元にお寄せになられしまわれた。新しいお家を探し始めたものの最初に保護した子はとってもナーバス、猫と飼い主になる方との試験期間もこの子には無理かもしれない、獣医の薦めにのっかって2匹を手放した寂しさに負け残したのがチビ・オデン。もっとましな可愛い名前を思っていたのにいつの間にかメリーが毛色などから『おでん』と呼んでいたのが定着、やれやれである。ただいま2歳、我が家のトラブル・メーカーである。毎日のように大好きなメリー兄ちゃんを困らせているしちょいちょいと隠れちゃ出す爪でストッキングの伝染被害増加中。さんざっぱら『あれ、いや。これ、いや』だが夜中にそっとやってくるチビちゃん、棄てられた子の心を治す事なぞできるものではないのだと改めて思う。『どーして、おにいちゃん困らせるの?!』今日もメリーの小言が聞こえています。
  • ☆通称・クロちゃん
    kuro クロチャンの本名は長いです、彼女が何かしでかすごとに名前がくっついて行きました。 “はげちょびっち・くろぷーすけぴー・たりりんぼまーる・かす”我が家最強にゃん、ちっぽと癒しの権化くまっちと兄弟とはとても思えない“不出来”な妹です。ちっぽたちはお腹に居る時から『モンプチ』などの高級カンカンで育ったのですが、諸問題が勃発、本当は避妊手術してクロちゃん達は生まれない予定だったのです。トラブルメイカーのためにくまっち達の育ての親代わりの方達が引っ越されてしまい、クロチャンたちも生まれてしまいました...。その後なんとかクロチャンたちのような事にならぬようクマかあちゃんは避妊の手術しましたが結局生まれた5匹の内里子にだせたのは『紋次郎』と名前を付けられた子とあまりの臆病とお間抜けに里子に出せなかったクロちゃんだけ。紋次郎も里親さんと連絡取れにくくなり元気でいるのかどうか不明になっています。契約書を取り交わす事を決意したのはそういうことからもあるのですが、なんにしてもクロチャン保護に当たっては結構大変でマンション自治会のメンバーとも一戦交えた事も。『野良なんか人に馴れるもんか』といわれましたがそんな事はありませんよ、自治会メンバーの一人であるピル簿旦那の帰りを心から待ちわびるのはクロチャンですから...。 ***2014年9月9日14時32分、16歳、右目した瞼にできた腫瘍により虹の橋を渡りました。
  • ☆みぃちゃん*********************2006年8月11日 肝嚢胞により死去、推定年齢15歳
    mie 三毛のみぃちゃんは12年も外暮らしをしていたしっぽの短いチイチャクて痩せた老猫です。面倒を見ていた方が引越しされてからずーっとそれとはなしに管理人の目を盗んでご飯をあげたりしていた。ペットクラブ設立を機に管理人さんに事情を話していつでも家に入れられるようにご飯をあげてなれさせたものの果たして我が家に来てくれるかどうか心配だった。老齢化が目に付きそろそろと思っていた矢先に子猫騒動で保護が伸びてしまったが冷夏と暖冬に救われた。しかし、東京も結構雪が降るんです、1度保護に失敗して様子を改めて見ていたのですが2月霙の夜、風邪を引いたのかよろけるように隠れ場所からでてきたのを見て援軍の息子二人を引き連れ有無を言わさず保護。しばらくはケージ暮らしをしてもらいましたが現在テーブルの下をわがテリトリーにして暮らしています。歯がもう抜けてしまっているのでお粥のようにしてあげいますが食欲旺盛。カリカリも食べたがりますがやっぱり丸呑みになるのでばあちゃんだけ別メニューです。多分12歳、ですから人間で言うと90才くらいでしょうか。目が余り良くないせいもありマンション敷地内でちんまり大人しく暮らしていたことが良かったのかも知れません。おしっこをあっちこっちにしてしまうので気をつけなきゃいけませんがペットシーツで済めばいい事。何にしても“長生きしようね、頑張ろうね..”です。
  • ☆ぎずも・ぐれむりん
    gizmo ☆ギズモ・グレムリン *********2009年7月1日。 慢性肝炎からの胆石と急性の膵炎により、手術後、急逝。享年10歳。 通称ギズくん、もしくはちゅーくん、は保護する前はどんな目に会って来たんだろうか。とにかく鳴けない、のどもごろごろしない、小心者というよりとにかく臆病だ。地震雷台風は大嫌い。すぐに情緒不安定になってしまう。くまっちに抱っこしてもらいなめてもらわない手落ち着かなくて寝られない。可愛い外見ではわからない彼には痛みが残っている。里親ポスターすら作らなかったのはギズモだけだった。まぁ、マンデに似ていたことも里親探すこともしなかった理由でもあるんだけれど。
  • ☆癒しの権化 くまっち
    *********2007年5月14日午前2時38分多臓器不全により死去 kumakun クマッチ君です。ちっぽとは同腹の兄弟ですがクマ母ちゃんがどうしても預けてくれず2年半ほど外暮らしを経験。ただし、幼少時お世話をしてくださった方にとっても大事にされたためとても性格が◎。その体格といいまさに癒しの権化でございます。セラピスト・クマッチの力は絶大。傍にこられただけでもの皆安らぎに包まれふかーい眠りに誘われてしまうのです。定期試験の前は入室制限をさせてもらってます...。
  • ☆ちっぽ
    20041126chipo とにかく、我が家最高最強のニャンです。 7月7日にクマかあちゃんから預かりました、可愛くってお利巧で、人の心をなにより判っています。ワイルドストロベリーといっしよのちっぽちゃんです

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