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2008年8月

2008年8月19日 (火曜日)

閑話休題-----buLb

花火を撮ろう!!

 えーと、ダレダレでまだ東奔西走・会津から戻ってきておりませんが閑話休題、ということで近々のつぶやき。
 毎年の花火大会。
 今年は近年になく“花火日和”となりました。
 もともと、カメラ趣味の発端は兄から。
 撮影そして現像までやるほどでした、兄は。
 今も憧れるCANONのAF一眼のシャッター音。
 かっこよかった...!!
 しばらく兄はカメラから遠ざかっていたのですが、最近愛機を整備しなおして手にするようになりました。
 マミヤです。
 53m.フィルムで“バシャッ”と心地よいシャッター音響かせて1枚1枚丁寧に撮っていく撮影方法は、デジイチとは対極のように思えます。
 実はメリピピと会津に行った後、連絡があり車で兄とまたまた会津行をして参りました。
 その時、写真を撮りながらポツッと“花火、毎年上手く撮れないんだ”とつぶやいたのです。
 “花火は花火の撮り方があるんだ。”と教えてくれたのですが、今ひとつ解らなかった撮影方法がそれでようやくクリア!!
 なーんだ...そんなことか、のことだったのです。
 あー、つまりモリアの門の前のガンダルフ状態だった、ということ。

 花火当夜。
 三脚準備よーし。
 カメラの設定、よーーーし。

 で、時間より早いどどおぉぉぉぉーーーん!! にビックラしましたが、とにかく撮りまくりました!
 謎の発光体。
 光るウニ。
 そんなのがほとんどではありましたが例年になく花火らしいのが撮れました。

 お兄さん、ありがとう!!
 また、写真撮りに行きたいね...!

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 ちなみに、北京五輪であがったせいでしょうか、今年はやたらこれが上がりました。
 ♥にお魚、世界で一番有名なネズミもどきもあがりましたが、シャッターを切るのを間違えてしまい、こんな映像に。

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 解りますか??
 ☺。
 なんだかヒゲ親父みたいに撮れてしまいました。

2008年8月 8日 (金曜日)

東奔西走 臨時特急あいづ号でGO!

メリピピと会津に行ってきました

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 上野発。
 臨時特急・あいづ号。
 新幹線開通とともに姿を消した磐越西線直通の特急が、最近臨時便として復活。
 昨年、メリーと利用しましたが、乗り換えなし、というのはやっぱり便利で快適です。
 今年のGW、兄と墓参した時から決意していたことを実行すべくメリピピ連れで二人の就職内々定の報告がてら会津若松に7月・海の日の連休を利用していってきました。

 就職も決まり、メリーの広島行き決定で3人で行くのもそうそう出来ないだろう、という思いもありました。
 彦根のひこにゃんといい勝負と思う『あかべえ』いっぱいの会津号。
 赤を基調とした車体に黒で磐梯山やらをあしらったあいづ号のデザインはなかなかなもの。
 ちょうど、海の日の連休ということもあり、入線前からてっちゃんたちがずら~り。
 この日は、会津に着くまで、到着駅にはカメラを構えたてっちゃんを見かけないことはありませんでした。

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ボディの模様はよくみると磐梯山がさかさまになっているあかべえです

 ペットシッターさんを頼んでの旅行です。
 出発間際まで、なんだかんだとあったのは当然でしょうかね。
 メリーは仕事を遣り残したくないと完徹で朝を迎え、そのまま出発。
 ピピンはメリーといっしょに朝飯前、と称して具をてんこもりにしたうどんを平らげ、乗車してすぐに『うどんじゃ、腹持ちしない。』と万世のハンバーグサンドをぱくつき、気が付くと爆睡しておりました...。ピピン、乗り物にのるとすぐに爆睡してしまうのですが、あの量ですからね、睡魔にとらわれるのも加速したに違いありません。上野をでて大宮に着く前には爆睡してました。
 メリーも完徹明け。
 本人によると大宮の車両工場と黒磯の駅は記憶にあるが他の記憶は一切ないとのこと。
 会津に着くまでよーく、寝ておりました...。

 目的は、墓参りと掃除。
 天気が気にかかります。
 山に入るととたんに霧ともや。
 うーん、大丈夫か?

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 郡山から磐越西線に入ってからも景色はもやの中。

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 ようやく、磐梯山が見えましたが山頂はやはり、雲の中。
 それでも、次第に空の明るさが増し、夏の会津の空担ってきました。
 『今日も暑いぞ...』

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 会津若松駅に到着です。

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 会津も観光の町ですが、昨今は景気の良い話を聞きませんが、この臨時特急やSLなどJRと一体となって町おこしに頑張っています。途中、青年会議所ですかね、会津観光のパンフレットとうちわを配りにきたり、駅で冷たいお絞りを用意してまっていたりとなんとかしようという想いが伝わってきます。

 “あかべえ”の働きもなかなかあっぱれです。

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 メリーがナビ。
 ピピンがドライバーでレンタカーで駅を出て、途中、仏花を買い込みいつものお店へと向かいます。

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 そう、お秀茶屋の田楽です。
 ここは、昔っからの茶屋。
 ですから、けっこう、有名人が来ていてサインやら写真やらが飾ってある中で、これはかなりの値打ち物だと思います。

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 手塚治虫直筆のひげおやじ。
 父が良く利用していた芦ノ牧温泉の保養施設に手塚治虫をはじめとした漫画家たちが一堂に集まったことがあり、記念に壁にそれぞれが直筆で絵を書いたものをありました。忙しい人でしたからそんなにたびたび会津を訪れたことはないでしょうから、このヒゲオヤジもその時のものではないかと思っています。お秀茶屋は東山温泉と芦ノ牧温泉へ行くみちすがらにあるのです。
 わき道を入った駐車場から降りてくると店の前に中猫、というにはまだ小さい猫がいます。
 捨て猫??
 落ち込みかける気持ち。
 やはり、迷い猫のようですが、面倒は見てもらっていることが解り、ほっ。
 安心するとともに、あったかい思いもプラスしていつになく美味しい田楽となりました。
 
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 父のお墓の横には、お寺の心字の池から流れ出ている水路があります。
 そこからでしょうか、隣にある祠にヤゴの抜け殻がありました。
 セミの抜け殻は良く見ますが、ヤゴのはそうそう、お目にかかりません。
 けっこう、大きな抜け殻ですから、ヤンマの仲間でしょうか。

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 メリピピ二人。
 やっぱり、パワーが違います。
 30分もするときれいさっぱりとなりました。

 おじいちゃんも、さぞ喜んでくれたことでしょう。
 私がそうだったからかもしれませんが、会津に墓参りにいくことは“楽しいこと”でした。
 美味しいもの食べて、いろんなところへ行けて、温泉に入って、と今も会津に行くことはなによりの楽しみです。
 だから、お墓の掃除も苦にはなりません。
 特にメリーは初孫ということもあり、会津へ行く時は必ずと言ってよいほど両親のお供をしていました。
 ビル簿旦那が運転手を務めて行った事もあります。
 だから、と言うわけではないでしょうが、メリピピは“お墓参り”というかお墓というものを身近に感じているのだと思うのです。広島に行っても必ずお墓参りは欠かしません。
 お墓を思う心、おじいちゃんやおばあちゃんを思う心、先祖を敬う心、それは一朝一夕で養えるものではありません。
 改めて、思いました。
 『お父さんのお陰だね。』
 広島の町を運転したことはないけれど、会津の町はナビの代わりが出来るメリー。本人も笑ってましたけどね。
 
 さあ、次が今回の旅の大目的、おじさんのお墓参りです。
 
 叔父の墓は隣、と言ってよいお寺にあります。
 会津戊辰戦争の史跡、『なよ竹の碑』のすぐそばに建立されました。
 けれど諸事情があって、随分と荒れてしまいました。
 毎年、何度かいく父のお墓ですら、掃除は欠かせません。
 気にはなりつつも、あまりの事で日帰りでの墓参ではいかんともしがたいほどになっていました。
 GWの時、見かねてつる草だけでもと取り払おうとしましたが、それすらも出来ませんでした。
 挙句、襟にとげが引っかかって、兄にようよう取ってもらうほどでした。

 “おじさん、帰るなって言ってるみたいだね...”

 以前、母も一緒に来た時は、突然の大雨に見舞われました。

 “おじさん、泣いてるのかな?”

 それもあり、でとても気になっていたのです。
 覚悟の掃除。
 準備万端整えての出陣です。
 しかし、一応前回のときの写真見せたりして話はしておいたのですが、現場の状況を目の当たりにして二人、絶句。

 スコップと竹箒に熊手をお寺から借り、もくもくと掃除に徹します。
 汗が噴出してきます。
 奮闘2時間半、ようやく、終わりが見えてきました。
 墓石を磨き、周りのコケや雑草をスコップで押しのけ、ようよう、私が初めて見たようなお墓に戻りました。

 気になる箇所はまだありましたが、やれるだけのことはやって、これが精一杯。

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 “少しは良くなったんじゃない??”

 ホッとしました。
 “おじさん、これまでありがとうね、あの小さかった二人、こんなになったよ...”

 メリーが幼くて、坂の上にあった児童館に行こうとして突然“じいしゃん、じいしゃん!!”と走り出しました。
 見ると叔父が坂を上っている所でした。
 後姿、歩く姿はよく似た兄弟でしたから、幼いメリーが間違えたのも仕方ないことでした。
 呼ばれて、気が付き振り向いた叔父の顔をみて、メリーはおじいちゃんじゃないことが解るとクルリと反転、一目散に私に向かって駆け下りてきました。
 それでも、嬉しかったのでしょう。
 叔父は“おめぇは賢いな、めげぇなぁ...めげぇなぁ(可愛い)”と会津弁丸出しで頭をなでてくれました。
 曾祖母の50回忌の際、それこそ一族郎党が集合した際、父は奮発して孫4人、お揃いの洋服を新調してくれました。メリーもまだ幼稚園だったでしょうか。そのときに利用したのが件の芦ノ牧温泉の保養施設でした。温泉ということではしゃぐチビたちを一気に引き受けて風呂にいれたのがビル簿旦那。そんな旦那の働きを感心し、なにくれとなく可愛がってくれた叔父でした。
 突然の死でした。
 思いもかけない心臓の停止でした。
 
 積年の思いが二人のお陰で果たせることが出来たこと、本当にホッとしました。

 会津に一人残る叔母夫婦宅に伺い、珍しい柳津の出来立てまだ温かい粟饅頭をご馳走になり、お掃除のご褒美でしょうか、内々定のお祝いを頂戴して東山温泉の宿へと向かいました。
 
 若いとはいえ、完徹のメリー。
 部屋に着いたとたん、ばたんきゅー...、あの風呂好きがウトウト。
 ピピンはすぐに浴衣に着替えて“風呂ぉ~”と飛び出していきました。
 とにかく、3人汗まみれ、着替えたものもすぐには仕舞えず干すほどでした。

 久しぶりの温泉は、気持ちよかった、なんて物じゃありませんでしたね!
 
 “温泉はサイコー!!”

 そして人様が作ってくれるご馳走も最高!!
 ご飯が美味しいと評判のお宿だけのことはありました。
 二人、ピピンじゃないけれど“ガッツリ”食べて、温泉入って、後は睡魔の思うままとなりました。

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宿の窓からの景色、水音が気持ちよかったです

 
 
 


 


 

 
 


2008年8月 7日 (木曜日)

東奔西走 須磨の浦は曇り

関西へGO♪

 詰る所は貧乏性なんですな。
 
 行ったからには、見るべきものは見つ!

 といっても、ヘタレ傾向に進んでおります昨今、強行軍はできません。
 で、西に向かう前に一考の末がこうなりました。

 『そうだ、須磨へ行こう!!』
 わかる方は、お解りいただけるでありましょう行き先決定。
 宿のある大阪からいったん新大阪へ。
 荷物をロッカーにぶち込んで、いざ、出発。
 関西へGO♪
 の前に既に打ち出した予定表を首っ引きにして、阪神・梅田駅へ。
 ここから直通の電車が出ているのです。
 阪神・梅田駅についてびっくり。

 なんだ??
 この人の行列は???
 改札をふさがんばかりに並んでいる方たちの衣装をみて了解。
 どーも、阪神タイガースの試合チケットを入手を目的とした行列に間違いありません。
 7月のあの頃は超が付くくらい勢いすごかったから、阪神ファンの意気軒昂なること六甲の山をしのぐものがありましたからね。

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 まず山陽線須磨寺に到着。
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 改札でればすぐ史跡。さすが...

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 門前の商店街を抜けると思いのほか深い緑を背景にした山門が現れます。

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 その山門そばにあったのは阪神大震災で亡くなられた方たちの慰霊碑。
 あれから大きな震災がありました。
 けれど、阪神大震災で経験を踏まえて様々な震災への対応ができるようになりました。
 ペットたちの被災への対応もこの震災での体験と経験が生かされるようになっています。

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平敦盛の首塚...南無...

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青葉の笛の碑

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境内案内図

 歴史ある名刹ならではの広い境内。
 ここらへんで、朝気になっていたことが次第に明確な形で現れ始めました。 
 境内を歩きながら次第に足が進まなくなり始めました。

 靴が、合わない...!!
 特に左足は激痛といっても過言ではなくなっていました。
 通ってきた商店街に靴らしきものは売ってませんでした。
 ならば、浜へ行ってみよう、ビーサンくらいはきっとある!!
 お守りを頂き、有難いお香を封入していただいた時です。
 『きっと、いいことありますよ...』
 そのときはお愛想のご挨拶程度に思っていたんですけどね。
 
 アスファルトではなく浜への道は石畳、足への影響は石畳のほうがわずかでもでこぼこしているほうが大きくて、もう、裸足で歩きたいくらいの痛みをこらえてただ、ひたすらに須磨の浦の海岸を目指しました...。

 地図より結構距離がありました。
 
 ココを渡れば、と信号を渡ったところで目に入った『閉店セール』の張り紙の下においてある靴!!
 
 お守りのご利益!!
 閉店セールと言うことで格安でスニーカーを入手...ようやく激痛から解放されることができました。

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既に海水浴場は人で一杯!

 そこから須磨の海岸を歩き、ロープウェイに乗ることに。
 山陽線に再び乗車、次の駅から須磨の浦の海浜公園から上るロープウェイが出ているのです。
 上れば関西空港から飛び立つ航空機の写真が取れるかもしれない。

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まずはロープウェイ。

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次にこれ、めちゃくちゃすごい振動のまま上がっていきました。

 振動のせいで感覚がおかしくなったんじゃないかとよろけつつ展望台に上がると....上がらなくてよいアンテナがぴぴっ!

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猫アンテナ発動....。

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 こういう場合に目に付く『猫にエサをあげないでください』という立て札等が無かったのが救いでした。
 
 決意したことが一つ。
 カリカリを持って歩こう。
 
 サンプル一つ忍ばせればよいのですから...。
 猫おばさんのたしなみでしょうか。

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 リフトであがりましたけど久しぶりのリフト、揺らすな、手を離すな??
 『そんなことするかい!』
 かなりスリル感ありましたよ、ゆれ具合といい足の不安定感といいね。

 残念ながら、上っても曇りは曇り。
 目当ての関西空港も淡路への大橋も曇天模様のもやの奥でした。

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ロープウェイからの須磨の浦海岸

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山頂から明石を望むも“今は、これがせいいっぱい!”
 
 足の痛みで賢人お勧めの庭園まで足を伸ばせませんでしたが、なんだかんだと一人旅。
 遣り通しました。

 後は、JR須磨駅から快速にのって新大阪まで行き帰京しました。

 行けば行ったなりに行くところは山になって行きます。
 次は、次はで楽しみを増やしていく。
 それも旅の一興。

 さてはて、来年しだいでしょうかね♪

 
 


 

2008年8月 6日 (水曜日)

東奔西走 関西エルフ語講座

遅まきながら...

 東奔西走、怒涛の7月、となりました。

 7月5日。
 関西エルフ語講座が神戸女学院大学で開催されることになり、これは絶対にはせ参じねば、とペンギン鉄道で一泊超お得エステル号のチケットを入手。
 夏前最後のBEの講座で賢人から届いたチラシを配り、さぁ、いざ当日出発、と相成りましたが、とにかく超お得、ということはチケットも超早朝限定。7時前のエステル号ですからね、乗り物の類では寝ることは無かったのですがさすがに新横浜から名古屋までちょっと記憶が途切れてしまってました...。

 新大阪から大阪の宿に“今日、遅くなりますが何時までなら大丈夫ですか??”と確認、必要な荷物をもって次なる使命を果たすために新大阪にとって返しました。
 そう、今回の講座主催者、灰色の賢人から講師の先生をお出迎えするという大きな使命を承っていたのです。
 なんどかメールのやり取りで段取り決定。
 無事、先生の乗ったエステル号も到着し、JRで大阪へ、そしてちょびっと歩いて阪急梅田駅から快速で待ち合わせ場所の西宮北口へと向かいました。
 大阪駅=梅田駅。
 この事実を知ったとき、東の都もんは目が点になり、いつぞや西の都からはるばる来られた方が八王子で行われた講座の際に“1時間電車にのってまだ東京なんて信じられない”という言葉がよく理解することができたものでした。

 西宮北口で現在、会場準備真っ最中、超多忙な中、賢人がわざわざ迎えに来てくださり、お昼は?とお勧めのカレー店へ導いてくれました。
 賢人はそのまま会場へトンボ返り、先生と二人美味しいカレーを満喫していざ、会場へ...!
 (正直、カレーは食べた後に胃もたれがひどくって苦手だったのですが、心配した胃もたれまったくなし!牛タンカレーはするするとお腹に収まって文句一つもでませんでした!)

 賢人のお勧めどおり、正門の坂下で停めてもらいました。
 “おお~!!”
 桜並木の坂の上の正門はいかにも学究の学びの門。
 できるものなら通学したかった...心底思いましたね。
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坂の下から見上げると...

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案内板までが♪

 門衛さんも実に丁寧で親切でした。
 緑の香り深く、花と木々溢れる構内を会場向けて歩いていくとユーモアと指輪心くすぐる案内板が見えてきました。

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案内板を撮影する講師の先生

 “本当にエルフが出てきてもおかしくないですね!”
 なんて話をしていたら森のエルフが...!!
 森の中よりいでたちました♪
 エルフの友が既にご一緒に...
 
 キラキラと煌きつつ森のエルフ、スランドゥイルの息子、王子登場!!
 と、写真に納めましたけど、森の中ではスランドゥイルよりの許可なくして掲載不可、よって凛々しきお姿お見せできぬこと、何卒ご容赦!

 王子に別れをつげ、『最後の憩いの館』に向け足を進めることに...。

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 幼い日のアラゴルンがエラダンとエルロヒアと共にエルロンドの講義を必死にノートを取っていたのではなかろうか、と思われてしまうような実に“最後の憩いの館”雰囲気120パーセントの講義室です。

 出席された方たちも案内板に導かれるにしたがって、つい、賢人会議に赴いているような心持になったのでないでしょうか...。

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 そして、関西で初めてのエルフ語講座が始まりました。

 初めてのことですから、どんなことになることかと思いましたが、西の都に住まうエルフの友たちのパワーはさすがでございました。
 講演後のホビットの宴も日付が変わるまで続けられた模様。
 途中離脱はなんとも口惜しゅうはございましたが“体力の限界”。
 門限前には宿に戻りました。

 指輪物語の輪。
 その集いの楽しさは筆舌に尽せるものではございませんね。

 改めてトールキン教授に乾杯!
 公式掲示板に乾杯!
 ユールの集いの仲間に万歳三唱!
 そして、全ての指輪の友と師に心からの感謝をささげます。

 有難うございました。
 来年、またお会いいたしましょうね!
 どうかしら。
 “七夕・エルフ語の集い”っていうのは???

 ちょっと・訂正しました。
 何卒、お許しあれ....

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ちょっと暗いけれど王子です。
お見送りのために森からイムラドリスにおいでになられました♪


 

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My Nyans

  • DeBoomo=Zash 巨猫団入団!
    新メンバーとして許可されました 025
  • 巨猫団入団!!
    ☆我が家の癒しの権化@妖怪まくらぬし、くまっちが晴れて巨猫団の団員として認められました...。 今後ともご別懇に♪ 巨猫団。 くまっちのとても素敵な想い出になりました。 1_667
  • ☆ちびおでん
    oden その年は子猫の保護に翻弄された年でしたが、その第一弾がこの子でした。マンションの通路1階においてあったタイヤ(共用部分なのでホントは不法なのだが...)のなかで泣いていたのを私が保護せざるを得ない状況でつれて帰ったのが始まり、約一週間後に実家から持ち込まれた鼻気管炎の子、そして2ヶ月後に生まれたての3匹が排水管に投げ込まれ...結局9月に我が家には9匹の猫がいた勘定になるが、哀しいことに生まれたてのチビちゃん2匹は神様がお手元にお寄せになられしまわれた。新しいお家を探し始めたものの最初に保護した子はとってもナーバス、猫と飼い主になる方との試験期間もこの子には無理かもしれない、獣医の薦めにのっかって2匹を手放した寂しさに負け残したのがチビ・オデン。もっとましな可愛い名前を思っていたのにいつの間にかメリーが毛色などから『おでん』と呼んでいたのが定着、やれやれである。ただいま2歳、我が家のトラブル・メーカーである。毎日のように大好きなメリー兄ちゃんを困らせているしちょいちょいと隠れちゃ出す爪でストッキングの伝染被害増加中。さんざっぱら『あれ、いや。これ、いや』だが夜中にそっとやってくるチビちゃん、棄てられた子の心を治す事なぞできるものではないのだと改めて思う。『どーして、おにいちゃん困らせるの?!』今日もメリーの小言が聞こえています。
  • ☆通称・クロちゃん
    kuro クロチャンの本名は長いです、彼女が何かしでかすごとに名前がくっついて行きました。 “はげちょびっち・くろぷーすけぴー・たりりんぼまーる・かす”我が家最強にゃん、ちっぽと癒しの権化くまっちと兄弟とはとても思えない“不出来”な妹です。ちっぽたちはお腹に居る時から『モンプチ』などの高級カンカンで育ったのですが、諸問題が勃発、本当は避妊手術してクロちゃん達は生まれない予定だったのです。トラブルメイカーのためにくまっち達の育ての親代わりの方達が引っ越されてしまい、クロチャンたちも生まれてしまいました...。その後なんとかクロチャンたちのような事にならぬようクマかあちゃんは避妊の手術しましたが結局生まれた5匹の内里子にだせたのは『紋次郎』と名前を付けられた子とあまりの臆病とお間抜けに里子に出せなかったクロちゃんだけ。紋次郎も里親さんと連絡取れにくくなり元気でいるのかどうか不明になっています。契約書を取り交わす事を決意したのはそういうことからもあるのですが、なんにしてもクロチャン保護に当たっては結構大変でマンション自治会のメンバーとも一戦交えた事も。『野良なんか人に馴れるもんか』といわれましたがそんな事はありませんよ、自治会メンバーの一人であるピル簿旦那の帰りを心から待ちわびるのはクロチャンですから...。 ***2014年9月9日14時32分、16歳、右目した瞼にできた腫瘍により虹の橋を渡りました。
  • ☆みぃちゃん*********************2006年8月11日 肝嚢胞により死去、推定年齢15歳
    mie 三毛のみぃちゃんは12年も外暮らしをしていたしっぽの短いチイチャクて痩せた老猫です。面倒を見ていた方が引越しされてからずーっとそれとはなしに管理人の目を盗んでご飯をあげたりしていた。ペットクラブ設立を機に管理人さんに事情を話していつでも家に入れられるようにご飯をあげてなれさせたものの果たして我が家に来てくれるかどうか心配だった。老齢化が目に付きそろそろと思っていた矢先に子猫騒動で保護が伸びてしまったが冷夏と暖冬に救われた。しかし、東京も結構雪が降るんです、1度保護に失敗して様子を改めて見ていたのですが2月霙の夜、風邪を引いたのかよろけるように隠れ場所からでてきたのを見て援軍の息子二人を引き連れ有無を言わさず保護。しばらくはケージ暮らしをしてもらいましたが現在テーブルの下をわがテリトリーにして暮らしています。歯がもう抜けてしまっているのでお粥のようにしてあげいますが食欲旺盛。カリカリも食べたがりますがやっぱり丸呑みになるのでばあちゃんだけ別メニューです。多分12歳、ですから人間で言うと90才くらいでしょうか。目が余り良くないせいもありマンション敷地内でちんまり大人しく暮らしていたことが良かったのかも知れません。おしっこをあっちこっちにしてしまうので気をつけなきゃいけませんがペットシーツで済めばいい事。何にしても“長生きしようね、頑張ろうね..”です。
  • ☆ぎずも・ぐれむりん
    gizmo ☆ギズモ・グレムリン *********2009年7月1日。 慢性肝炎からの胆石と急性の膵炎により、手術後、急逝。享年10歳。 通称ギズくん、もしくはちゅーくん、は保護する前はどんな目に会って来たんだろうか。とにかく鳴けない、のどもごろごろしない、小心者というよりとにかく臆病だ。地震雷台風は大嫌い。すぐに情緒不安定になってしまう。くまっちに抱っこしてもらいなめてもらわない手落ち着かなくて寝られない。可愛い外見ではわからない彼には痛みが残っている。里親ポスターすら作らなかったのはギズモだけだった。まぁ、マンデに似ていたことも里親探すこともしなかった理由でもあるんだけれど。
  • ☆癒しの権化 くまっち
    *********2007年5月14日午前2時38分多臓器不全により死去 kumakun クマッチ君です。ちっぽとは同腹の兄弟ですがクマ母ちゃんがどうしても預けてくれず2年半ほど外暮らしを経験。ただし、幼少時お世話をしてくださった方にとっても大事にされたためとても性格が◎。その体格といいまさに癒しの権化でございます。セラピスト・クマッチの力は絶大。傍にこられただけでもの皆安らぎに包まれふかーい眠りに誘われてしまうのです。定期試験の前は入室制限をさせてもらってます...。
  • ☆ちっぽ
    20041126chipo とにかく、我が家最高最強のニャンです。 7月7日にクマかあちゃんから預かりました、可愛くってお利巧で、人の心をなにより判っています。ワイルドストロベリーといっしよのちっぽちゃんです

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