フォト

おことわり

  • コメントと写真について
    コメントと写真について一言おことわりを申し上げます。 ささやかなプログではありますがコメントして頂けるのはとても嬉しいです。でも、申し訳ないですが、管理人が不適切・不適当と判断したものは勝手ながら削除させて頂きますのであしからずご了解ください。 写真について個人が撮影しているものについては全て著作権は撮影者にあります。違法行為が認められた場合はそれ相応の対応を講じさせて頂くとことをお断りしておきます。

写真をクリック♪

  • 写真をクリック♪
    写真の上にカーソルを置いてクリックすると画像大きくなります♪

イオレスの摘み草記

  • Genkouhan
    こちよ、こちよ、かわいいこちよ。 こっちゃんはね、ほんとうは“こちよ”というんだよ おかしいね、おかしいね♪

多摩川で勉強中

  • 金色ゆらり
    多摩川の川っぺりに越して随分となりました。 ベランダから見下ろす多摩川相手に写真の稽古を付けさせてもらっています。
無料ブログはココログ

« 不忍池 | トップページ | いざ、500mm »

2009年8月 6日 (木曜日)

64年前の朝

Img_2009_08_05_000302

今日は、8月6日

広島に原爆が投下されたのは、64年前の朝でした。
いつものように、8時からTVをつけ、黙祷しました。

メリーは、今日、お墓参りに行く、と言ってました。
亡くなるまで、被爆体験を孫たちには話さなかった義母。
資料館も行かなくて良い、と言っていました。

新たに納められた死没者名簿。
『ああ、あの中におばあちゃんの名前も納まっているんだな。』
そう、見る様になりました。

メリー。
広島に暮らすことが決まって、初めて迎えた8月6日。
慰霊の夏が始まります。

« 不忍池 | トップページ | いざ、500mm »

コメント

蓮さん
 ご無沙汰しています、お元気ですか?
 鎮魂の夏と言いますね、魂を鎮めるには亡くなられた方たち一人一人、また傷ついた人たち一人一人の痛み、苦しみ、哀しさを省みて己の事として忘れない事、これが先ずは一歩。
 祈ることも願う事も今が平和なればこそだという事を考える時節が廻ってくることは必要なことです、この国にとって。
 そう、思っています。

だから蓮なのですね。一人でも極楽浄土へ行けるように。

原爆には無情への怒りと大国のパワーゲームの駒でしかない諦観と罪もないのに被害に遭われた方たちへ祈りがあります。私には強い思い入れのある事柄ではありませんが、この日に気付くと滅入ります。東京大空襲と広島長崎の日は気付くと滅入ります。

戦国や幕末は面白いだろうけど、一番知らなければならないのは、何故勝てるはずのない太平洋戦争をしたのか、前後も含めた時代は何だったのかを、せんそうはこわいねいけないねでなく、冷静に見つめることだと思います。

赤い風車さん

 3日違いですね。
 長男が赤ん坊の時に義母はあの日のことを少しですが話してくれたことがあります。
 投下直後の爆風で玄関にあった大きな石灯籠が家を突き抜けて庭で洗濯を干していた母親に当たったこと。
 隣の3歳ばかりの坊やがひどいやけどをしてシーツに包んで抱えて逃げたこと。
 2階で窓から外を見ていて上半身にひどいやけどをした妹と母親をリヤカーに乗せ姉が引いて一緒に逃げたこと

 そして、逃げた先でさっきまで生きていた人が夾竹桃の木の下で亡くなって行った事。だから、母も毎年、毎年、夾竹桃が咲くたびに、もうすぐあの日が来る、あの日皆夾竹桃の赤い花が咲く下で亡くなって逝った事を思い出すと。だから、あの花は好きじゃないって。
 抱えていったお隣の子は、そんな一人になったそうです。
 

私も資料館で父の名前を見たのは数年前でした。資料館は実家の近くでしたけど、それまでどうしても足を運ぶ気にならなかったのです。
被爆したものとして、核の恐ろしさ、悲惨さを訴えていくのはやらなければならないことだとは頭では理解していても、なるべくそのような動きからは離れておりました。

夾竹桃がどうしても好きになれません。投下の時期に咲いていて、焼け野原になった土地で最初に幹から葉を出してきた木だと聞いているのですけど、それが気持ちのどこかでわだかまっているのかもしれません。

IZUMIさん
 長男が、高校の修学旅行で九州に行った時、長崎で被爆体験の話を聞きました。
 帰宅してから『お祖母ちゃんが僕たちに被爆のこと、あの日のことを話さなかったのが解った。』と言いました。
 物心つく前からこの日には黙祷をしてきました。少しでも伝えていく責任は親として持って行きたいと思っています。

また名前書くの忘れちゃった~。
私が書いたコメであります(*_ _)

おばあちゃまも被爆者名簿に載っていらっしゃるんですね。
身内に被爆された方がいらっしゃると
原爆慰霊祭の度にいっぱいいっぱい考えさせられることでしょう。

戦争は絶対に避けないといけませんよね。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/45775/45850635

この記事へのトラックバック一覧です: 64年前の朝:

« 不忍池 | トップページ | いざ、500mm »

2015年9月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

鳥撮りです

お世話になります

My Nyans

  • DeBoomo=Zash 巨猫団入団!
    新メンバーとして許可されました 025
  • 巨猫団入団!!
    ☆我が家の癒しの権化@妖怪まくらぬし、くまっちが晴れて巨猫団の団員として認められました...。 今後ともご別懇に♪ 巨猫団。 くまっちのとても素敵な想い出になりました。 1_667
  • ☆ちびおでん
    oden その年は子猫の保護に翻弄された年でしたが、その第一弾がこの子でした。マンションの通路1階においてあったタイヤ(共用部分なのでホントは不法なのだが...)のなかで泣いていたのを私が保護せざるを得ない状況でつれて帰ったのが始まり、約一週間後に実家から持ち込まれた鼻気管炎の子、そして2ヶ月後に生まれたての3匹が排水管に投げ込まれ...結局9月に我が家には9匹の猫がいた勘定になるが、哀しいことに生まれたてのチビちゃん2匹は神様がお手元にお寄せになられしまわれた。新しいお家を探し始めたものの最初に保護した子はとってもナーバス、猫と飼い主になる方との試験期間もこの子には無理かもしれない、獣医の薦めにのっかって2匹を手放した寂しさに負け残したのがチビ・オデン。もっとましな可愛い名前を思っていたのにいつの間にかメリーが毛色などから『おでん』と呼んでいたのが定着、やれやれである。ただいま2歳、我が家のトラブル・メーカーである。毎日のように大好きなメリー兄ちゃんを困らせているしちょいちょいと隠れちゃ出す爪でストッキングの伝染被害増加中。さんざっぱら『あれ、いや。これ、いや』だが夜中にそっとやってくるチビちゃん、棄てられた子の心を治す事なぞできるものではないのだと改めて思う。『どーして、おにいちゃん困らせるの?!』今日もメリーの小言が聞こえています。
  • ☆通称・クロちゃん
    kuro クロチャンの本名は長いです、彼女が何かしでかすごとに名前がくっついて行きました。 “はげちょびっち・くろぷーすけぴー・たりりんぼまーる・かす”我が家最強にゃん、ちっぽと癒しの権化くまっちと兄弟とはとても思えない“不出来”な妹です。ちっぽたちはお腹に居る時から『モンプチ』などの高級カンカンで育ったのですが、諸問題が勃発、本当は避妊手術してクロちゃん達は生まれない予定だったのです。トラブルメイカーのためにくまっち達の育ての親代わりの方達が引っ越されてしまい、クロチャンたちも生まれてしまいました...。その後なんとかクロチャンたちのような事にならぬようクマかあちゃんは避妊の手術しましたが結局生まれた5匹の内里子にだせたのは『紋次郎』と名前を付けられた子とあまりの臆病とお間抜けに里子に出せなかったクロちゃんだけ。紋次郎も里親さんと連絡取れにくくなり元気でいるのかどうか不明になっています。契約書を取り交わす事を決意したのはそういうことからもあるのですが、なんにしてもクロチャン保護に当たっては結構大変でマンション自治会のメンバーとも一戦交えた事も。『野良なんか人に馴れるもんか』といわれましたがそんな事はありませんよ、自治会メンバーの一人であるピル簿旦那の帰りを心から待ちわびるのはクロチャンですから...。 ***2014年9月9日14時32分、16歳、右目した瞼にできた腫瘍により虹の橋を渡りました。
  • ☆みぃちゃん*********************2006年8月11日 肝嚢胞により死去、推定年齢15歳
    mie 三毛のみぃちゃんは12年も外暮らしをしていたしっぽの短いチイチャクて痩せた老猫です。面倒を見ていた方が引越しされてからずーっとそれとはなしに管理人の目を盗んでご飯をあげたりしていた。ペットクラブ設立を機に管理人さんに事情を話していつでも家に入れられるようにご飯をあげてなれさせたものの果たして我が家に来てくれるかどうか心配だった。老齢化が目に付きそろそろと思っていた矢先に子猫騒動で保護が伸びてしまったが冷夏と暖冬に救われた。しかし、東京も結構雪が降るんです、1度保護に失敗して様子を改めて見ていたのですが2月霙の夜、風邪を引いたのかよろけるように隠れ場所からでてきたのを見て援軍の息子二人を引き連れ有無を言わさず保護。しばらくはケージ暮らしをしてもらいましたが現在テーブルの下をわがテリトリーにして暮らしています。歯がもう抜けてしまっているのでお粥のようにしてあげいますが食欲旺盛。カリカリも食べたがりますがやっぱり丸呑みになるのでばあちゃんだけ別メニューです。多分12歳、ですから人間で言うと90才くらいでしょうか。目が余り良くないせいもありマンション敷地内でちんまり大人しく暮らしていたことが良かったのかも知れません。おしっこをあっちこっちにしてしまうので気をつけなきゃいけませんがペットシーツで済めばいい事。何にしても“長生きしようね、頑張ろうね..”です。
  • ☆ぎずも・ぐれむりん
    gizmo ☆ギズモ・グレムリン *********2009年7月1日。 慢性肝炎からの胆石と急性の膵炎により、手術後、急逝。享年10歳。 通称ギズくん、もしくはちゅーくん、は保護する前はどんな目に会って来たんだろうか。とにかく鳴けない、のどもごろごろしない、小心者というよりとにかく臆病だ。地震雷台風は大嫌い。すぐに情緒不安定になってしまう。くまっちに抱っこしてもらいなめてもらわない手落ち着かなくて寝られない。可愛い外見ではわからない彼には痛みが残っている。里親ポスターすら作らなかったのはギズモだけだった。まぁ、マンデに似ていたことも里親探すこともしなかった理由でもあるんだけれど。
  • ☆癒しの権化 くまっち
    *********2007年5月14日午前2時38分多臓器不全により死去 kumakun クマッチ君です。ちっぽとは同腹の兄弟ですがクマ母ちゃんがどうしても預けてくれず2年半ほど外暮らしを経験。ただし、幼少時お世話をしてくださった方にとっても大事にされたためとても性格が◎。その体格といいまさに癒しの権化でございます。セラピスト・クマッチの力は絶大。傍にこられただけでもの皆安らぎに包まれふかーい眠りに誘われてしまうのです。定期試験の前は入室制限をさせてもらってます...。
  • ☆ちっぽ
    20041126chipo とにかく、我が家最高最強のニャンです。 7月7日にクマかあちゃんから預かりました、可愛くってお利巧で、人の心をなにより判っています。ワイルドストロベリーといっしよのちっぽちゃんです

ウェブページ

最近のトラックバック