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2010年11月

2010年11月27日 (土曜日)

カケス

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歩けば...

白馬村で写真を撮っていたときのことです。
ペンションの隣の隣のおばあちゃんがタクシーで買い物から戻った時に居合わせました。
ちょうど、最後の花を咲かせているリンドウを撮っていた時でした。

少しばかり、立ち話をした際にカケスがくると聞きました。
実物は、上野動物園でみましたが次列風切羽外側に特徴のある横縞模様がある鳥です。
いるんだ、と言う思いと白馬に着いてから気になっていた鳥影がそれではないかと思いました。
ところが気にはなっていてもこれが撮れない。
声はでかいし、どっかで啼いているのは解るのだが、針葉樹の天辺とか茂みの深いところだとか、とにかく姿を確認できない。
だから、気になっていたわけで...。

それでも、ゴジュウカラやコガラなど見たいと思っていた野鳥に会えたのでカケスのことはほとんど考えないで目の前に姿を現してくれた鳥たちをフレームで追うので精一杯でした。

講座とホビットの宴の翌朝も晴れ。でも、初めて雲らしい雲を見た朝でした。
この日は昨日のドラミングの主はコゲラだと解ったりと早起きは3文以上の得、と500mmを持ってきて良かった、と思うことばかりでした。

エナガの姿を追いかけていた時でした。
ようやく、気になっていた鳥の姿をフレームにいれた、と思ってdataをみたら、あらららら、真っ暗。
針葉樹や常緑樹、枯れ葉とはいえまだまだ枝に残っている林を下から見たら致し方ありません。

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21日。
善光寺に寄って、自宅に帰りdataをPCに取り込んだのは結構遅くなっていました。
23日。
勤労感謝の休日に、ようやくゆっくりとdataを確認。
明るくしたら、どんな鳥なのか少しは解るかもしれないと画像の編集をしてびっくり。

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すこし、トリミングしたものですが、わかりますか?
特徴のある横縞模様。

やはり、ヒヨドリではなく「カケス」だったのです。
はっきり目にしたわけではありませんでしたが、野鳥としてはお初にお目にかかります、でした。

犬もあるけばなんとやら。
歩いたら、歩いただけのご褒美を鳥の神様は用意してくれていました。

ついでにこんな方もご紹介いただいた白馬村でした。
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2010年11月23日 (火曜日)

2010エルフ語講座信州合宿


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もしも、ということも願いが束ねられたら、叶うものなのです。

それが今回のエルフ語講座 in 信州。
温泉つかって一晩中語り明かしたい。
なら合宿と言う手がある、ということで始まった今回の企画。

「リヴェンデルの賢人会」の主催により実現しました。
スキー・スケボー、ウィンタースポーツをしないからこんな機会でなければ白馬村になんか行くこともない、とSIGMA500mmスーツケースに仕舞いこみ前日から泊まることにしました。

コースは長野新幹線で東京から長野駅、そしてそこから川中島バスで白馬八方。
乗り換えに10分ほどしかないし初めてということで前もって駅構内図などを検索。
そのお陰でチケット買ってゆうゆうセーフ。

1時間弱ほどのバス旅行の間、なんどここで停めてください、写真撮らせてください、と言いたかった風景が目の前に展開されました。
紅葉は里に降りていました。

なにしろ初めての企画。
ワクワク・ドキドキもので少々アドレナリンが多めにでたのでしょう。
白馬八方のバス停についてのっけから「熊、出ます。熊よけの鈴もってますか???」
とマジにいわれて内心大慌て。
山のふもとの村なんだと改めて再認識。
バス停の隣にあるホテルのご主人からお迎えを待つ間にちいちゃなちいちゃな柿の実をご馳走になり、雲ひとつない青い空で輝く紅葉をフレームに納めました。

熊よけは、お迎えに来たペンション・オーナーさんからお借りする事になり、荷物を置くや、昼飯もとらずにいざやいざとカメラ抱えてペンションをでたのであります。

ま、19日と20日、歩き回った成果は次の通りです。

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陽が落ち始めると同時に冷気も一緒に駆け込んでくる感じでした。
夕飯は、お薦めのおそぱやさんへ。
行きも帰りも熊よけの鈴を鳴らし、小声で歌を歌いながらでした。

20日、朝。
啄木鳥のドラミングで目が覚めました。
美味しい朝ごはんを食べて、またまたいざ出発。

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午後になり、リヴェンデルの賢人会メンバーが到着。
参加するホビットたちもそれぞれ利用した「仔馬」にのって三々五々と到着。
緑龍館になるであろう、と思いつつも「裂け谷のエルフの宴」を想像しながら講座の開始を準備しました。

とんでもない道に行ってしまった仔馬にのったホビットもなんとか早足の仔馬に乗り換えて無事講座に間に合い、信州・白馬村、林の中にあるペンションでエルフ語講座は開催されたのでありました...。

講座の後に行なわれた宴。
楽士の奏でる音楽とともに手拍子足拍子、ダンスも飛び出し(テーブルに載ってのダンスは堅く禁止、というお達しが宴の前にありました...)、結局思ったとおりに白馬村「緑龍館」に。
オーナー氏ご夫妻にそのおばあちゃん。
「おったまげた」との事。
さも有なん、さぞやのショーゲキだったことでしょうね...。

なんせ、参加したのは「ホビッツ」と「ドワーフ」でしたから...♪


2010年11月 5日 (金曜日)

佳きこと

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真実と事実

 真実を究める。
 それがなによりも被害に遭われた方々に報いる唯一無二だと、誰もが思うだろう。
 
 しかし、事実として明らかになるのはそう多くはない、どころか、明らかにさせないよう働くパワーが生じるのは、そこに利害と利権が絡むからなのだろう。

 相次いで航空機事故が起きた年があった。
 もう、小学生になっていたし、テレビも一般に普及していたから、画面にうつる事故の悲惨さは活字でみるのとは違いストレートに記憶が刻み込まれたかのように航空機事故というと暗い海に白い尾翼らしきものが必ず浮かんでくる。

 ただ、ひたすらにおそろしかったのだろう。
 そして、123便の事故。

 世界最悪の事故は日本中、オオスズメパチの巣をつつきまわしたかのようだった。
 その中で、NHKに現れる一人の佇まいは、そうしたセンセーショナルなマスコミから一線を画していた。
 柳田邦男氏だ。

 それまで起きた事故があるたびに背筋を伸ばし、きっちりと「事実」を語る姿勢は常に変わらなかった。
 著作を知れ知るほどに、尊敬の念を強くしていった。

 命と真実に真摯に向き合う姿。
 時に痛ましさすら覚えた著作もある。

 けれども常に読後に感じるのは氏の変わらぬ人を慈しむ心だった。

 随分前に、氏の講演を聞くチャンスがあった。
 逃したのは、恐らくどうしようもない事があったからだろう。
 もう、二度とないかもしれない。
 でも、いつかきっと再びのチャンスはある、と信じてよかった。

 11月4日。
 航空会館において「日本の航空史100年」を記念した講演会が財団法人日本航空協会主催で行われた。
 
 40分、時間オーバーだったそうだけれども、まだまだ聞いていたいと思った。
 それだけ、氏の「安全」についてこれまでの事故から学んできた事の遅遅たる歩みにもなんとか一歩でも半歩でも前に進めたいという思いが伝わってきていた。
 
 大事故を単なる犯人捜しで終わらせてはならない。
 常に氏が世に問うてきたことだ。
 人はミスをする。
 ミスをしない人はいない。

 聖書のことばを思い出す。
 イエスの言葉。
 「あなたがたのなかで罪のない者が、まずこの女に石を投げるがよい。」(ヨハネによる福音書より)

 人はミスをする。
 機械は所詮人の手になるものなのだから、システムを構築しても作り直しても、事故に繋がる穴はどこかしらにあくものなのだ、だからこそ、すべき事はミスをした人間が何ゆえにミスをしてしまったのか、そのミスによってもたらされた事故を次に起こさないために穴をふさぐ事こそ肝要なのだ。

 石もて投げても、穴はふさがらないどころか、今後石もて打たれまいとして信実が覆われ事実が損なわれないかと強い危惧を語られる氏の言葉に心うたれる。

 きっと、いつかと信じてきてよかった。
 氏の佇まいにほんの少しでもふれることが出来た一時だった。
 ただ坐っていたばかりだったけれど、何にも替え難い幸運に預からせてくださったEさん、ありがとうございました。

 「日本の航空100年史」
 購入、決定。
 

それにしても、氏の講演から帰ってしった漏洩事件。
お粗末極まりないのはいうに如かず。
正義を気取ったのだろうか、それとも悪ふざけか。
なんにしても、こうした手法はテロと同じ。

こういう手合いこそ「真実と事実」からもっとも離れたと言うべきだろう。

「怒」

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    oden その年は子猫の保護に翻弄された年でしたが、その第一弾がこの子でした。マンションの通路1階においてあったタイヤ(共用部分なのでホントは不法なのだが...)のなかで泣いていたのを私が保護せざるを得ない状況でつれて帰ったのが始まり、約一週間後に実家から持ち込まれた鼻気管炎の子、そして2ヶ月後に生まれたての3匹が排水管に投げ込まれ...結局9月に我が家には9匹の猫がいた勘定になるが、哀しいことに生まれたてのチビちゃん2匹は神様がお手元にお寄せになられしまわれた。新しいお家を探し始めたものの最初に保護した子はとってもナーバス、猫と飼い主になる方との試験期間もこの子には無理かもしれない、獣医の薦めにのっかって2匹を手放した寂しさに負け残したのがチビ・オデン。もっとましな可愛い名前を思っていたのにいつの間にかメリーが毛色などから『おでん』と呼んでいたのが定着、やれやれである。ただいま2歳、我が家のトラブル・メーカーである。毎日のように大好きなメリー兄ちゃんを困らせているしちょいちょいと隠れちゃ出す爪でストッキングの伝染被害増加中。さんざっぱら『あれ、いや。これ、いや』だが夜中にそっとやってくるチビちゃん、棄てられた子の心を治す事なぞできるものではないのだと改めて思う。『どーして、おにいちゃん困らせるの?!』今日もメリーの小言が聞こえています。
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    kuro クロチャンの本名は長いです、彼女が何かしでかすごとに名前がくっついて行きました。 “はげちょびっち・くろぷーすけぴー・たりりんぼまーる・かす”我が家最強にゃん、ちっぽと癒しの権化くまっちと兄弟とはとても思えない“不出来”な妹です。ちっぽたちはお腹に居る時から『モンプチ』などの高級カンカンで育ったのですが、諸問題が勃発、本当は避妊手術してクロちゃん達は生まれない予定だったのです。トラブルメイカーのためにくまっち達の育ての親代わりの方達が引っ越されてしまい、クロチャンたちも生まれてしまいました...。その後なんとかクロチャンたちのような事にならぬようクマかあちゃんは避妊の手術しましたが結局生まれた5匹の内里子にだせたのは『紋次郎』と名前を付けられた子とあまりの臆病とお間抜けに里子に出せなかったクロちゃんだけ。紋次郎も里親さんと連絡取れにくくなり元気でいるのかどうか不明になっています。契約書を取り交わす事を決意したのはそういうことからもあるのですが、なんにしてもクロチャン保護に当たっては結構大変でマンション自治会のメンバーとも一戦交えた事も。『野良なんか人に馴れるもんか』といわれましたがそんな事はありませんよ、自治会メンバーの一人であるピル簿旦那の帰りを心から待ちわびるのはクロチャンですから...。 ***2014年9月9日14時32分、16歳、右目した瞼にできた腫瘍により虹の橋を渡りました。
  • ☆みぃちゃん*********************2006年8月11日 肝嚢胞により死去、推定年齢15歳
    mie 三毛のみぃちゃんは12年も外暮らしをしていたしっぽの短いチイチャクて痩せた老猫です。面倒を見ていた方が引越しされてからずーっとそれとはなしに管理人の目を盗んでご飯をあげたりしていた。ペットクラブ設立を機に管理人さんに事情を話していつでも家に入れられるようにご飯をあげてなれさせたものの果たして我が家に来てくれるかどうか心配だった。老齢化が目に付きそろそろと思っていた矢先に子猫騒動で保護が伸びてしまったが冷夏と暖冬に救われた。しかし、東京も結構雪が降るんです、1度保護に失敗して様子を改めて見ていたのですが2月霙の夜、風邪を引いたのかよろけるように隠れ場所からでてきたのを見て援軍の息子二人を引き連れ有無を言わさず保護。しばらくはケージ暮らしをしてもらいましたが現在テーブルの下をわがテリトリーにして暮らしています。歯がもう抜けてしまっているのでお粥のようにしてあげいますが食欲旺盛。カリカリも食べたがりますがやっぱり丸呑みになるのでばあちゃんだけ別メニューです。多分12歳、ですから人間で言うと90才くらいでしょうか。目が余り良くないせいもありマンション敷地内でちんまり大人しく暮らしていたことが良かったのかも知れません。おしっこをあっちこっちにしてしまうので気をつけなきゃいけませんがペットシーツで済めばいい事。何にしても“長生きしようね、頑張ろうね..”です。
  • ☆ぎずも・ぐれむりん
    gizmo ☆ギズモ・グレムリン *********2009年7月1日。 慢性肝炎からの胆石と急性の膵炎により、手術後、急逝。享年10歳。 通称ギズくん、もしくはちゅーくん、は保護する前はどんな目に会って来たんだろうか。とにかく鳴けない、のどもごろごろしない、小心者というよりとにかく臆病だ。地震雷台風は大嫌い。すぐに情緒不安定になってしまう。くまっちに抱っこしてもらいなめてもらわない手落ち着かなくて寝られない。可愛い外見ではわからない彼には痛みが残っている。里親ポスターすら作らなかったのはギズモだけだった。まぁ、マンデに似ていたことも里親探すこともしなかった理由でもあるんだけれど。
  • ☆癒しの権化 くまっち
    *********2007年5月14日午前2時38分多臓器不全により死去 kumakun クマッチ君です。ちっぽとは同腹の兄弟ですがクマ母ちゃんがどうしても預けてくれず2年半ほど外暮らしを経験。ただし、幼少時お世話をしてくださった方にとっても大事にされたためとても性格が◎。その体格といいまさに癒しの権化でございます。セラピスト・クマッチの力は絶大。傍にこられただけでもの皆安らぎに包まれふかーい眠りに誘われてしまうのです。定期試験の前は入室制限をさせてもらってます...。
  • ☆ちっぽ
    20041126chipo とにかく、我が家最高最強のニャンです。 7月7日にクマかあちゃんから預かりました、可愛くってお利巧で、人の心をなにより判っています。ワイルドストロベリーといっしよのちっぽちゃんです

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