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2011年9月20日 (火曜日)

野分

Img_2011_08_01_9999


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彦根城・お堀の白蓮


 もう、これ以上悪い事がありませんように、と今年くらい願った事はなかったけれど。
 
 7月に叔母。
 9月に叔父。

 ともに親しくしていた身内。
 相次いで、それも思ってもみなかった訃報の連続に参りました。

 特に叔母の死は、あまりに唐突であっけなくて、情けないことはなかった。
 入院したとの一報に姉である母と何時見舞いにいこうかと話していたら、すぐに退院するから退院してから来て欲しいという娘である従姉からの一言で、それなら連絡を待とう、ということになった。
 5月に入院して、6月になっても無しのつぶて。
 ようやく7月に入った連絡は『もう、危ないと思う。』

 なにがどうなっているか解らないまま、年上の従姉夫婦が車をだしてくれ、母と一緒に見舞った病室で愕然としてしまった。

 叔母が解らなかったのだ。
 それほど、叔母は変わってしまっていた。
 連休前にまたご飯食べにいこうね、と言って別れた時の面影は全くなくなっていた。
 年上の従姉は、その姿の変わりように涙が止まらなくなっていた。
 そして母はあまりの事に言葉を失い、泣く姪の手前気丈に見せていたものの呆然するばかりだった。

 検査のため薬で眠っているという看護士の言葉も上の空。

 危ない、なんてものじゃない。
 可愛がってもらっていたピピンに息のあるうちになんとしても合わさなければ、そう心に決めた。
 そして日曜。
 もう、解らないかもしれないということを心構えとして話して聞かせたがピピンも叔母の姿を見るまではそれほどのことではないと思っていたようで、病室で叔母を見たとき愕然として立ち尽くしてしまうばかりだった。

 でも、解った。
 叔母さんは解った。
 すっかり冷たくなってしまった手を握り、ピピンが来ていると呼びかけたらこちらを向きピピンを目で探したのだ。
 そしてピピンを認めると、酸素マスクのしたから名前を呼んだのだ。
 『かえろ、おうちにかえろ...』

 『おばちゃん、ご飯食べて早く元気になってよ、そしたら僕が迎えに行くから..早く元気になろ、そして帰ろう、おばちゃん..』

 看護士さんに叔母を頼んで交わす言葉もなく帰る道。
 『あれほどだとは思わなかった』とピピン。

 食事をして帰宅、二人思い心をもてあましていた。
 電話がなりでると兄からだった。
 『叔母さんが亡くなった。』

 従妹も死に目に会えぬほどの容態の急変だったそうだ。
 だから、最期に言葉を交わしたのは私とピピンの二人だけ。
 母と兄をつれて病院に駆けつけたピピンは...号泣したそうだ。
 幼稚園の保護者会で留守にする時、叔母は近いからとよく面倒をみてもらっていたピピン。
 無条件で可愛がってくれた叔母の死にただ泣くしかなかったのだろう。

 その叔母の49日の法要の日に会津の叔父が亡くなったとの報。
 毎年、お墓参りにはお邪魔していた父方の叔母夫婦。
 5月にお会いしたばかりだというのに...。


 今年はなんて年なんだろう。
 
 こんなに、こんなにも人が亡くなるなんて。
 珊瑚ちゃんを見送って、大事な叔母そして叔父まだも見送るなんて。
 どうか、もう見送る事がないように、祈るばかり。


 台風がまたやってくる。
 二百十日。
 大きな被害がでませんように。
 
 人馴れしたチビ猫君が新しい家族に出会えたことだけでも善しとしなければならないとしたら、それはそれで又哀しいかな。
 命、一つでも多く救われますように、生きながらえますように...

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コメント

赤い風車様

 身近で親しくしている肉親との別れ。
 いずれは、と解っていても心の準備がないとただただ哀しいばかりです。
 今年は本当にそういう別れが多すぎます。
 多すぎて、いまも言葉というか、あの日のことが現実とはいまだに思えないほどです。
 私も願います、もう悪い事が起きませんように、と。

身近な人がなくなるってことほど辛いことはありませんね。
もう、悪いことは残ってませんよ。
私もそう願っています。

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  • ☆ちびおでん
    oden その年は子猫の保護に翻弄された年でしたが、その第一弾がこの子でした。マンションの通路1階においてあったタイヤ(共用部分なのでホントは不法なのだが...)のなかで泣いていたのを私が保護せざるを得ない状況でつれて帰ったのが始まり、約一週間後に実家から持ち込まれた鼻気管炎の子、そして2ヶ月後に生まれたての3匹が排水管に投げ込まれ...結局9月に我が家には9匹の猫がいた勘定になるが、哀しいことに生まれたてのチビちゃん2匹は神様がお手元にお寄せになられしまわれた。新しいお家を探し始めたものの最初に保護した子はとってもナーバス、猫と飼い主になる方との試験期間もこの子には無理かもしれない、獣医の薦めにのっかって2匹を手放した寂しさに負け残したのがチビ・オデン。もっとましな可愛い名前を思っていたのにいつの間にかメリーが毛色などから『おでん』と呼んでいたのが定着、やれやれである。ただいま2歳、我が家のトラブル・メーカーである。毎日のように大好きなメリー兄ちゃんを困らせているしちょいちょいと隠れちゃ出す爪でストッキングの伝染被害増加中。さんざっぱら『あれ、いや。これ、いや』だが夜中にそっとやってくるチビちゃん、棄てられた子の心を治す事なぞできるものではないのだと改めて思う。『どーして、おにいちゃん困らせるの?!』今日もメリーの小言が聞こえています。
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    kuro クロチャンの本名は長いです、彼女が何かしでかすごとに名前がくっついて行きました。 “はげちょびっち・くろぷーすけぴー・たりりんぼまーる・かす”我が家最強にゃん、ちっぽと癒しの権化くまっちと兄弟とはとても思えない“不出来”な妹です。ちっぽたちはお腹に居る時から『モンプチ』などの高級カンカンで育ったのですが、諸問題が勃発、本当は避妊手術してクロちゃん達は生まれない予定だったのです。トラブルメイカーのためにくまっち達の育ての親代わりの方達が引っ越されてしまい、クロチャンたちも生まれてしまいました...。その後なんとかクロチャンたちのような事にならぬようクマかあちゃんは避妊の手術しましたが結局生まれた5匹の内里子にだせたのは『紋次郎』と名前を付けられた子とあまりの臆病とお間抜けに里子に出せなかったクロちゃんだけ。紋次郎も里親さんと連絡取れにくくなり元気でいるのかどうか不明になっています。契約書を取り交わす事を決意したのはそういうことからもあるのですが、なんにしてもクロチャン保護に当たっては結構大変でマンション自治会のメンバーとも一戦交えた事も。『野良なんか人に馴れるもんか』といわれましたがそんな事はありませんよ、自治会メンバーの一人であるピル簿旦那の帰りを心から待ちわびるのはクロチャンですから...。 ***2014年9月9日14時32分、16歳、右目した瞼にできた腫瘍により虹の橋を渡りました。
  • ☆みぃちゃん*********************2006年8月11日 肝嚢胞により死去、推定年齢15歳
    mie 三毛のみぃちゃんは12年も外暮らしをしていたしっぽの短いチイチャクて痩せた老猫です。面倒を見ていた方が引越しされてからずーっとそれとはなしに管理人の目を盗んでご飯をあげたりしていた。ペットクラブ設立を機に管理人さんに事情を話していつでも家に入れられるようにご飯をあげてなれさせたものの果たして我が家に来てくれるかどうか心配だった。老齢化が目に付きそろそろと思っていた矢先に子猫騒動で保護が伸びてしまったが冷夏と暖冬に救われた。しかし、東京も結構雪が降るんです、1度保護に失敗して様子を改めて見ていたのですが2月霙の夜、風邪を引いたのかよろけるように隠れ場所からでてきたのを見て援軍の息子二人を引き連れ有無を言わさず保護。しばらくはケージ暮らしをしてもらいましたが現在テーブルの下をわがテリトリーにして暮らしています。歯がもう抜けてしまっているのでお粥のようにしてあげいますが食欲旺盛。カリカリも食べたがりますがやっぱり丸呑みになるのでばあちゃんだけ別メニューです。多分12歳、ですから人間で言うと90才くらいでしょうか。目が余り良くないせいもありマンション敷地内でちんまり大人しく暮らしていたことが良かったのかも知れません。おしっこをあっちこっちにしてしまうので気をつけなきゃいけませんがペットシーツで済めばいい事。何にしても“長生きしようね、頑張ろうね..”です。
  • ☆ぎずも・ぐれむりん
    gizmo ☆ギズモ・グレムリン *********2009年7月1日。 慢性肝炎からの胆石と急性の膵炎により、手術後、急逝。享年10歳。 通称ギズくん、もしくはちゅーくん、は保護する前はどんな目に会って来たんだろうか。とにかく鳴けない、のどもごろごろしない、小心者というよりとにかく臆病だ。地震雷台風は大嫌い。すぐに情緒不安定になってしまう。くまっちに抱っこしてもらいなめてもらわない手落ち着かなくて寝られない。可愛い外見ではわからない彼には痛みが残っている。里親ポスターすら作らなかったのはギズモだけだった。まぁ、マンデに似ていたことも里親探すこともしなかった理由でもあるんだけれど。
  • ☆癒しの権化 くまっち
    *********2007年5月14日午前2時38分多臓器不全により死去 kumakun クマッチ君です。ちっぽとは同腹の兄弟ですがクマ母ちゃんがどうしても預けてくれず2年半ほど外暮らしを経験。ただし、幼少時お世話をしてくださった方にとっても大事にされたためとても性格が◎。その体格といいまさに癒しの権化でございます。セラピスト・クマッチの力は絶大。傍にこられただけでもの皆安らぎに包まれふかーい眠りに誘われてしまうのです。定期試験の前は入室制限をさせてもらってます...。
  • ☆ちっぽ
    20041126chipo とにかく、我が家最高最強のニャンです。 7月7日にクマかあちゃんから預かりました、可愛くってお利巧で、人の心をなにより判っています。ワイルドストロベリーといっしよのちっぽちゃんです

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