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2014年1月

2014年1月29日 (水曜日)

浦安市でのこと

NPO法人UC動物を守る会に起こっていること

 動物愛護に関するボランティアさんと行政とは、とかく敵対関係になっていました。
 けれども、動物愛護推進員、という制度はそもそもは、行政がボランティアと一緒に問題解決に取り組もうという発想から生まれたものと、私は解釈しています。
 
 浦安市で、長年殺処分0、を続けるために活動をしてきたNPO法人UC動物を守る会があります。
 これまで、市と協力して保護・介護活動を続けていましたが、1月17日に突然犬をおいて2月2日までに退去するようにを命じられました。

 当然ですが、高齢な子、痴呆が出ている子、介護が必要な子たちを置いてどうして退去ができるでしょうか。
 人の手を借りなければならないような子、人なれとは言いにくい子など、まったく見も知らぬ人が世話をするといって、果たして犬たち自身がすぐに受け入れられ、混乱なく過ごせるでしょうか。
 

 しかし、市側は法人から手を引きたいと言ってきたと市のホームページで説明しています。
 法人との意見は真っ向対立しています。

 
 市にとって、市長にとって、この法人では都合がよくないのでしょうか。
 これまで通りにしたい、と言っているのですから、どうしてそのまま継続してはいけないのでしょうか。

 市のホームページの説明を読めば読むほど、肝心なことが抜けています。

 然るに、こうしたことは行政にはよくあることです。
 殺さない、保護する、といってブリーダー崩壊で感染症キャリアとなった100匹あまりの犬を殺処分した行政のこと、忘れてはいません。
 
 この問題で一番憂慮しているのは、保護=殺処分、を行政では「安楽死」という言葉で正当化することです。
 ここに取り上げたのも、それを恐れているからです。

 犬はモノではなく、心を持ち感情を持っています。
 心を持っている以上、日々世話をし可愛がってくれる人たちが突然見も知らぬ人たちになったらどうでしょうか。

 これからも続けたい、と言っている人たちから、その犬たちを取り上げる必要があるのでしょうか。
 ある、、というのなら、第三者も納得できる根拠を示す義務を負っているのが行政ではないでしょうか。

 命として扱うのか、モノとして扱うのか、動物愛護法がある国としてボランティアと行政で考えや思いに差があってはならない。
 しかし、今の浦安市の対応はどうでしょうか。
 
 犬は、モノではない。
 命は、モノであってはならない。

 命はモノではないとお考えの方。
 是非、注視してください。
 置いて行かれる犬たちのこれからを考えてください。
 よろしくお願いいたします。

2014年1月28日 (火曜日)

テンシル チシル

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チッポちゃんの寝顔、なんだかんだと言ってやっぱりチッポが一番よく分かってくれていると思う

思い当ったこと

 神吉拓郎さん。
 アドリブクラブでビル簿旦那の先輩にあたる。
 直木賞作家。
 東京生まれ、東京山の手育ち。
 ハンサム、を体現されていた方。

 神吉さんと同じ賞を取った人が亡くなったというニュースをネットでみた。

 すぐにこう思った。
 
 「天罰って、あるんだ。」って。

 不謹慎とは思ったけれど、「やっぱり」と思わざるを得なかった....。

2014年1月25日 (土曜日)

多摩川の冬

600mm担いで

 お天気が良いので、600mm背負って自転車飛ばしています。
 
 おかげで猛禽類、3鳥さんフレームに収められました。
 ただ、やっぱり、全体的に鳥さん、少ないです、数が。
 
 2011年の同じころにとったユリカモメの写真データ見て驚くぐらい少ない。
 どこかに移動していたらよいのですが。
 
 この方たちのせいでは、ないと思いますがね。

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お天気良すぎて空気が揺らいでしまっていましたが、チュウヒです。
相変わらず、遠いところからお出ましで、また遠いところに隠れてしまいます。

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チョウゲンボウです。600mm恐るべし、を実感しました。

Img_9048
ミサゴです。
どこから来て、どこに去っていくのでしょう。
仙人様曰く「知りません。」
納得です。
それにしても、ミサゴの翼、ちょっとぼろ。抜け替わりでしょうか?

 すべて、ノートリミングです。
 それとオオジュリン。
 2・3羽のチームを見たことはありましたが、10羽くらいのチームは初めてでした。
 葦原でパチパチ音が聞こえるくらい一生懸命茎をはがしては食事していました。
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 600mmの寄りにただ、驚くこのところ。
 マニュアルでレンズ焦点合わせて撮る練習中。
 ....失敗にめげるな、と自分を叱咤中です。

2014年1月16日 (木曜日)

皇居のノスリ

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日比谷公園で試し撮りに行ってきました

 本日、奥歯の治療の予約が10時からでした。
 場所は虎の門。
 重いけれど150-600mm背負って行きました。

 歯のほうですが、前回かなり悪化していたところをきれいにして頂いたので天と地ほどの差があるほど楽になりましたが、完全ではありません。今日もはれていたところをきれいにする治療だったのですが麻酔かけても痛いものは痛いんです...。先生のお話では、かなり強い薬が使えたので少し時間を空けて薬の効果をみてまた治療するということになりました。
 時計を見ると11時前。
 天気も良いしそのまま日比谷公園へ向かいました。
 日比谷公園の鶴の噴水が先週行った時も凍っていましたが今週に入ってからの寒さで池も凍っていました。
 それがテレビで放送されたようで、かなり池の周り、にぎわっていました。

 テレビでの放送はそんなギャラリーとしてお見えになっていた方から教えてもらったのですが、まぁーね、都心の公園で対戦車用火器と見間違われるような望遠もって歩いていたら、つい声もかけたくなるんでしょうね。

 その方は仕事をされているときにお仲間を集って同好会をやっていたそうです。
 「やっぱりね、テーマを作って撮るっていうことは大事なこと、好きな写真ばかりでなくテーマにあった作品をどう撮ろうとするのか、考えることは勉強にもなるし、一緒に撮った仲間との共通の話題にもなる、なにより酒の肴になる。」と言っておいででした。

 今では、写真抜き、酒だけを飲む会になっちゃった、そうです。
 それもまた、楽しです。

 池の氷の上をハクセキレイがちょこまかといつものように動いていて、軽くつるっと滑りかけたりしているのを撮っていたとき、ふと上空に見慣れない飛翔体が目に入りました。
 カラスが追撃しているので猛禽で、トンビではないことは大きさとしっぽの形でわかりました。
 姿が見えなくなるまで撮り、帰宅してデータを落としてみたら下の写真です。
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 ノスリでした。

 日比谷公園のお隣は、江戸時代の自然も残っている皇居。
 ノスリのほかにもオオタカも生息していてカモ類の激減の理由にもなっていました。
 
 もう一度、一羽だけで飛んでいるのを見ました。
 日比谷濠のすぐ上でしたから、やはり皇居の森にお住いのノスリさんで間違いないようです。

 今回は特に150-600mmなんての担いでいきましたから、結構お声をかけていただきました。
 私も鳥撮りです、なんてソニーのめっちゃ連射が早いカメラをお持ちの妙齢のステキな女性とお話しました。

 「600mm、そうすると900mm換算ですよね、すごい、初めて見ました!」
 ひとしきり、レンズのこと、鳥さんのこと、ベンチでまだまだ黄色いくちばしのチイ雀たちに「落としちゃったパンくず」をあげながらお話しました。
 
 今日は、噴水の周りを飛んでシャワーを浴びるヒヨドリを撮ってみたかったのですが、やはり三脚を据えてじっくり構え、マニュアルモードではないと無理なのがよくわかりました。

 それも勉強。
 ノスリも撮れたし、こんなのも撮れたので、今日はGood!!

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 150-600mm、ますます楽しみです。
 
 

2014年1月14日 (火曜日)

歯痛

Img_6087
タムロン150-600mm 
くちばしがまだ黄色いちい雀ににらまれました

奥歯が無くなった?!

 嫌だなって思ってました。
 予約、どこにするか、決めなきゃとも考えていました。
 右の奥歯、詰めてはあったのですが、左の奥歯、詰めた内部が化膿して大変な目にあったことがあります。
 いつも診て頂いていた先生が治療途中で倒れられ、別の病院で歯科医をされていた息子さんが続きをしてくださり、何とか無事ものが食べられるようになりましたが、あの激痛は、すっかりさっぱり忘れ去りたいくらい、思い出すだけでも胃が縮み上がるほど。

 それが、結婚式とかでなーなーで来てしまったのが悪かった。

 土曜日の朝から痛み始め、落ち着くどころか、時間がたつほどにひどくなるばかり。
 そして、我慢も限界達してしまいました。
 けれども紹介していただいた歯科医は連休明けじゃないと診てもらえない。
 待てるか???

 いいえ。
 待てませんでした。
 休日診療している近くの歯科医に飛び込みました。

 とにかく、痛いのでこの痛みを何とかしてほしい、それだけだったんですけれど。
 レントゲンを撮って、とりあえず麻酔して削ります、とのことに、もう、なんでもいいからこの痛みから解放してください、それ一点ではあったのですが、削ってるな、とは思っていましたが鏡を見てください、と言われ鏡の中の奥歯を見て愕然。
 「歯、無くなりましたね。」
 ないんです、たしかにそんなに残っている奥歯じゃありませんでしたが、詰め物を取り去るのではなく、詰めたものといっしょに周りの歯まできれいさっぱり削り取られていました。
 そのうえ、削っただけで薬を塗ったということでしたが、唇・奥歯の麻酔が切れる前から痛みがぶり返してきました。
 いじられているので痛みは行く前よりひどくなっていて....
 痛み止めのロキソニンが効くのは賞味、2・3時間。
 後は、冷やしても何しても痛い!!

 月曜日は母のところへ行く用事があり、へろへろで行くには行きましたが、帰りはもう、痛みで目はうつろ。
 
 連休明け、紹介してもらっていた歯科医に連絡して予約を取り、先ほど帰宅しました。
 治療。
 泣き叫ばんばかりの激痛の連続でした。
 麻酔をしているのに効かないんです、痛む場所がひどく悪化していてちょこっと触っただけでも脂汗でるくらいの痛みが体中に走ります。
 ここが辛抱、ここが堪忍、と我慢し続けてようやく終わった治療の後は、先生のお話も遠くから聞こえるほど魂がどっかに行っていました。
 たぶん、すんごい顔してたんでしょうね。
 待っていた患者さん、二人。
 ぎょっとした顔してました。

 すぐに痛み止め処方してくださいましたが、ただ、ただ、「いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい.....」。

 痛いままで帰して、次は四日後に予約とはえらい違いで、一番早い予約を入れてくれた先生に感謝です。
 
 今は痛くなくなってきています。
 薬が効いているのでしょうが、とにかく、痛い本元を取り除いたのですから今夜は、寝られそうです....
 明日、速攻ですること。
 休日診療の歯科医の予約、キャンセルです。
 

150-600mm

Img_6409

 コゲラです。
 日本一小さなキツツキです。
 思えば、コゲラをがっつり・きれいに撮りたくてなんとか購入したのがSIGMA150-500mmでした。
 このレンズに合わせてキャノン7Dにし、併せて三脚と一脚を購入。
 年に1つずつしか買い揃えられませんでした。
 しかし、飛行機ならまだしも、鳥さんとなると100mmの魅力に打ち勝てず、150-600mm、タムロンを1年がかりですが購入しました。
 で、10日。
 日比谷公園でためしどりをしました。
 
 もう、感動です。
 100mmの差がこんなにも違うものかとただ、もう、感激でした。
 
 日比谷公園の鶴の噴水を岸から撮ってこんなにオナガをアップにとれるとは....。

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 このところ多摩川遠征できておりませんが、今年は写真展の年でもあります。
 頑張って撮らなくては、です。

 

2014年1月 5日 (日曜日)

メリアドク・ブランディバックの嫁取り

Img_5611jpg2

我が家のメリー君

 9月になって動き始め、10月に本格化。
 そして11月に日程が決まって式は1月3日。

 我が家のメリーこと長男が嫁取りをしました。
 年末までに必要なものを揃え、そして式の準備と目まぐるしい年の瀬であり年頭でした。

 無事、挙式と身内だけでの披露宴を勤務先のホテルで済ませたものの1月3日早朝の火事による新幹線の運休にはハラハラしました。
 帰りは来て貰った兄妹たちにしても私たちにしても夕方以降の便だったので、午後に動いてくれたらなんとかなるとは思っていましたがやはり気になりつつの式となりました。
 新幹線。
 2時間以上遅れると特急券の払い戻しがあります。
 兄と妹たちは、夕方の便だったので中途中途で止まりましたので2時間以上の遅れで遅延証明書がでました。
 最終近い私たちは、入線は約1時間遅れで中途で止まりはしたもののJRの威信というか意地でも払わない、という名古屋から気迫の走りで1時間50分の遅れで払い戻しは、無し。
 だからと言って品川についたのは午前1時30分。
 乗り継ぎの電車はすでになく、あとはタクシー頼み。
 しかし、前からの乗客たちも当然いるわけで、タクシー乗り場は長蛇の列となっておりビッグサンダーマウンテン並みの覚悟をして最後尾目指して荷物を引っ張っていきました。
 風がなかったので助かりましたが、なかなか来ないタクシーに列はますます長くなるばかり。

 最終近くになって、タクシーに情報が流れたのでしょうか。
 急にタクシーが次から次へと集まってきて、2時過ぎにはなんとか乗り込むことができました。

 自宅到着は2時30分を回っていました。
 ただいま、と玄関開けたら....猫たちがいろいろしでかしてくれていた後始末に追われ、ようやく寝たのはもう4時近くになっていました。

 元旦から出発の2日、そして式当日の3日、ずれ込んだ帰宅が4日で着用した留袖とモーニングの始末などあっという間に5日。
 5日はビル簿旦那が気温差30度の赴任地へと6時起きで成田までお見送り。
 近年にないあわただしく正月気分ぶっ飛んだ2014年となりました。

 メリー君。
 かの地のエステラ嬢と精一杯頑張って自分たちの道を歩んでほしい。
 支えられて、今があることを忘れず、言葉を大事にして思う気持ち、伝える心をもってください。
 親としては、今はそれだけ。

 それにしてもつくづく思い知らされました。

 親にとってもその親の恩を。
 「お父さん、お母さん、改めてありがとうございました。」

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鳥撮りです

お世話になります

My Nyans

  • DeBoomo=Zash 巨猫団入団!
    新メンバーとして許可されました 025
  • 巨猫団入団!!
    ☆我が家の癒しの権化@妖怪まくらぬし、くまっちが晴れて巨猫団の団員として認められました...。 今後ともご別懇に♪ 巨猫団。 くまっちのとても素敵な想い出になりました。 1_667
  • ☆ちびおでん
    oden その年は子猫の保護に翻弄された年でしたが、その第一弾がこの子でした。マンションの通路1階においてあったタイヤ(共用部分なのでホントは不法なのだが...)のなかで泣いていたのを私が保護せざるを得ない状況でつれて帰ったのが始まり、約一週間後に実家から持ち込まれた鼻気管炎の子、そして2ヶ月後に生まれたての3匹が排水管に投げ込まれ...結局9月に我が家には9匹の猫がいた勘定になるが、哀しいことに生まれたてのチビちゃん2匹は神様がお手元にお寄せになられしまわれた。新しいお家を探し始めたものの最初に保護した子はとってもナーバス、猫と飼い主になる方との試験期間もこの子には無理かもしれない、獣医の薦めにのっかって2匹を手放した寂しさに負け残したのがチビ・オデン。もっとましな可愛い名前を思っていたのにいつの間にかメリーが毛色などから『おでん』と呼んでいたのが定着、やれやれである。ただいま2歳、我が家のトラブル・メーカーである。毎日のように大好きなメリー兄ちゃんを困らせているしちょいちょいと隠れちゃ出す爪でストッキングの伝染被害増加中。さんざっぱら『あれ、いや。これ、いや』だが夜中にそっとやってくるチビちゃん、棄てられた子の心を治す事なぞできるものではないのだと改めて思う。『どーして、おにいちゃん困らせるの?!』今日もメリーの小言が聞こえています。
  • ☆通称・クロちゃん
    kuro クロチャンの本名は長いです、彼女が何かしでかすごとに名前がくっついて行きました。 “はげちょびっち・くろぷーすけぴー・たりりんぼまーる・かす”我が家最強にゃん、ちっぽと癒しの権化くまっちと兄弟とはとても思えない“不出来”な妹です。ちっぽたちはお腹に居る時から『モンプチ』などの高級カンカンで育ったのですが、諸問題が勃発、本当は避妊手術してクロちゃん達は生まれない予定だったのです。トラブルメイカーのためにくまっち達の育ての親代わりの方達が引っ越されてしまい、クロチャンたちも生まれてしまいました...。その後なんとかクロチャンたちのような事にならぬようクマかあちゃんは避妊の手術しましたが結局生まれた5匹の内里子にだせたのは『紋次郎』と名前を付けられた子とあまりの臆病とお間抜けに里子に出せなかったクロちゃんだけ。紋次郎も里親さんと連絡取れにくくなり元気でいるのかどうか不明になっています。契約書を取り交わす事を決意したのはそういうことからもあるのですが、なんにしてもクロチャン保護に当たっては結構大変でマンション自治会のメンバーとも一戦交えた事も。『野良なんか人に馴れるもんか』といわれましたがそんな事はありませんよ、自治会メンバーの一人であるピル簿旦那の帰りを心から待ちわびるのはクロチャンですから...。 ***2014年9月9日14時32分、16歳、右目した瞼にできた腫瘍により虹の橋を渡りました。
  • ☆みぃちゃん*********************2006年8月11日 肝嚢胞により死去、推定年齢15歳
    mie 三毛のみぃちゃんは12年も外暮らしをしていたしっぽの短いチイチャクて痩せた老猫です。面倒を見ていた方が引越しされてからずーっとそれとはなしに管理人の目を盗んでご飯をあげたりしていた。ペットクラブ設立を機に管理人さんに事情を話していつでも家に入れられるようにご飯をあげてなれさせたものの果たして我が家に来てくれるかどうか心配だった。老齢化が目に付きそろそろと思っていた矢先に子猫騒動で保護が伸びてしまったが冷夏と暖冬に救われた。しかし、東京も結構雪が降るんです、1度保護に失敗して様子を改めて見ていたのですが2月霙の夜、風邪を引いたのかよろけるように隠れ場所からでてきたのを見て援軍の息子二人を引き連れ有無を言わさず保護。しばらくはケージ暮らしをしてもらいましたが現在テーブルの下をわがテリトリーにして暮らしています。歯がもう抜けてしまっているのでお粥のようにしてあげいますが食欲旺盛。カリカリも食べたがりますがやっぱり丸呑みになるのでばあちゃんだけ別メニューです。多分12歳、ですから人間で言うと90才くらいでしょうか。目が余り良くないせいもありマンション敷地内でちんまり大人しく暮らしていたことが良かったのかも知れません。おしっこをあっちこっちにしてしまうので気をつけなきゃいけませんがペットシーツで済めばいい事。何にしても“長生きしようね、頑張ろうね..”です。
  • ☆ぎずも・ぐれむりん
    gizmo ☆ギズモ・グレムリン *********2009年7月1日。 慢性肝炎からの胆石と急性の膵炎により、手術後、急逝。享年10歳。 通称ギズくん、もしくはちゅーくん、は保護する前はどんな目に会って来たんだろうか。とにかく鳴けない、のどもごろごろしない、小心者というよりとにかく臆病だ。地震雷台風は大嫌い。すぐに情緒不安定になってしまう。くまっちに抱っこしてもらいなめてもらわない手落ち着かなくて寝られない。可愛い外見ではわからない彼には痛みが残っている。里親ポスターすら作らなかったのはギズモだけだった。まぁ、マンデに似ていたことも里親探すこともしなかった理由でもあるんだけれど。
  • ☆癒しの権化 くまっち
    *********2007年5月14日午前2時38分多臓器不全により死去 kumakun クマッチ君です。ちっぽとは同腹の兄弟ですがクマ母ちゃんがどうしても預けてくれず2年半ほど外暮らしを経験。ただし、幼少時お世話をしてくださった方にとっても大事にされたためとても性格が◎。その体格といいまさに癒しの権化でございます。セラピスト・クマッチの力は絶大。傍にこられただけでもの皆安らぎに包まれふかーい眠りに誘われてしまうのです。定期試験の前は入室制限をさせてもらってます...。
  • ☆ちっぽ
    20041126chipo とにかく、我が家最高最強のニャンです。 7月7日にクマかあちゃんから預かりました、可愛くってお利巧で、人の心をなにより判っています。ワイルドストロベリーといっしよのちっぽちゃんです

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